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TRPG Feed

2019年1月 5日 (土)

TRPGにおける「不便」の仕込み

D&D5eに限らずだが、TRPGに於いて戦闘に使わない探索系の能力を選択するか否かは、大いに迷うところだ。
マスターにとってもプレイヤーにとっても。
鍵開けの能力はマスターがシナリオ中に鍵のかかった扉や宝箱を1つも出さなければ無用の長物だし、
山や海や砂漠などの特定の地形で役立つ能力も、シナリオの舞台がどのような場所かで大きく必要性が異なる。
もちろんマスターとしてもプレイヤーの持ってる能力が活かせるようなシナリオにしたいと思うものだが、あまり親切すぎてもシナリオの先の展開が読めてしまうことにつながるから毎度のようにと言うわけにはいかないし、ということはスキルを選ぶプレイヤーとしてはどこまで役に立つのか不安だろう。
そこで仕込みが必要になる。
それがなくて不便であると言う状況を別のセッションで仕込んでおくのだ。
例えば「夢の円環」ドルイド僧6LVで得られる「月明かりと影の憩い」。
小休憩または大休憩の場所を不可視のフィールドで包み、その内側の焚き火の明かりなんかも外部からは完全にわからなくなってしまうわけだが。
この能力は、日頃から夜の焚き火の明かりがパーティーの休憩に支障をきたしている場面を効果的に演出していないと、そのありがたさが半減してしまう。
焚き火を使ったばかりにワンダリングモンスターに襲われたり敵に見つかって奇襲が台無しになったりといった場面が「仕込み」として必要なわけだ。
それが全くなかったらプレイヤーとしては「この能力、必要あるの?」と考えてしまうだろう。
2LVでドルイドが所属する円環を選ぶ時に「夢の円環」を選ぶか否かにも大きな影響を与えるだろう。
でもまあ、それがキャンペーンだったりいつも同じプレイヤーと遊ぶのならまだいい。
単発シナリオで毎回、異なったプレイヤーと遊ぶ場合には、さてそういう「仕込み」をしたものかどうか。
その単発シナリオの最中には刈り取りの時期が訪れないことが明らかなのに?
そこで私は1つの方法として性善説を採る。
自分がDMとして「この能力があれば苦労せずに済んだのになぁ」とプレイヤーに思わせる事は、そのプレイヤーが別のDMの下でキャラクターの能力やスキルを選択するときの伏線として成立する。それはやがて自分自身にも返ってくると言うわけだ。
なんだか自己犠牲的に聞こえるかもしれないが、そもそもDMと言う人種はディティールを細かく描写することを喜ぶものなので気にすることは無い。
というわけなので、このテキストを読んだマスターさんに提案。
楽しい楽しい「仕込み」をしませんか?

2018年12月24日 (月)

「ファンデルヴァーの失われた鉱山」マスタリングしました。第5回(最終回)

キャンペーンを無事に終わらせると達成感と自信が得られますね。
9月から月1〜2回ペースでやってきたD&D「ファンデルヴァーの失われた鉱山」キャンペーン。
ススルフさんのクリスマス例会に絡めて何とか終わらせました。
プレイヤーの皆さんも楽しんでいただけていたらよいのですが。
4レベルキャラクター4〜5人くらいが適正人数の最終ダンジョン。
プレイヤー3人だったので、急遽、マイキャラ「喝(かーつ)!」が口癖の豪快な従軍僧侶カーツを加えて4人パーティーとして、
バーバリアンの頼れる姉御・クローヴァ
ハイエルフの寡黙だが熱いウィザード・テイロン
ライトフットハーフリングのチャキチャキ娘・アサシンのアメリア
クレリックのカーツ
と言った面々で、鉱山を占拠した賊の討伐に向かったのでした。
いやはや全員に見せ場がある激戦に次ぐ激戦でしたね。
アメリア大活躍。
わたくしいつも、セッション前日までに全モンスターのイニシアチブを振っておくのですが、どうにも出目が悪かった。
それはまあ仕方ないな、と思ってセッションに望んだのですが、アサシンが4LVで能力値アップの代わりに「警戒」のカスタマイズ能力を得ることがこんなに恐ろしいことだったとは。
「警戒」のイニシアチブ値プラス5によりコンスタントに高いイニシアチブを叩き出し、イニシアチブで優った相手にしか発動しないダメージ追加をほぼ常に与えてくる高火力アサシンは、まさにパーティーのスツーカでした。
テイロンの魔法も実に効果的。
スタージ10匹のうち8匹を効果範囲に収めてバーニングハンズで焼く初戦から始まり、
レイオブフロストと言う地味な初級呪文の「移動力10フィート減少」が敵の進撃を交通渋滞にさせた渋い活躍。
メイジハンドで手鏡を浮かせて柱の陰の敵を発見したり、頭脳派っぷりを見せてくれました。
クローヴァもアメリアとのツートップで、それまでも先陣を切って壁兼破城槌をやってくれてたのが、ちょろちょろ逃げ回るアメリアが敵を翻弄することで、引き受ける敵は多すぎず少なすぎない状態。
うまい前衛後衛役割分担の要となってくれました。
以下はハイライト。

