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TRPG Feed

2018年5月10日 (木)

ダンジョン&ドラゴン2

前作がチープなB級映画なりに楽しめたので続編も観てみました。
今回の主人公・ベレクは騎士。
近衛隊長から宰相に抜擢されるほどの傑物で近衛隊員からも絶大な人気を誇る、ヴェスパシアヌスのような人。皇帝ではないけどね。
奥さんはメイジのメローラ。
奥さんを口説き落としたことを高貴なメイジを堕落させたと言って、メイジが貴族だった前作と同じ舞台であることを印象づけている。
メローラが初登場の時、この世界の魔法について興味深いことを言っている。
知識を学んで使うメイジの魔法と異なり、聖職者の魔法は神の恩寵によるもの。
自分はそれを使えるようになりたいと。
マジックユーザーの魔法とクレリックの魔法は違うと言うD&Dの基本を説明してくれているわけだが、シングルクラス一辺倒ではなくマルチクラスも十分に可能なことがわかる。
ちなみにメローラが使いたいと言っているのは修復の魔法。
5eなら回数無制限でいくらでも使える初級変成術呪文くのメンディングだ。
世界が違うと有利な点も不利な点もある。
ストーリーは前作と同じアーティファクト争奪戦。
黒幕は前作ではラスボス以上に目立ちまくりだったダモダー隊長さんがメイジにクラスチェンジして務める。
ここら辺あまり深く考えてはいけないだろう。
生前のダモダーがいた頃はメイジが支配階級の貴族だった時代だし、あのダモダー配下の騎士達はメイジの家系に生まれながら魔法の才能が開花しなかった者達と考えるのが妥当だ。
死から甦る際にそれが開花したとしても不思議ではない。
さて、街の近くの洞窟にドラゴンが!
低いところにたまった毒ガスを魔法で風を起こして吹き飛ばすのが頭いい感じ。
この方法は実際のロールプレイでも使えそうだ。
この魔法はクラシックにはなかった。
風を起こすなんて簡単な魔法がなかったと言うのは今にしてみると驚きだ。
まあ俺のクラシックD&Dの知識は青箱止まりなので、実はあったのかもしれないが。
5eなら2レベルの力術に「ガスト・オブ・ウィンド」があり、しかも呪文の説明文の中に使用例としてまさにこの使い方が書いてある。
幻視の呪文に高価な物質要素が必要でメローラがそれを自分の旦那におねだりするのもいい。
ここまできて5eの要素が結構入っていることに気づく。
もちろん時系列的には5eの方がずっと後だけど。
このドラゴンがかつて放浪時代に聞いた言い伝えのそれだと気づいたベレク、その言い伝えについて調べるメローラ。
その過程で使い方によっては世界を滅ぼしかねない宝珠と、それを悪用しようとしている者たちの存在を知る。
争奪戦の始まりだ。
議会は最初メローラの話を信じないが、証拠があると即座に事態の深刻さに気づいて対策に当たるあたりはさすがメイジだ。
この国は大丈夫だな。
国王の命令でベレクを隊長とした探索隊が編成される。
バーバリアンにクレリックにエルフの魔術師にローグ。
ローグの同行を強く進言したのは、ベレクが冒険者あがりだからだろう。
バーバリアンが最初は男だと思わせておいて、その男を叩きのめす女の方が目指すバーバリアンだったと言うのはなかなか好きな演出。
この姐ちゃんは要チェックだ。
奥さんが同行しなかったのはちょっと意外だが、ベレクの優しさがよくでていた。
ダモダーの潜む納骨堂に向かう途中でドラゴンに遭遇する。
クレリックのドリアンがひとりでドラゴンの前に立ちはだかったのは、炎を防ぐ魔法があったからなんだけど、このドラゴン、炎が防がれたとわかったらすぐに冷気のプレスを吐いてくる芸達者。
お前はフレイザードか!
1名脱落だ。
TR PGのセッションだったら回復役がいなくなったどうしようってところなんだろうが、RPGと映画は違う。
頻繁に手傷を追ってちょくちょく回復するってのはゲームならいいが、映像でやると手傷を負うこと自体に緊張感を感じられなくなるから、如何にゲームを原作にしようとも「そもそもダメージを喰らわないようにする、という通常の作劇の作法にならざるを得ない。
ドラゴンを何とか撃退して次は納骨堂周辺の戦い。
ベレクとローグのニムが納骨堂入り口の暗号に四苦八苦している間に、バーバリアンとエルフの魔術師の紅二点が雇われた山賊達を食い止める。
この映画の主役夫婦と並ぶもう一つの名コンビは、最初は反目しあってたが互いを認め合うようになる女バーバリアンとローグで、特に女バーバリアンはシーザー・ツェペリの「友人を作るのは下手だが惚れ込んだら(不正確)」を地で行く熱意でまずニムを、次いで仲間達を大切にするように。
そんな中でエルフはいまいち存在感がないんだが、この戦闘では迫り来る山賊達に次々と電撃を見舞うという活躍を。
この映画をリアルタイムで知らないし、公開時点でのD&Dや他のTRPGのルールもよく知らないけど、魔法を連発するという考えはなかった筈。
でも、回復魔法と逆で、どんな弱い魔法でも回数制限を減らしていくから滅多に使えない描写にすると、こっちは逆に盛り下がるのが一般的な殺陣の法則。
5eには無制限に使える初級呪文がたくさんあるけど、この映画を含む無数の魔法を徹底的に撃ちまくる映像が影響してのことなんだろうなぁ。
物語の後半はあまり魔法を使わないので省略。
まあ、留守番の奥さんが古代人がドラゴンを封じた方法の研究を多くのメイジ達と一緒に進めているんで、魔法に絡むストーリーではあるんだけど。
楽しめるところは多々あったものの、展開が優等生すぎる上にだんだんと低空飛行に。
ドラゴンともダモダーともデーモンとも戦いらしい戦いもなく終わってしまった。
個人的に知恵と勇気とチームワークを駆使して戦いを回避して勝利を得るのは嫌いじゃないから、この3体のボスのうち1体くらいならそれでもよかったんだけど、3体全部がそうだとどうしても竜頭蛇尾な印象を受けてしまう。
伏線も未回収が気になるものがあり、特に近衛隊長時代の部下である現近衛隊長がいかにも何か話に絡んできそうだったのにそれっきりなのはどうなんだろう。

