Powered by Six Apart

オーガスでようがす? Feed

2014年3月10日 (月)

オーガスでようがす?その7「無意味な4段変形」

超時空世紀オーガスについてネガティブな思い出を語る不定期掲載エントリーも取り敢えずの最後。
今回はオーガス本編において全く意味のなかった4段変形について語っていきたい。
マクロスの大ヒットの最大要因であったバルキリーの三段変形。
次なるヒット商品として4段変形が求められるのは自然なことだ。
最近の仮面ライダーでもメモリ2本→メダル3枚→スイッチ4つ→指輪5つという流れがあった(※)ことを思うと、特にゴリ押しとも思えない。
しかし、これらはほとんど生きなかった。
新たに加わったタンク形態が使われなかっただけならまだしも、バルキリーのファイター形態に当たるフライヤー形態でさえ使用頻度が極端に低く、ほぼガウォークとオーガロイドの使い分けのみ。
変形を駆使した戦闘という観点からするとマクロスより退化すらしていたと言ってよかったのだ。
これでは玩具が売れないのも無理はない。
ただでさえ実在の兵器や乗り物に似てないものからの変形なのに、ろくに劇中で生かされないのだから。
だが、ちょっとだけ擁護させてもらうとそもそも設定との食い合わせが悪かったのだ。
混乱時空による複雑な地形においては低速高機動が圧倒的に有利であり、フライヤーの活躍できる余地は少ない。
とは言うものの、長距離移動の場面を適宜、挟むなどしてフライヤーの出番を増やすことはできた筈だし、タンク形態の方が、ではどうしてそんな新形態を作ったんだということになるから擁護のやり方としては弱い。
地表では高速で移動できるという設定になっているタンク形態であるが、自由に大空を飛び回れるのにわざわざ地表にへばりついている必要などなく、流石にスタッフもタンク形態を活躍させるのに困ったのか、真横からの投影面積の大きさを生かして人間を爆風から守る盾になるために変形した時には、子供心に「スポンサーになんとかタンク形態を出せってずっと言われてたんだろうな。でも凄く無理があるよな」と溜息などついたものだった。
結局のところ、劇中で生かせない性能など何の意味もない。
設定より劇中の実際の活躍を重視するようになったという意味で、オーガスの4段変形は絶好の反面教師となったのだった。

※その流れで次は6つに割れた腹筋それぞれに何らかのアイテムを使う仮面ライダーマッチョ…ってのを想像したりもしたが、そんなの子供が真似できないし商品にするのも難しいし流石に無理だったろうなw そもそも日本ではシックスパックという言葉自体がメジャーじゃないし。

2014年1月27日 (月)

オーガスでようがす?その6「エマーンがティターンズに与えた影響」

超時空世紀オーガスについてややネガティブな視線から語る不定期コラムの6回目。
今回はオーガスの先進的な試みの失敗が後に与えた影響について考察してみたい。
まぁ、タイトルから既にバレているわけだが、「後」というのはΖガンダムのことだ。
Ζガンダムを見て誰もが最初に思うこと。
「ティターンズは連邦軍の一部で、かつ反ジオン感情の強い組織なのに、なぜジオン系のモビルスーツを使うのか」
「まるで兵器体系なんかどうでもよくて、単に味方側系、敵側系のラインしか存在しないみたいだなあ」
で、これについては、視聴者が敵味方の区別がつきやすいように敢えてそうしたというスタッフのコメントをどっかで読んだので、ああやっぱりそうだったのかと納得したわけだが、ファースト以外のガンダムシリーズが下手をしたらストーリーよりも兵器体系を楽しむものである以上、それでよかったのかなぁ、と思わなくもない。
ティターンズの連中が例えジオンのメカであれよいものはよいと認めるだけの心の広さを持っているなんて、やっぱりおかしい。
ここで話がオーガスに戻るのだが、このΖガンダムの決断は、その前年のオーガスの失敗を意識した部分が多分にあるのではないか、と俺は思うのだ。
オーガスはΖガンダム同様に、前作の味方側陣営が今度は敵側であるというストーリーだ。
そのため、主役側が直線系のメカ、敵側が曲線系のメカという通常のセオリーを逆転させ、オーガスが曲線メカ、イシュキックやナイキックは直線メカとした。
これは世界設定から導き出される解としては正しい。
しかし、結果として主役機のオーガスは格好いいと思って貰えず、敵側のナイキックの方が人気があるという有様。
このことがΖガンダム製作陣の脳裏を掠めなかった筈がないと思うのだ。
曲線系でありながら格好いいダンバインの例もあったのだから、別に曲線系が悪いわけじゃないと思うんだが、流石にオーガスとΖガンダムは放送時期が近すぎたのだろう。
そして後のエルガーゾルンにせよヴァジュラにせよ曲線系なのも、オーガスの失敗が尾を引いているに違いない。
いつか、味方が曲線、敵が直線のリアルロボットアニメの名作が登場した時、オーガスの仇が取れた、と思うんだろうなぁ。