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実は弱めのラスボス。
実力不足をジャイアントスパイダーの糸攻撃で補う。
しかしイニシアチブを取れないと守勢に回るしかない。
こういうボスは好きなんでインビジビリティを駆使して冒険者たちを翻弄する作戦をいくつか考えていたんですが、冷静に対処されたんでどれも間に合いませんでした。

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ベビルのフィギュアは強力な炎のアンデッド「フレイムスカル」の代わり。
しかし開幕ファイヤーボールを撃つ前に倒されてしまう。
そもそもカーツを同行させたのはファイヤーボールや他の中ボスからの大ダメージの回復を任せる為だったのにw
マスターが部屋の様子をなるべく臨場感たっぷりに、とやってるうちに、ここにいるモンスターのことを忘れてしまって、部屋を出ようとするところで慌てて登場させたと言うポカのせいで、大洞窟の真ん中での有利な戦闘を展開できなかった…というアホな事情もあったとはいえ、まさか1ターンでw
実際ここの勝利が今回のダンジョン攻略の天王山となりました。

反省点として、やはりまだルールの把握が甘いところがあって、随所で進行が滞ってしまいました。
サジェスチョンの効果はもっと読み込んでおかないとなあ…。
味方を攻撃させることはできないことをプレイヤーに指摘され、検討の結果、適正な効果に改めたんですが、そっと知ってれば別の作戦を立ててました。
次はもっと上手くやりますかね。

2018年12月16日 (日)

LV99勇者も奥さんの平手打ちはかわせない

TRPGやってると時々、何でもかんでも命中判定を要求する人がいて頭を抱える。
キャラクターがつい調子に乗った発言をしてしまい冒険者仲間から
「おいいい加減にしろ」
と苦笑交じりにポカリとやられる。
キャラクター同士の交流がわかるまさにロールプレイという場面で、こういうシーンがたくさんあると盛り上がる。
しかしここでそのポカリを命中判定で当たったか当たってないかを求める人が結構いる。
なんで?
こんなの100%命中して当然だ。
命中率とか俊敏性とか回避率とかアーマークラスとか全く無関係に。
自分より能力値が低いパーティーメンバーからであっても関係ないのだ。
こんなこと当然と思っているんだが、世の中どうもそうではないらしい。
「ベルセルク」でリッケルトがグリフィスに平手打ちをかましたことがあった。
殴られて当然のことをグリフィスはしたわけで、胸のすくシーンであった。
その時に「超越者を統べるまさに神とも言えるグリフィスに、ただの人間であるリッケルトの攻撃が当たるなんて!」的な声が少なからず上がってこれにも頭を抱えた。
世界最強のプロレスラーが浮気して奥さんにそれがばれたとしよう。
彼は奥さんの平手打ちをかわせますか?
もちろんかわせない。
そのかわせない理由は?
言うまでもないよね。
かわしたりしたら、まさにそのかわすと言う行為自体が反省していないことを意味する。
罪悪感もあるし、そもそも24時間全てに渡って臨戦態勢に入る人間はいない。
だからグリフィスはひっぱたかれて当然だし、
TR PGのプレイヤーキャラクターだって、戦闘以外の日常の場面では自分に明らかに被害が及ぶ状況以外では常人と変わらないくらい弛緩しているものなのだ。
キャラクターの戦闘能力を表す様々な数値は、戦闘場面もしくは臨戦態勢の状況においてのみ発揮される。
これくらいはTR PGの常識として押さえておいて欲しいのだ。

2018年12月12日 (水)