2018年5月 8日 (火)

プレハン読了

ダンジョンズ&ドラゴンズ第5版プレイヤーズハンドブック。
なんとか精読終了。
まあ、付録Cだけは早々に挫折しました。
たくさんある異次元界の説明なんですが、それだけ読んでも面白くもなんともない。
その次元界に行くことがあったり、逆にデーモンなりデビルなりエレメンタルなりがやってきたり、魔法の源がその次元界にあったりした時に参照すればいいのかなぁ、と。
付録Dのクリーチャー集もモンスターマニュアルの抜粋で、後でモンスターマニュアルを読めばいいってことで省略。
購入して読み始めたのが確か12月の末ぐらいだから、風邪でダウンしてた1ヶ月ぐらいを差し引いて3ヶ月半くらいもかかった計算。
検索でこのエントリーにたどり着いた人もいるだろうから繰り返すけど、TRPGは別にルールブックの隅々まで読む必要は無い。
極端な話、大半は物語を進めていく上で、必要になってから読んでも何の問題もないのだ。
だから、3ヶ月半もかけてルールを読まないとプレイできないなんて事は無い。
それをわざわざじっくり精読したのは、プレイヤーの誰1人として読んでいなかった箇所に大切なルールがあったら困るとか、自信を持ってセッションに臨みたいとか理由はあるけど、なんといってもきちんと作られていて読んでいるだけで楽しいからだね。
スポーツでもなんだかんだ理由はあれ競技人口の多い国が強い。
圧倒的にプレイヤーの、という事は実質的なテストプレイヤー人口の多いアメリカ産のTRPGはかゆいところに手が届く完成度の高さがルールからだけでも伝わってくる。
次はスターターセットの付属シナリオを精読して、マスターズガイドは…うーんこっちも精読したいけどどうするかなぁ。
このペースだといつDMできるか分からんし。

2018年5月 7日 (月)