2013年12月 9日 (月)

オーガスでようがす?その5「ロボット兵器の変遷というSFイズム」

チラム軍がバルキリーで構成されていたらオーガスは「なかったこと」にならなかったであろう。
超時空世紀オーガスがマクロス正史から抹殺された理由は色々あるだろうが、唯一にして最大の理由がこれであろうと俺は思う。
これに比べると他の種々の理由は取るに足らないものだ。
超時空世紀オーガスについて主にネガティブな思い出を綴るほぼ週1コラムの5回目はリアルロボットものにおける兵器の進化についてオーガスが投じた一石について述べていきたい。
さて、リアルロボットものには共通した前提条件がある。
それは巨大なロボットが兵器として登場するなんて本当はあり得ないという前提だ。
その前提に立ってそれでも存在してしまうのは何故なのか。
ミノフスキー粒子だったり、そういう生物だからだったり、地形が特殊だったり、歩兵を強化する必要があったり、まぁ作品によって色々あるが、理由付けを行っており、それが作品世界の根幹を成し説得力を生み出しているのは確かだ。
だが、よく考えると、特殊な状況下故にロボット兵器が存在するのなら、何れその状況が変わればロボット兵器は必要なくなる。
航空機の登場によって戦艦が無用になったように、銃器の発明で騎士の鎧が廃れたように、その世界の歴史の流れの中でロボット兵器が登場しやがて時代の徒花として消えていく…その方が「SFとしては」ロマンがあると言える。
もちろん、シリーズを続けていく上での商売上の必然性とは相反する。
だからこそ、ガイアギアはなかったこと扱いだし、ガネシスは殆ど話題にならない。
SF3D改めマシーネンクリーガーの魅力も敢えてそれをやっているからで、もしマシーネンクリーガーがアニメ企画だったらAFSとPKAの後継機が延々と続く作品となり大幅に艶消しとなっていたことだろう。
オーガスにおけるバルキリー→ブロンコII→イシュキック→ナイキック及びブロンコII+モラーバー→オーガスの流れは、ロボット兵器の消滅でこそないものの、巨人との戦争がなくなったことによりバルキリー系が衰退しただのガウォークとなったが、敵勢力のオーガスの登場で再びイシュキックのノウハウを発展させたナイキックとして結実することで、時代や状況の変化で兵器体系そのものが変化していくという考えの反映であって、俺はとても好きだ。
一般的には不人気メカであるイシュキックが大好きな俺だから点数が甘くなるということもあるが、そこに流れるSFイズム、人の営みをガジェットに反映させる作劇がたまらないのだ。
しかし悲しいことにナイキックではバルキリーほど売れないのも仕方ない。
商売でSFアニメを作る以上、既に人気のあるかっこいいロボットの系統を絶やすわけにはいかない。
その冷徹な事実をオーガスは俺に教えてくれたのである。