D&D5e疑義案件その12〜ディザームと武器落とし

ダンジョンマスターズガイド272ページ。
「戦闘オプション」の一つ「武器落とし」を見て快哉を叫んだ。最初のうちは。
相手の武器を弾き飛ばすのは基本ルールではバトルマスターにしかできない。
ファイターが3LVでバトルマスターを選択して得られる「戦技」のうち「ディザーミング・アタック」…まあ長くて面倒だからクラシックD&D同様にディザームと呼ぶけど、それを使うのだ。
これにはずっと違和感があった。
だって敵の武器を弾き飛ばすのなんて誰だって試みることができる。
子供の喧嘩や夫婦喧嘩だって相手が新聞紙を丸めたものやハリセンを持っていたらまず奪うか捨てさせるだろう。
それが冒険者の中でも一部の者にしかできないなんておかしいじゃないか。
しかし、安易に「できる」ことを増やすのは、バランスを崩したりバトルマスターの長所を奪いかねない。
採用するかどうかはバトルマスターのディザームに比べてどのくらいの劣化なのかを見て判断しようと思ったら…

・ディザーム
成功条件
攻撃側(8+習熟ボーナス+筋力または俊敏力ボーナス)>防御側(D20+筋力ボーナス)
コスト 戦技ダイス1つ
効果 成功の時…敵の武器を弾き飛ばす。かつ通常攻撃ダメージ+D8
失敗の時…弾き飛ばしに失敗。但し通常攻撃ダメージ+D8

・武器落とし
成功条件
攻撃側(D20+習熟ボーナス+筋力または俊敏力ボーナス)>防御側(D20+【筋力】<運動>または【俊敏力】<軽業>)
コスト なし
効果 成功の時…敵の武器を弾き飛ばす。ダメージは無し
失敗の時…弾き飛ばしに失敗。ダメージは無し

う〜む。
防御側で使用するスキルが違うから一概には言えないけど、D20の平均値が10.5であることを思うと、下手したら「武器落とし」の方が成功率が高いじゃないか。
もちろん武器を弾き飛ばして同時にダメージまで与えられるのはさすがバトルマスターではあるのだが、純粋に弾き飛ばす確率が低いとなると、これをそのまま導入するのはまずい気がする。

で、いろいろ考えたんですが、特にアレンジせずこのまま採用することにしました。
これが自分のオリジナルシステムや或いはD&Dであっても固定メンバーとだけ遊ぶなら、ハウスルールをガンガン加えたいところではあります。
「武器落とし」にだけ防御側に+5のボーナス(※有利不利は±5相当なのはプレハン177ページコラム「隠れ身」「受動<知覚>」6行目に記述がある)あたりが1番、簡単で説得力がありますかね。
…でも、コンベンション渡り歩いてその度に違ったプレイヤーと遊ぶスタイルなんで、あまり根本の確率を変えるタイプのルール解釈は行いたくないんですよね。
それにダメージのあるなしと言うのはきっと最初に思った以上に大きい。
失敗しても少なくともダメージは与えられる(しかもいつもより大きい!)となると気軽にディザームを仕掛けられるバトルマスターに対し、
失敗したら何の効果も与えられず、これだったら普通に攻撃したほうがよかったな、と後悔することになる通常の「武器落とし」は使うかどうか迷うことが多いでしょう。
だったらそのままでもいいんじゃないかな、と思いました。
それに「ディザーム」の項目にはなかった「状況による有利不利」の記述が「武器落とし」には加わっている。
これを「ディザームは状況にかかわらず一定の効果を出すことができる」からということでルールブックそのままにしておけば、それもディザームの武器落としに対する優越となる。
ダンジョンマスターズガイド272ページには
・防御側が両手で武器を持っていれば攻撃側判定に「不利」
・防御側が攻撃側よりサイズが小さければ攻撃側判定に「不利」
・防御側が攻撃側よりサイズが大きければ攻撃側判定に「有利」
である旨が記載されておりますが、
バトルマスターのディザームなら、両手で武器を持っている相手にも通常と変わらぬ効果が期待できるわけです。
その分、相手が大きい時の「有利」はなくなってしまいますが、まぁ仕方ないでしょう。
今まで述べてきたこれらの違いを実際の光景として想像してみると、
バトルマスターのディザームとは膂力で強引に武器を弾き飛ばしに行き、なんなら余勢を買って相手の体勢をそのまま崩してしまえ、と言う豪快な技なので弾き飛ばしの成否に関わらず(体勢崩しという形で)相手のHPを減らせるが、技の性質上、自分より大きな相手には効果が薄くなってしまう
といったところでしょうか。