ダンジョン&ドラゴン

あちこちでネタ映画的扱いをされていてちょっと食指が伸びなかったんだが、昨年からのD&D復帰を期に見てみました。
そしたら、単にあまり面白くないB級映画ってだけで、そんなに叩くような物とも思えない。
いや、D&Dファンからするとカチンとくる部分があちこちにあるのは分かりますよ。
でも、「馬鹿にしてもいい映画」カテゴリに入れられて、いかにスタイリッシュかつスノッビーに小馬鹿にできるかを競っているようで、みっともないっていうかいい気分じゃない。
D&Dの設定といろいろ違っていて、D&Dを名乗る意味がないのも確かなんだけど、見るべき点もいろいろあるじゃないか。
てなわけでポジティブにいろいろ突っ込んで行こうと思います。
まず冒頭のナレーションで「イズメール王国」と言うのが出てくる。
D&Dの背景世界にはあまり詳しくないんでさっそく検索。
どうやらフォーゴットン・レルムでもドラゴンランスでもなく、映画オリジナルの世界の模様。
ならば設定がどうとかあまり深く考えなくていい気分になる。
メイジがメイジ以外を支配している世界。
字幕だと貴族にメイジとルビがふってある。
住民は奴隷同然、とナレーションでは言っていて、若き女王はそれに心を痛め平等な社会を志向、評議会はそれに反対している。
ここらへんの設定の粗さが批判の原因なのは分かる。
奴隷同然とか言うから魔法が使える貴族が魔法が使えないそれ以外を魔法で意のままに操っているのかと思いきやそんなことは全然ない。
少なくとも画面からは豊かで栄えて楽しそうに見える。
逆らっても魔法で無理矢理にでも言うこと聞かされてしまうような理不尽が描写されていれば少しは世界観に説得力が出たかもしれない。
説得力がないと現体制に疑問を抱く女王に感情移入できないのだ。
ただこれはこの映画だけの欠点ではない。
「グラディエーター」で権力を市民に戻すみたいな現在の価値観バリバリの発言があって激しく落胆したのももうだいぶ昔のことになるが、古代中世近世が舞台なのに現代民主主義万歳な主人公周辺の映画に今更いちいち腹を立てるのは虚しい事だ。
「単に劇中で描いている時代ではこういう人権意識だったと言うだけで、別に我々がこういう人権意識を賞賛しているわけではない」という当たり前のことを理解できずに批判する人権家がいる以上、映画で現代以外の価値観を劇中世界のスタンダードとする事は無理なのだ。
とは言え人々の暮らしは貧しいようだ。
2人の若者リドリーとスネイルも魔法大学にこそ泥に入る。
敢えてD&Dに当てはめるなら、この2人はレベル1くらいのファイターだろう。
盛んに泥棒、こそ泥という言葉が出てくるし、盗賊ギルドまで登場するからシーフに思えるが、そうではあるまい。
そもそも泥棒は誰でもできる仕事だ。
騎士や僧侶が(たとえ相手が悪人でも)他人の家に潜入して盗みを働けばそれは泥棒だ。
TR PGにおいて泥棒と言う言葉を出す場合、それが他人のものを盗む人全般を指す広義の泥棒かクラスとしての狭義の泥棒かは常に意識する必要がある。
そこらへん5eなら背景とクラスは別だから、泥棒を生業とするクレリックやウィザードがいて何の不思議もない…。
それはともかくリドリー達は最悪の場面に居合わせることになる。
悪の宰相プロフィオンの手の者が女王派の賢者を殺害し、レッドドラゴンを操る伝説の杖の在り処を聞き出そうとしている場面だ。
ここで旅の仲間となる見習い魔法使いマリーナと出会うのだが、眼鏡をかけていかにも勉強一筋と言う感じでなかなか可愛らしい。
師匠が最高レベルの魔法使いだから、見習いのマリーナも既にかなりの使い手だ。
ファイファンIVでラスボスのゼロムスを倒したパーティーに所属しているほどのパロムとポロムがエンディングでまだ修行が足りないと言われているわけで、戦闘での強さと魔法の学識は必ずしも比例しないものなのだろう。
(作劇上の都合と言ってはいけない)
ここで彼女が使った魔法がまずリドリー達を拘束した魔法のロープ。
これはマジックアイテムなのだろうか。
マリーナが移動すると自動的に引きずられるように移動を強いられるのがかなり便利そうだ。
一方で師匠を襲っていた賊どもを動けなくしたのは、その蜘蛛の糸のようなエフェクトから見て明らかにウェブの呪文だ。
これを使うときに袋から何かを取り出して撒くのがなかなかいい。
俺の乏しい知識では、クラシックD&Dでは特に魔法を使うのにアイテムがいるわけではないが、5eではクモの巣ひと欠片が必要だ。
この映画は独自の世界観を持ってるから別にどの版に準じる必要もないが、アイテムを奪われると魔法が使えなくした方がドラマとの相性は良い。
この後でも囚われの身から解放された直後で魔法を使えなかったマリーナが小袋を取り戻して魔法を使う場面があるが、何でもありより制約があったほうが話に起伏が出ていいというもんだ。
この映画の公開当時には5eはなかったけど、もしかしたらこの映画を含む様々な小説やリプレイなどのストーリー展開を参考に5eのルールが作られているのかもしれない。
魔法大学から路上に転移するのに使ったゲートもクラシックよりむしろ5eに近い呪文がある例だ。
クラッシックのディメンジョンドアもテレポートも目標は単体だ。
5eなら複数同時に運べる上に一定期間、空けておけるアーケインゲートがある。
もっとも6レベル召喚術となるとかなりの高レベル注文で、キャラクターレベルは11も必要だが。