2013年11月25日 (月)

オーガスでようがす?その4「飛ぶコミリアとエマーンの受胎」

超時空世紀オーガスについて主にネガティブな思い出を綴るほぼ週1コラムの4回目。
今日はオーガスにおける異文化描写について語りたいと思います。
地球人とは異なる価値観を持つ多種多様な異文明種族が混在する混乱時空。
その魅力的な設定は結局、ほとんど本編に生かされることはありませんでしたが、それでも最初の頃は描こうという意欲が感じられました。
特に主人公の桂が身を寄せることになる通商の民・エマーン族は、地球人との違いが強調されます。
地球人とは違い女性の妊娠可能期間が極端に短いエマーン族。
なんと十代後半で閉経してしまいます。
ヒロインのミムジィは残りわずかなんだからさっさと結婚しようと迫る恋人のスレイに煮え切らない態度を取っているところ、そこに異種族の桂が現れて惹かれていくという三角関係の構図です。
上手く描けばまさにセンスオブワンダー、SFの本質たる異文化の相克が大いなる感動を生んでくれたことでありましょう。
ところが何としたことでしょう。
フェミニストがこれに噛み付いたのです。
歳をとって妊娠できなくなったら女として扱われないなんてゆるさないザマスと喚き立てるフェミニスト達。
アニメとは全く関係のない新聞だったか週刊誌だったか忘れましたが、よくもまぁ内容を観もしないでキツい言葉で糾弾するものだと腹を立てたことを覚えています。
そもそもこの設定はあくまで、地球人とは異なった知的生物の話です。
自由人だった桂が慣習も考え方も何もかも違う異次元生物と愛し合うようになる、そういうドラマのためのものであって、現実の地球の女性を差別していることになどなる筈がありません。
当時のわたしはまだ少年で、母の影響もあってフェミ寄りでした。
男女差別はゆるされないと思っていましたし、今でも本質的には変わっていません。
しかし、オーガスにおけるエマーン人の設定は別に女性蔑視でもなんでもないと思いましたし、イチャモンがつけられているのを知った時はお口ポカーン状態でした。
やがてアニメ雑誌の読者欄にも感情的な女性視聴者の声が載り始めます。
その流れにわたしは世の中には馬鹿な大人がいるものだな、と呆れましたが、単なる視聴者に過ぎないわたしは呆れていればいいですが、実際にアニメを作っているスタッフはそうはいかなかったのでしょう。
きっとフェミニスト達はオーガススタッフを口汚く罵ったに違いなく、オーガスは路線変更してしまいました。
超重要キャラであるスレイが戦闘中にかなり無理やり行方不明になって異文化間三角関係は描かれなくなり、そればかりかエマーンの地球人との違いもほとんど描写されなくなってしまったのです。
思えばマクロスにおいても異文化描写が理解されない兆候はありました。
地球人のマックスとゼントラーディ人のミリアの間に生まれた赤ん坊であるコミリアは生まれながらにして骨格が丈夫であり首も座っています。
よって、放り投げても大丈夫、そういう描写が本編にもありました。
しかし、わたしはそのシーンを実家の居間で観ていたのですが、たまたま一緒に観ていた母が軽く怒り出したのでした。
まぁ、あのシーンについては母の怒りは分かります。
それまでに宇宙人とのハーフの赤ん坊がいかに頑丈かという描写も何もなくいきなり外見上は地球人と変わらない赤ん坊を放り投げ、設定は事後の口頭による説明のみだったのですから、あれは脚本がおかしいのです。
しかし、マクロスのそれは単なる1シーンに過ぎませんが、オーガスの場合は物語の根底に関わるわけで、くだらぬ言いがかりをつけられないよう物語の進行には綿密な仕込みが必要だったのではないでしょうか。
繰り返しますがオーガスはつまらないと思ってます。
でも、最大の魅力の1つがスポイルされた以上、仕方なかったのかな、とも思うのです。

2013年11月16日 (土)