というわけで、
「ディザーミング・アタック」も「武器落とし」も一言一句そのままルールブックの通りと言う、大山鳴動して鼠0匹になりましたw
「変えない」にしてもじっくり考えてその結論に至ると、実際にマスターやるときにあたふたせずに済みます。

2018年12月 5日 (水)

D&D5eのイニシアチブルールは使い分ければいいのではないか

ダンジョンマスターズガイド270ページから始まる各種戦闘オプション。
わざわざ「導入するとゲームの進行が遅くなる危険性を伴うものもある」と書いてある通り、自己責任で使うべき戦闘ルール群だ。
特にトップバッターを切る「イニシアチブの別案」はどれもデメリットが容易に想像できるものばかり。
実際はっきり書いてあるしね。
基本ルールのイニシアチブには完成度の点で及ばないと思うので、メインのシステムとして自分で使おうとは全く思わない。
しかし、特殊なシチュエーションに限定してならなかなか使い勝手があるようにも思う。
まず「イニシアチブ値」
イニシアチブのダイスを一切ふらずに「10が出たものとして」ちゃっちゃか進めてしまうという方法だ。
要するにメガドライブのシャイニングフォースと同じで、あれをプレイした人は欠点がすぐに頭に浮かぶだろう。
ただでさえ個人個人がイニシアチブを持つ方式は相手を待ち構える方が有利で、ぐずぐずと対峙しがちになるのに、その欠点を補うランダム性がないから欠点がもろに出てくる。
部屋の入り口での交通渋滞を嫌う私としても、それがフィールドでも発生するなんてノーサンキュー。
とは言えものは使いようであって、敵の雑兵だけこのように固定値で対応するのもいい。
僕はどっちにしても、事前準備で全ての敵のイニシアチブダイスを振ってその数字を書き留めてセッションに臨むから必要ないといえば必要ないのだが、ワンダリングモンスターとの遭遇で活用できそうだ。
次に「陣営イニシアチブ」。
クラシックD&D同様に味方が全員行動してから敵が全員行動、あるいはその逆という方法だ。
これは本来ならデメリットばかりじゃなくメリットも大きい方法だ。
本文にも味方同士の連携が取りやすいと書かれているが、それ以外にも前述の交通渋滞がもっとも起きにくいシステムだ。
だが、そもそも5版のシステム自体が個別イニシアチブを前提としてバランスがとられているのだから、わざわざこちらを選ぼうとは思わない。
マップを使わない戦闘と相性が良いし、プレイヤーキャラクターたちが戦闘している隣の部屋でNPCが別の戦闘をしているシチュエーションなどで活躍しそうだ。
最後に「スピード・ファクター」。
ラウンド毎にイニシアチブを振り直す、しかもそのダイスロールは行動を宣言してからなので、行動が無駄になることもある。
これ行動記録シート使わないだけで、プロット記入型戦術級シミュレーションゲームとおんなじだ!
もちろん時間がかかりすぎるから原則として使う気は全くないけど、ボスとの一騎打ちでならかなり盛り上がるんじゃないか。
あと闘技場とかね。
せっかく複数のシステムを提示してくれるんだから、使い分けしてみようかな。

2018年12月 4日 (火)

D&D5eの「病気」は気づかないふりをしよう

ダンジョンマスターズガイドには病気について書かれた項目もある。
一般的な我々の世界の風邪とか腹痛ではなく、実在しない病気が例として挙げられているが、かつて自作のファンタジー世界でも架空の病気をたくさん考えたことを思い出して懐かしくなった。
だが気になることがあった。
ゲームのルールブックだからもちろんシステマティックに処理される。
患者の一定の距離に近づくと耐久力の判定が入り、失敗すると自分も病気になってしまうのだ。
しかし…これって病気に対する対応として不自然じゃないか?
毒キノコの胞子が周囲5フィートに届くとわかっていて5フィートつまり1マス以内には近づかないようにすることには不自然さを感じないのに、
空気感染する患者の周囲10フィート以内では病気が感染するかどうかの判定が発生するので10フィートつまり2マス以内には近づかないようにする行為にはたまらない不自然さを感じてしまう。
前者は大自然の脅威に知識と経験で立ち向かう冒険者らしいと感じるのに対し、後者についてはそれができるなら何でもありだなと白けてしまう。
世界のあり方をゲームシステムとしてロジックにとらえることができるのは、ゲーム内世界を高次元から俯瞰しとらえることができるプレイヤーならではなので、それにいちいち目くじらを立てるような野暮な事は俺はホントなら言いたくない方だ。
だが、病気のシステムを把握してそのスペックを知っていることで、その効果範囲に入らないだけで病気にならずに済む、というのはその限度を超している。
だから俺は自分がマスターの時にはセッションの最中に病気が流行ったらプレイヤーには病気ルールに則った効率の良い行動をキャラクターに取らせないように頼むつもりだし、プレイヤーがそのことで過大な不利益を被ることがないようにしたい。
存在しても知らないふりをすることが求められるルールと言うものが、TRPGには時々あるものなのだ。