さてこのゲートは自分の意思では閉められないようで、ここでドワーフのエルウッドが仲間になる。
追いかけてきたプロフィオンの手先、ダモダー隊長がその場にいたエルウッドに高圧的な態度をとり、作らなくても良い敵をわざわざ作ったのだ。
悪役たるものこうでなくてはならない。
エルウッドの機転で難を逃れた一行は酒場で今後の計画を練る。
ここがかなり唐突に見える。
冷静に考えると、すでに指名手配されている以上、ダモダーより先に杖を見つけ女王の危機を救わないと身の潔白を晴らせないわけだが、そういう葛藤とか話し合いがないものだから、一介の盗人がいきなり大義に目覚めたように見えてしまうのだ。
杖の在り処を教わるべく地図の中に入り込むのにその地図の中の冒険を全てカットしたのも手を抜きすぎだろうと言う気がする。
だが、この酒場のシーンのドワーフは見るべきものがある。
ドワーフにエルフ批判をさせるのは指輪物語系異世界の描写では鉄板だが、ここで下ネタを持ってきたのはなかなか応用が効きそうだ。
エルフの女に一目惚れしたスネイルに、エルフの女なんかガリガリでどこがいいんだと悪態をつき、小柄で肉付きの良いドワーフ女の良さを語るエルウッド。
髭にしがみついてこう!な?と腰を振るのだが、実際の酒場でもこういう下ネタはガンガン言われてると思うので、TR PGのセッションでも使っていきたいところだ。
杖を手に入れるための宝石、ドラゴンの瞳を手に入るため盗賊ギルドを訪れる一行。
盗賊ギルドの本部の中にあるダンジョンの奥にある、といういかにもゲームゲームしたシチュエーション。
だが、盗賊たちがそれを部外者にやらせて賭けとして楽しんでいるという如何にもなチンピラっぷりが、意外とリアリティを与えている。
もちろん手に入れても渡してくれる気は最初からない。
ここらへんはリドリーが勇気と抜け目なさを持っていることのアピールポイントで、これから後どんどん活躍していくことに無理がないようにしているのだろう。
ドラゴンの瞳は乱入してきたダモダー隊長に奪われてしまう。
それを奪還すべく砦に潜入するのだが、ちょい役で砦を巡回するビホルダーの造形がチープで悲しい。
凶悪なモンスターがコミカルに見えるのが悲しいのだ。
カプコンの格闘ゲームで、原作では物静かで知的な賢者の一族だったマグパがコミカルな媚びキャラになっていた時と同じ悲しさだ。
ただ監督がD&Dの熱烈なファンだったことを思うと、なんとしてもビホルダーを出したい気持ちもわからなくはない。
砦の戦いを経て手傷を負ったリドリーはエルフのクリックから、クラシックならキュアシリアスウーンズ、5eならキュアウーンズ2LV相当と思われる回復呪文をかけられる。
レベルに特に根拠はなく勝手な想像だ。
まあ、回復魔法に関しては、ゲームと小説や映画の乖離が大きくならざるを得ないので、ここはこだわってもしょうがない。
頻繁に怪我を負って頻繁に回復するなんて、実際の映像にするとグロテスクこの上ないから。
エルフは呪文を唱えずに魔法を使える、という設定は5eではなくなっている。
バランス取りにくいもんね。
でも物語との相性が抜群にいいんだよね。
いつか復活すると良いと思う。
だが、ここまで苦労して結局、杖は奪われてしまう。
取り戻すべく王都に突入だ。
王都では女王に操られたドラゴン軍団が評議会を襲う。
評議会全員に有言無言の不信任を突きつけられたのに平気な態度だったのはこれが理由か。
これほどの強力な力を持っていたから平等とか革命とか言えたのかと思うと、もともとない女王への感情移入がますますしぼんでゆく。
自分の気に入らない平民にもドラゴンけしかけるんじゃないだろうな。
評議員たちは一斉にファイアボールを撃つがドラゴンには全く当たらない。
このファイアボールがクラシックの矢のように飛んでいって爆発するタイプでないのにはちょっとがっかり。
これまでのレビューでわかるとおり、オリジナル世界なんだから設定や描写が多少違っていてもあまりうるさいこと言いたくないんだけど、D&Dを象徴する魔法であるファイアボールくらいはゲーム準拠であって欲しかった。
ドラゴンブレスの反撃。
これもファイアボールタイプ。
…まぁ当時のCGでは仕方なかったんだろうなぁ。
評議員たちは逃げ惑うばかりで、宰相がバリアらしきものを張っても焼け石に水。
しかし杖が届けられ形成は逆転、レッドドラゴンの群れが現れドラゴン対ドラゴン。
この膠着状態の打破には直接プロフィオン宰相を倒して杖を奪う必要があるのでした。
ここでリドリー自身はともかく他の仲間が塔に潜入できた理由が全くわからないんだけど、この際、気にしないでおく。
あくまで1対1で決着をつけ、他の仲間はあまり介入しないから、気にしなくてもいいわけだ。
プロフィオン宰相が巧みな杖捌きでリドリーの斬劇をさばいていくのはいかにも昔のD&Dと言う感じで好感が持てた。
5eにはないからね。
その反面、魔法をもっと使って欲しかったと言うのはある。
いきなり接近戦に持ち込まれたから魔法どころではないって言う理由はわかるけど、ラスボスが魔法使いである理由がないじゃん。
庶民に魔法を使う描写は全くなかったから、もしかして貴族たちは庶民に魔法を使わないと決めてるのかもしれないね。
というわけで突っ込みどころはあれど、そんなに酷評するほどとは思えない本作。
D&D経験者が個々のシーンやシチュエーションで楽しめるところはあるんじゃないかと思う。