オーガスでようがす? その3「ミサイルガンはどうあるべきだったのか」

オーガスの失敗の原因は色々と言われているが、個人的に思う最大のものはミサイルガンという武器が全く格好良くないからだ。
前から何度か言っているので繰り返しになるが、ただ格好悪いのみならず三重苦だ。
まず第一に手持ちでなく、第二に射線が一直線でなく、第三にブローバックや射撃音と言った力強さを感じさせる演出に欠ける。
要するにリアルロボットものの作劇には必須である「右手の小さな銃が敵を一撃で倒す説得力」に欠けるのだ。
銃が手持ちじゃないことは西部劇や刑事ドラマなどで培われてきた豊富なガンアクションが使えずいかにも逆転できそうなかっこいいポーズが決まりにくいことを意味するし、射線が一直線じゃないと敵を照準に捉え撃ち抜いてやるという意志とシンクロせずにどうにもしまらないし、そして意志は力強さにも通じ一発KOのカタルシスを生むものなのだがそのためのギミックすら用意されていないという有様。
ガンダムのビームライフルのズギュゥゥゥンという音、スコタコが攻撃に移る前のターレットレンズの回転、バルキリーでさえミサイル一斉発射の時は迫力がある。
リアルロボットであっても、いやリアル志向であるからこそ外連味は必要なのに、それがスポイルされているのは問題。
前述のようにバルキリーなら一斉に何発〜何十発も撃てるミサイルが銃口から1発ずつ発射されるだけのミサイルガンは、あまりに活劇における主人公の武器の文法からかけ離れているように思うのだ。
チャンスがあるのに相手を倒しに行かずポイントをセコセコ稼ぐ某ボクサーが国民的不人気であることからも分かるように、活劇の根本は力強い一発逆転なのだ。
だが、ミサイルガンがオーガスの舞台装置と相性がいいというのも分かる。
混乱時空という地形が複雑な上に相克界という「天井」があるバトルフィールドでは誘導性に優れたミサイルが有効なのであろうし、かと言って乱射するのはグランドキャニオンだらけのあの世界ではこっちまで危ない。
そこから敷衍して単発のミサイルガンという回答が導き出されるのは自然だ。
それにそもそも現実世界にはないような武器自体は大好きだ。
18mのロボットは18mの人間より圧倒的に力が強いのだから、人間の持っている武器をそのまま大きくしたような武器ばかり持っているのはおかしい。
ザクマシンガンなんか、人間の力ではマシンガンを照準をつけて撃つなんて無理なところザクの怪力なら反動などものともしないから撃てるということでいかにも架空世界の武器というあたりが好きなのだ。
よってミサイルガンはあの世界のリアリティという意味では問題ないのだから、外連味を加える一工夫があれば良かったということになる。
例えばダグラムのリニアカノンは右手のリニアガンが手持ちの武器じゃないことで前述のようにアクションの幅が狭く迫力にも欠けていた欠点を存分に補った。
オーガスにもストライクバルキリーのような感じでトドメの大砲があれば、アクションにメリハリができたことだろう。
ここぞという時の巨大ミサイルでも構わないが。
また、ミサイルガン自体も他の連中が撃つミサイルは普通に命中するだけなのに、桂のオーガスだけは巧みに急所をヒットし続けるような差別化が図られていれば、流石は元統合軍のエースパイロットだ!というカタルシスにも繋がったことだろう。
そう考えていくと、ミサイルガンはリアリティと外連味の高い次元での両立という根本に気づかせてくれる反面教師と言える。
こうしてまとめて見ると俺はミサイルガンが嫌いなわけではなく、ミサイルガンが生かせないような作劇だったことに不満があるんだよな。
もし今後、オーガスのプラモを作ることがあったら、ヴァジュラの大砲でも流用してつけてみようかな。

2013年11月 2日 (土)