2018年12月 3日 (月)

マジックアイテムは一般市民に使わせよう

D&D5eダンジョンマスターズガイド収録のマジックアイテム群を眺めていると気づくことがある。
使用制限があるアイテムは殆どなく、大半は使用制限なし。
そう、冒険者じゃなければ使えないとは一言も書いていないのである。
つまり、そこらの村の子供や百姓や猟師でも問題なく使えるわけだ。
これってシナリオ作りの幅を大きく広げると思うんだ。
もちろん一般人なんだからプレイヤーキャラクターたちの前に敵役として立ちふさがったりはしない。
しかし偶然に手に入れたマジックアイテムを何かいたずらをしたり自分の欲のために使う事は十分にあり得る。
それに冒険者が巻き込まれることだってあるだろう。
それはたとえ物語のメインにはならなくてもスパイスにはなる。
実際のところ、冒険者のような特別ではない一般人でも特別な力をふるえることこそ、マジックアイテムの最大の特徴であるように思う。
RPGが登場する前から存在する動画や昔話に出てくる不思議な道具は、まさにお話を聞く一般人と等身大の主人公によって使われている。
それと同様のシチュエーションを童話の主人公の目線ではなく、村にとってのよそ者の視点から描く。
ファンタジーゲームの背景世界はどうしてもハイファンタジー寄りになりがちだ。
そこに庶民目線の要素を入れると世界をより深みのあるものにできる。
マジックアイテムの一般人使用はその役目を大きく果たしてくれるんじゃないかと思っている。

2018年12月 2日 (日)

ダークソウルRPGを遊んできました

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札幌のTRPGサークルUNIさんの12月例会に参加してきました。
ここんとこマスターとしての参加が続いたのですが、今回はプレイヤーとしての参加です。
参加した卓は「ダークソウルRPG」。
元となった同名のビデオゲームはやったことがないのですが、
以前ダークソウルのボードゲームをやったことがあって、殺るか殺られるかの殺伐としたバランスが気に入ったこともあって、このTRPG版にも興味はあったんですよね。
こちらも中々にヘビーな戦いが繰り広げられました。
各プレイヤーは各ターン毎に5つのダイスを振るのですが、それを攻撃や防御に割り振ることができる。
だから全てを攻撃に使ってしまってそれでも敵を倒しきれないと次に敵から攻撃された時に防御のダイスなしでその全てを受け止めなければならないし、
敵からの攻撃の激しさに防御ダイスを奮発し何とか凌いでも結局はこちらから効果的に攻撃できずにジリ貧となる。
ここからイニシアチブを取った側が一方的に敵を圧倒できるバランスが生まれ、イニシアチブを如何に取るか取られるか、取られたら奪い返すかの展開が熱くなる。
HP制の(と言う事はほとんど全ての)TRPGは、攻勢や守勢と言った戦いの流れを表現するのがなかなか難しいものですが、上手く処理できていると思いました。
それだけに戦闘システムにはクセがあり、中盤を過ぎるくらいまでどうにもピンと来なかったんですが、マスターには理解するまで丁寧に付き合ってくださり、何とかダイナミズムを体感できるようになれたように思います。
ゲームマスターの猫鍋ぬこさん、ありがとうございました。
今回、帰りのJRの時間が迫っていたんで、ラスボス戦まで付き合えなかったのが残念です。
積雪期でなければクルマで札幌まで行けるんで何としてもラストまでいるんですがね。
地方ゲーマーには冬の季節となりました。
そりゃあ…冬だろ?w

2018年11月29日 (木)