2018年5月 6日 (日)

D&D5e特有の状態異常

プレイヤーズハンドブック精読も巻末の付録に突入。
付録Aは状態異常のリストだ。
たった3ページだが、ステータス異常ってのは大雑把に覚えていたら大変なことになり、きちんと正確な知識を身に付けなければならない。
ゲームが違えば同じ言葉が違う意味を持つと言うのはよくあることだが、状態異常がその最たるものだからだ。
例えば多くのRPGにおいて毒におかされるとは、だんだんとヒットポイントが減っていき、それを直すには毒消しが必要である状態のことだ。
しかし、それに加えて攻防のステータスが激減したり、視界が悪くなったり、ヒットポイントの数値がPに隠れて見えなくなったりするゲームもある。回復手段も異なる。
D&D5eにおいてはHPの漸次減少はなく、単に攻撃とセービングのロールが不利になるだけだ。
回復手段はベーシックに呪文かポーション。
現実世界の毒の効果が千差万別であり、毒という言葉の示す範囲が広いことを思うと、ゲームによって異なることに特に問題はなかろう。
さて、CRPGにおける状態異常の三羽ガラスといえば毒と麻痺と眠りだ。
TR PGはやってないがCRPGならやったことがある人が大半であることを思うと、この3つがD&D5eにおいてどのような解釈であるかを即座に説明できる事は大切なことと思われる。
麻痺は一般的なゲームよりずっと恐ろしい。
要するに何もできないてのは同じなのだが、それに加えて有利な攻撃をされた上に命中したら必ずクリティカルだ。
ドラクエで麻痺の恐ろしさをたっぷり味わった経験のある人は多いだろうから、それよりさらにプラスアルファがあるというのはかなりのインパクトがあるのではないか。
最後に眠りだが、眠り状態と言うものはなく、気絶状態で一括りだ。
最新の医学では眠りと気絶の主観的な区別がつかないらしいから、ひとくくりもありだろう。
で、これまでルールブックを読んできて思うのは、まるで法律用語みたいだなと。
TR PGは一般的なボードゲームよりはるかに広範囲で事前に想定できない事象すら扱うから、用語は絶対に意味を誤解されないようにせねばならず、1つの言葉が状況ごとに別々の意味を持っていたり、実質的に変わらない事象に複数の言葉が当てられているなんてのはご法度だ。
自ずと法律用語にノリが似てくるのは当然の帰結と言える。
転ばされたり、着地に失敗したりした時の状態を全て「伏せ状態」と言われると、ちゃんと尻や背中から倒れるようにするよ!受け身だってとるよ!うつぶせに倒れるようなことしないよ!プロの冒険者なんだから!という気になろうってもんだが、これは慣れるしかないんだろうなぁ。

2018年5月 3日 (木)