オーガスでようがす? その2「設定を覚える虚しさを教えてくれたオーガス」

超時空世紀オーガスの思い出、2回目。
取り敢えず時系列順に進めたいと思います。
ということは話は初代マクロスに遡る。
マクロスの設定・裏設定が満載のムック「マクロスパーフェクトマニュアル」は俺の愛読書だった。
マクロスに限らず気に入ったアニメの設定はアニメ雑誌などを読み込んでとことんまで覚える主義だった当時の俺がこのムックにハマったのは必然で、もう隅々まで読んだんで、今でもかなり覚えている。
で、その中にあったマクロスの企画案提出の経緯が興味を引いた。
なんでも本当はゴリゴリのハードSFをやりたかったが、最初からそんな企画が通るわけがない。
だから取り敢えずお祭り要素の多い企画(それがマクロス)を提出して、ハードSFはある程度の実績を積んでからにしよう、とそんな内容だったと記憶している。
俺は思った。ピンと来た。
ああ、この「本当にやりたかったハードSF」ってのがオーガスなんだな、と。
このムックが出た時、既にオーガスは放送中だったこともあり、俺はオーガスを「スタジオぬえの本気作品」としてこれまで以上に大きな期待と厳しい目で見ることとなったのだ。
だから引き続き設定も可能な限り覚えた。
正直、その頃にはこの番組つまらないなぁ、と思っていたのだが、大好きなマクロスの続編であるし、何より本気作品。
分裂戦争から時空混乱へと続く歴史は、現在のマクロスシリーズの正史が結局は同じことの繰り返しになっていることを思うと、インフレに陥らないで済むいい方法だと思うし、バルキリーがオーガスに発展していく流れも世界情勢の変化と密接に関わっていて説得力があった。
マクロスの約40年後として設定されたが故の世界の繋がりは設定としてはとても魅力的だった。
惜しむらくはせっかくの本編がつまらなかったこと。
話がつまらなければつまらないほど、本来こうなる筈だったオーガスという虚像は俺の心の中で立派になっていったのだ。
だが、俺の想いは無駄になった。
御存知のとおり、オーガスがマクロスの続編だというのは今ではなかったことになっている。
せっかく覚えた設定がただのパラレルワールド!
それを告知された時はかなり脱力したものだ。
しかし、設定を一生懸命に覚えても諸般の事情でなかったことにされてしまうのだと思い知らされた経験は、その後のことを考えるとよかったのかも知れない。
この経験がなかったら、設定がコロコロ変わるトランスフォーマーは楽しめなかっただろうから。
次回は、その設定の肝である「混乱時空」について語ってみたい。

2013年10月27日 (日)

オーガスでようがす?その1「主題歌が 相対的に 好きになる(字余らず)」

今、マクロスFの再放送をやってて、実に楽しんでいるのだけれど、オーガスのBDのCMだけは非常に気になる。
噂には聞いていた「(光あふれる未来)求めて〜」のフレーズのアクセントが違うバージョンなのが、どうにも聴いててイラッと来るのだ。
歌い直して貰おうにもケーシー・ランキンは既に天国にいるし、これが最新のデジタル音源Ver.として今後も使われ続けるんだろうなぁ…。
とは言え、俺はオーガス自体はそんなに好きじゃない。
別に好きじゃないアニメに限って主題歌だけは大好きだったりするこのマーフィーの法則のバリエーションを、俺はこっそりオーガスの法則と呼んでいるのだった。
単純にOP、EDと中身は違うということなのか、それにプラスして中身に不満だと「不遇の」OPやEDへの愛着が余計に深まるということなのか。
それは分からないが、OPだけは好き、EDだけは好き、というアニメの方がカラオケで歌いたくなるのは確かだ。
ドラグナーもモスピーダも、よく歌うもんな…。
さて、だいたい週1くらいのペースでオーガスの思い出を語っていきたいと思います。
内容はともかく、設定だったりプラモ展開だったりブームに与えた影響だったり、色々と忘れられないアニメではありますからね。
今日は短いけど、この辺で。