「ファンデルヴァーの失われた鉱山」マスタリングしました。第4回

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去る11月25日、D&Dキャンペーンの4回目をやりました。
もともとは全4話を全4回でやるつもりだったのですが、ラストダンジョンである第4話にはキャラクターレベル4が必要なところ、プレイヤーキャラはみなレベル3になったばかりといった塩梅。
そこでプレイヤーの提案もありやっていなかったサブクエストを順繰り順繰りひたすらやるセッションを設けたのですが、最後の廃墟の村を隅々まで探索してもらうのにしくじったこともあって、結局、レベル4に達することができませんでした。
仕方がないんで次回はダンジョンの途中で小休憩の最中にレベルアップしてもらうことにします。
出来合いのキャンペーンシナリオはここら辺のさじ加減が難しいよなぁ。
さて今回やったサブクエストのうち3つ「ワイヴァーンのとまり岩」「オールド・アウル・ウェル」「コニーベリーとアガサの住居」はサブクエストだけあって最低限の事しか書いていません。
上の写真はオーガ(フィギアはドラクエのトロールを使ってますが)との戦闘ですが特にマップが指定されてなかったからそれっぽいのを自作、他にもゾンビが巣食っている塔の残骸が自作です。
しかしそれより何よりバンシーのアガサのキャラ付けが全くされておらず、ただ交渉に成功したら情報を教えてくれる旨を書いてあるだけなのには参りました。
そもそもモンスターマニュアルに書かれたバンシーの説明だけ読むと、とても冒険者と交渉して情報を教えてくれるような存在には思えない。
彼女はどんな背景を持ちバンシーと化したのか、そこがはっきりしてないとプレイヤーとの交渉も何を話していいかわかりません。
これはもうセッションの当日まで考えてましたね。
おかげでバンシー周りはうまくできた気がします。
でこの後メインクエストとして廃村「サンダーツリー」のドラゴン退治シナリオがあったわけですが、マスターもプレイヤーもドラゴンと戦ったら勝てないことはわかっていて、だからドラゴンを崇拝するカルト宗教の信者たちやその他の人々とのやり取りでそれなりに経験値は入る腹づもりだったのですが、これらとは全く接触することなくドラゴンの情報だけ持ち帰る結末となりました。
プレーヤーにカルト教団に対する怒りを持ってもらうために、教団の洗脳で強い自殺願望を持つに至った狂女を村に入る前に出してみたりもしたんですが、狂女を演じるのに熱が入りすぎてしまったんでしょうね。プレイヤーの反応はあんな気◯◯は放っておこうというものになってしまったのが誤算でした。

2018年11月24日 (土)

D&D5eにおける挟撃と交通渋滞

以前にエントリで書いた通り↓
http://kotodamaxxx.blog.bbiq.jp/gold/2018/10/d-d-5e-41a1.html
挟撃ルールは使用しない、と決めている私ですが、使った方がいいのかなあ、と心が揺らぐことがあります。
例えば、扉を開けたら敵対的なモンスターどもがいたとして、部屋の中に次々と飛び込むか否か。
普通にやってると扉を境目ににらみ合いが続いて違いの前衛1〜2人同士が戦うことになりがちで、DMとしてはこれをなるべく避けることが重要になってきます。
しかし、挟撃ルール使ってると、敵を挟むには部屋の中に入らないとならないからガンガン入ってくんですよね。
さらに挟撃したものが逆に敵から挟まれるのを防ぐ意味でも次から次へとぞろぞろと。
これ、すごく自然なんですよね。
話がものすごく飛ぶけど、メガドライブに「修羅の門」のゲームがある。
片山右京がよく金的を狙ってくる。
原作では1回だけで「チャンスがあればなんであれ躊躇しない」凄みの描写。
それが「システム上できるようになった」ことにより、何度でも金的を狙ってくるキャラになってしまった。
通路側と部屋側に分かれたにらみ合い、もこの金的狙いと同じで、確かにファンタジー映画には部屋の入り口や城壁の内部で少しずつ敵を迎え撃つシーンがよくあるけど、いくら有効だからってそればっかりになってしまうというのは変なんですね。
シミュレーションじゃなくてロールプレイなんですから。
だから現在いる場所に居続けることが何らかの不利益になるような方策を考えています。
そしてそれがどうしても思いつかなかった場合、シラっと挟撃ルールを採用するかもしれません。