D&D5eの魔法をとりあえず精読しました

D&D5eプレイヤーズハンドブック。
第11章の呪文リストをやっと読み終わりました。
これであと…20ページぐらいかな?
呪文リストくらいすぐにでも読み終わると思ったんだが、結構、時間がかかりました。
読む時間はそこそこ潤沢にあったんですけどね。
一つ一つの呪文を自分が使う時、仲間が使う時、敵が使う時をそれぞれ想定して、うまく使う方法や騙して使う方法やうまく回避する方法を考えながら読んでいくとなると、それは時間かかるわなぁ。
まあ、それが後々のプレイなりマスタリングなりの役にたつと思いたい。
このゲームの魔法のシステムは進行役(ダンジョンマスター)によるマスタリングのしやすさを重視してか、効きやすい魔法、効きにくい魔法ってものはありません。
まあ、使い手の能力が高ければ魔法は効きやすくなりますし、受け手の能力が高ければ抵抗しやすくなる。
その確率はもっぱら使い手なり受け手に依存し、弱くて効果の薄い魔法だから効きやすく強くて効果の高い魔法だから効きにくいというよくあるバランスの取り方はしていない。
相手を一発で殺す魔法だから効きにくいなんて事は無いわけです。
そうなると、相手がどの魔法を持っているかの探り合いとか、そもそも魔法を使せないようにするとか、そういう事前の情報戦をどうストーリーの中に盛り込んでいくべきかとか考えてしまう。
そういう考察はプレイヤーやる時もDMやる時も役に立ちますからね。
同じような魔法と比べてそれぞれの長所短所を把握しておく必要もある。
高レベル版、つまり2レベル呪文を3レベルスロットや4レベルスロットを消費して捉えた場合、どう効果がアップするかも書いてますが、対象人数が増えても効果やダメージは変わらない場合もあれば、逆にダメージの方が増える場合もある。
当然ながら他の魔法のページを参照しながら読むことになるわけで、時間がかかったのも当然なのでした。
まぁ、一通り読んだだけですから、これから何度も読むことになるのでしょうし、正直なところ血肉になるのに時間がかかるだろうなぁと自覚するところもあります。
知力や耐久力や俊敏性のセービングスローで魔法を回避するのは分かるけど、魅力ロールで回避するのってイメージ湧きませんもん。
異世界の超常的な存在に好かれることで力を引き出す魔法は、かけられる側も同じ超常的存在に好れていれば効果が出ないこともある…ってことなんでしょうけど。
効果範囲のルールもボードを使った戦闘と組み合わせると相性が悪い呪文があり、そこらへんはマスターズガイドブックにあるようですが、自分なりに噛み砕く必要がある。
まだスタート地点に立ったばかりです。

2018年4月30日 (月)

アドバンストファイティングファンタジー第2版をざっと読みました

発売されるまでのワクワク感はたいへんなものがあったのですが…
一読してモチベーションがだいぶ下がってしまいました。
第1版に対してゲームバランスがだいぶ良くなっているのは確かなんですが、それ以上のものでは無い感じで、第2版というより第1.5版的ですね。
表紙イラストが使い回しだったことで、だいぶ見る目が厳しくなってしまった自覚はあるものの、付属シナリオが手垢のついた「願いの井戸」と「火吹き山の魔法使い」なのにはかなりがっかりされましたからね。
完全にストーリーまで新作のシナリオが欲しかった…。
さてルールブックをどこまで熟読するか。
一昨年にTR PGに復帰しようと出たばかりのT&T完全版をわりとしっかり読み込んだものの、(少なくともコンベンションにおける卓の数から推測される限りでは)北海道内におけるプレイ人数が極端に少ないようで、今までにプレイヤーとして1回しか参加できない始末。
それと同じことが起きたら嫌ですしね。
AFFを取り巻く状況は四半世紀前と今では大きく違います。
四半世紀前ならFFシリーズの8巻(サソリ沼)くらいまではプレイしてる人が多く、世界観に共通認識があった。
この強みはD&D以上ですらあった。
しかし今や…。
とりあえず札幌や旭川のコンベンションでAFFの卓が立つことがあったら、積極的に参加してみようと思っていますがね。
そのためにもざっとルールぐらい押さえておきますか。
技術点が最も大切なのは変わっていません。
だからFF、AFFで最大の欠点だった、その最も大切な技術点が最初のキャラメイク時点でのダイス運だけで決まってしまう部分は当然メスが入っています。
基本能力値にボーナスポイントを割り振っていく方式で、技術点に割り振れるポイントは基本能力値4点にプラスして3点まで。
まあ、ほとんどすべてのプレイヤーは3点を割り振ることでしょう。
これで技術点は7点。
はっきり言って基本のフィジカルは皆、似たり寄ったりになるでしょう。
個性は戦闘や判定にプラスできるスキルやタレントをどうとっていくか。
ただこれって、第1版でも結果的にそこに収束してたんですよね。
目新しさのなさを感じてしまうのはそこなんでしょうね。
このゲームのマスターをやる人は各プレイヤーがバラバラのスキルを取るように誘導して、それぞれが活躍できる場面を意識的に作っていく必要があるんじゃないかなぁ。
後は火吹き山魔法の他にソーサリー魔法が使えるのは面白そう。
第1版では使えなかった魔法ですから、積極的に使っていきたいものですね。

2018年4月18日 (水)

スタージとマレッグ

こないだのD&D5eのセッションでスタージの大群が出てきて、俺を含めて全員が無理に突破する必要はないとばかりに別ルートに賛成。
やはり全員が経験者だとこうなるよなあ。
と、D&Dあるある的に感慨にふけった私。
そうですみんなスタージが嫌いなんです。
スタージは長い嘴を持つ吸血の鳥で、しかし顔はでかい蚊のように気持ち悪い。
矢のように飛来して嘴を突き刺すのに成功したら、それ以降はひたすら血を吸い続ける。
実在の(と言うのも変だが)モンスターで言うならアムピスバエナだ。
ただ、強くはない。
クラシックD&Dではヒットダイス1(レベル1相当)だし、5eだともっと低い。
つまり弱いから魔法を使うのはもったいないが、ちまちま攻撃して倒してたらダイス運によっては意外とシャレにならないダメージを負うし、突き刺されでもしたら毎ターンの吸血ダメージの処理がプチめんどくさいし、しかもそれが集団で出てくる。
弱いからそんなに経験値がもらえるわけでもない。
これを一言で言うと“うざいモンスター”ってことなのだろう。
プロスポーツでも下位チームなのに油断した上位チームを食っちまうそんなチームがあるが、スタージもそんなポジションと言うわけだ。
さて、CRPGでは(外見のみならず立ち位置的に)それっぽいモンスターはなかなかいないのだが、あえて挙げるなら、グランディア2 (DC)で獣人のマレッグに(ムービーで)トドメを差した矢のように一直線に飛翔する蛇(名前は忘れた)。
通常の戦闘ではとっくに雑魚になってるその蛇に、味方を守るために踏み止まった為とは言え、四方八方から食いつかれ絶命するマレッグ。
初めてそのムービーを見た時は違和感があったのだが、スタージのような存在だと考えることで納得がいくようになった。
現実の戦史では、名のある武将の最期は雑兵に首をとられたということも多い。
ゲームの劇中世界でも、ゴブリンの棍棒に後頭部を叩き割られて最期を遂げる英雄もいて不思議ではない。
そういうリアリティーと自キャラ高レベルであるが故の安心感の隙間を埋める存在が、スタージのような「上位食いモンスター」なのではないか。
なんてことを考えてみるのであった。

2018年4月16日 (月)

ファンデルヴァーの失われた鉱山 Part 5

毎月1回、参加してきたD&D5eのキャンペーン。
とうとう完結しました。
約20数年ぶりのキャンペーンだったので、感激もひとしおですね。
レベル1から始まって最終話ではレベル5。
私のやったファイターでは攻撃回数が2回に、魔術師系も使用回数無制限の初級呪文の威力は2倍になるのがレベル5ですから、一気に強くなったところでラスボスに突入。
キャンペーンをやるのにレベル5をとりあえずの到達点とするのは、1つの目安として最適に思えます。
クラシックD&Dでファイターが騎士として所領をもらえるレベル7が、ちょうど今回のレベル5に当たるんじゃないですかね。
クラッシックの最高レベルが36、今回の最高レベルが20であることを思うと、まぁ悪くないんじゃないかな、と。
ラスボス戦は意外と何とかなりました。
私、大活躍というか、タイミングがいいとこで私の出番が回ってきて、おいしいところばかりいただいたようでなんだか恐縮しました。
サブボス的な鈴木土下座衛門ならぬ鈴木会釈衛門に「怒涛のアクション」で2回攻撃をさらに2倍にし、さらに最初の1発はプッシングアタックで15フィート押し込んでやったら、やつは1度も特殊攻撃をせぬまま昇天。
ボスもひたすらアーマークラスの高いやつでしたが、とっておいた必中攻撃を2発当てたら倒せました、
…まぁ倒したというか、たまたまとどめを刺した出番が自分の番だっただけなんですけどね。
それに先だって魔法でボスが盲目になっていなければこちらの攻撃はなかなか当たらなかったでしょうから、真の殊勲賞はそちらに与えられるべきですね。
しかし、この最終シナリオが楽だったかと言えばとんでもなく、ファイアボールを2発も食らって、どちらもセービングに失敗。昔からセービングは苦手でしたが、ここでも運の悪さを発揮してしまいました。
改めてこの第5版は性に合うようです。
またいろいろ参加したいですね。

2018年4月 3日 (火)

日高晤郎に捧ぐ(800)

(800)と付けてることから分かる通り、タイトルに多いに偽りありなわけだが。
日高晤郎が亡くなった。
しまった!と思った。
いつか使おうと思っていたネタを使わないうちに日高晤郎が亡くなってしまっては、ネタの鮮度がガタ落ちだ。
それは次のようなネタだ。
現代もののTRPG(真女神転生TR PGを考えていた)のセッションを想定し、私がゲームマスター(GM)を務めるものと考えてほしい。

GM「馬上の老マタギは驚く君たちの前で馬首を巡らせ颯爽と立ち去る。
君たちの足元には先ほどまで君たちを追い詰めていた恐るべき羆が死体となって横たわっている。
老マタギの射撃は羆の足首から下を消し飛ばしており、確実に君たちを救うべく単にヒグマの命を奪うに留まらない最も効果的な一撃を与えた事は明らかだった。
美人バスガイドが驚きの声を上げる。
『あれは日高五老将の1人、静内一郎!』」
プレイヤーが日高五老将について聞くと、美人バスガイドは次のように説明する。
GM『北海道を代表する馬産地・日高には馬上射撃を得意とするマタギが数多おり、古来より開拓地を魔の侵攻から守ってきました。その中でも古来の技を受け継ぐ5人の老人を日高五老将と言うのです』
プレイヤーが何か言いたそうにする前に、マスターは次のように付け加える。
GM「美人バスガイドは凛とした声で付け加える。『北海道人で日高五老将を知らぬものはおりません!』彼女の声と表情を判断するに嘘をついている様子は無い」

…と言うネタをやろうと思ったのが20年ほど前。
しかしその後TR PGから離れ、しかもこのネタは肉声でなければ意味がないことからお蔵入りなっていたのだった。
思いついたネタはどんどん使っていかないと古くなる。
そのことを俺は身に染みたのであった。
最後になりましたが日高晤郎さん、ご冥福をお祈りします。

2018年3月31日 (土)

D&Dにおける先攻後攻と個別イニシアチブと待機アクションのトレードオフ

D&D第5版。
最初に出たプレイヤーズハンドブックをまだ読み終わらない。
次に出たモンスターマニュアルが出るまでには、という目標が未達になった時には、まだ言い訳がついた。
極端な話、プレイヤーとしてはモンスターのデータなど知らなくてもいいと言える。
しかし、ダンジョンマスターズガイドが出る前には読み終えておきたかった。
名前とは裏腹に背景世界の作り方等は、プレーヤーにとっても重要な情報と思うから。
というわけで出たばかりのDMガイドの異様にかっこいいリッチの表紙を眺めながら、早くこっちに取り掛かりたいなぁと思うのでした。
さて、「第1部 キャラクター作成」は参照しなければならない事項が多くて読み進めるのにも時間がかかりましたが、「第2部 ゲームのプレイ」はサクサクと「第7章 能力値の使用方法」「第8章 冒険」「第9章 戦闘」まで一気に読み終えました。
これまでプレイヤーとして参加してきて、すでにマスターや他のプレイヤーに説明を受けながら何度もこなしているいると言うこともありますが、煩雑さがなく理解しやすいルールと言うのも大きいです。
TR PGのルールは、基本ルール部分を多岐にわたってきっちり定め例外規定を最小限にするか、逆に基本ルールは少なめに但しユニットごと状況ごとの多種多様な特殊規定に下駄を預けるか、その2つのどちらかであると思いますが、この第5版では後者を基本に、でありながら前者といってもいいくらいに基本ルールの分量もそれなりにあると言うもの。
私は出戻りですからクラシックD&D(80年代)との比較しかできませんが、かなり整理されていると感じました。
やはり大きいのは戦闘におけるイニシアチブですね。
敵全員の行動と味方全員の行動を交互に行うクラシックD&Dに対し、各プレイヤーキャラクターごとにイニシアチブの数字を決める第5版。
クラシックD&Dの戦闘における先攻後攻システムをファイアーエムブレムとするなら、第5版のイニシアチブシステムはシャイニングフォースといったところでしょうか。
クラシックD&Dのフォロワ作品群において、イニシアチブシステムは主流となりました。
やっぱり「ロールプレイ」との相性が良いですからね。
物語の最中で戦闘が起こったり、戦闘の最中に物語が展開したり、といった状況を再現しやすい。
しかし先攻後攻システムにもパーティー全員の行動を最適化できるという長所があり、それはゲームマスターが状況を管理しバランスをとりやすいことにも通じます。
イニシアチブシステムだとどうしても個人技が中心となります。
それに遅い目を出した次のターンに早い目を出した場合、実質的な2回攻撃になってしまう。
その良いとこ取りを目指したのが、第5版における変形イニシアチブシステムなんでしょうね。
最初のラウンドのイニシアチブの結果を2ラウンド以降も踏襲すれば、イニシアチブシステムを基本にしつつも、その欠点を最小限にし、場合によっては先攻後攻システムならではの連携も可能になります。
ここらへんさすがは歴史のあるシリーズです。
ただ1つだけ難点があるとすれば「待機アクション」を取ったことが、全員にばれてしまいますよね。
姫君に危害を加えようとする敵がいたらすかさず割って入るとか、敵が魔法を使ったらすかさずディザームで杖を叩き落とすとか、待機アクションには燃えるシチュエーションを演出するとても大きな魅力があると思うんですが、「自分の手番を犠牲にして何かしようとしている」ことが丸わかりだと対処されてしまうかもしれない。
「ロールプレイ」と「戦闘」はなかなか両立が難しいと言うことなんでしょうがね。