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2016年8月14日 (日)

おととい来やがれ

「てやんでえ!おととい来やがれ!」
先祖代々江戸っ子の長さんの口癖である。
口が達者な長さん。まずはさんざん相手をやり込める。そして捨て台詞を吐いて逃げ去る相手の背中にこの決まり文句を叩きつける。その姿はまさに気風のいい江戸っ子であった。
そんな長さんのところに1人の若者がやってきた。
「こんにちは。また会いましたね」
はて?見たことのない顔だが。
「おととい来い、と言われたのでおとといまで待って、そして来ました。話を聞いてくれますよね?」
…?
意味を、そして意図を理解するまでに3秒ほどかかった。
だが3秒で済んだ。
今日は頭の回転が早かったので助かった。
よってすぐに叩き出した。
「ひどい!約束したのに!約束したのに!」
誰が約束したって!?
つまらない策を弄しやがって。
これはきつく言い聞かせなければなるまい。
ガツンと思い違いを糺さねばなるまい。
明後日になった。
奴が来た。
決してやつの思惑には乗るまい。
断じて「おととい来やがれ」とは言うまい。
長さんは蜘蛛の糸に絡めとられたのである。

2015年5月27日 (水)

虎のパンツはいいパンツ三題

虎のパンツはいいパンツ〜♪
勇ましい歌が響いた。
おや?わたしは耳をそばだてる。
鬼の毛皮でできていて〜♪
「…なんだ、この歌は。誰が歌っているんだ」
「あ、あそこだ!」
見ると崖の上に巨大な虎がスックと立ち、こちらを睥睨しているではないか。
「あれは鬼喰い虎!」
「…人喰い虎ではなく?」
「ああ、奴は人肉では飽き足らず、俺たち鬼の肉の味を覚えてしまったんだ!」
その叫びと同時に駆け下りてくる虎。
その下腹部には鬼の表皮を剥いで作ったパンツ。
鬼たちは戦慄に震えるのだった。

虎のパンツはいいパンツ〜♪
散歩中の男の耳に幼稚園児の元気な歌声が聞こえてきた。
鬼の毛皮でできていて〜♪
うむ、子供の元気な声は実にいい、社会の活力にして潤滑油だなぁ。
だが、気になる部分があった。
「おい。パンツってのは英語だよな?」
「ああ」
「江戸時代にパンツという言葉がある筈がない。明らかに明治以降に作られた歌だ」
「…だから?」
「童謡には時として残酷な事実が込められている。鬼はこの現代日本にも潜んでいるのではないか。この歌は鬼の脅威をわれわれに伝えているのではないか」
「…」
しまった。この沈黙は度ン退きのそれだ。何か。何か言わなければ。
「あのな。これは別に…」
「…りすぎた」
「?」
「きみは知りすぎた。気づいてはいけないことに気づいてしまった。とても残念だ。きみはいい友人であったが、こうなってしまっては生かしておくわけにはいかぬ」
「お前…その角は?ぎゃ…ぎゃあああ!」
そして戦慄の夜が来た…。

虎のパンツはいいパンツ〜♪
法廷に朗らかないい声が響いた。
鬼の毛皮でできていて〜♪
テープはそこで止まり、次いで弁護士が得意げな調子で弁論を始めた。
「今のが容疑者がカラオケボックスで歌った替え歌の一部です。この歌の内容が本件が冤罪などではないことの何よりの証拠なのです」
…何を、言い出すのだこいつは?
「虎のパンツであるというだけなら偶然に見えただけという抗弁もできるでしょう。しかし鬼の毛皮でできていることは実際に触ってみなければ分かりません。容疑者は痴漢行為を自慢したという衝動に駆られ、それが替え歌となって現れたのではないでしょうか」
「濡れ衣だ!そんなのデタラメだ!」
「何がデタラメですか。いいですか。被害女性は貴方の抗弁により冤罪加害者の汚名を着せられ酷い中傷を受けているのです。インターネッツでは見るもおぞましい辱めが溢れているのです。これはセカンドレイプと言ってもいい!如何ですか裁判長」
「…有罪!」
なんてこったひどすぎる。
替え歌など歌わなければよかった。
これからの人生を思い、彼は戦慄に震えるのだった。

2014年2月13日 (木)

ゴーストチョコ

「義理チョコと分かっていても嬉しいものだなぁ」
思わず口に出してしまうほどに。
それほどまでにこみ上げてくる喜び。
そんな小さな幸せさえも粉々に打ち砕くニュースが彼の耳に飛び込んだ。
「わたしは18年間もゴーストチョコを配ってきたのです…」
…なんだって!?
いったいこのおっさんは何を言っているのだ?
呆気にとられTV画面を見つめる彼の耳に聞き捨てならぬ言葉が次々と突き刺さっていく。
「義理チョコさえも面倒くさい。そんな要望に応え義理チョコの代行を請け負っているうち、引き返せなくなっていきました。良心の呵責に耐えかねやめたいと言ったこともありましたが、生理的に無理な殿方達に義理チョコを贈るくらいなら自殺するとまで言われては…」
聞いてるこっちが首でもくくりたくなるような残酷な内容が淡々と語られる。
もしや、このチョコも…。
自分は義理チョコにさえ値しないということなのか。
いやいや、我が社の女性社員達はみな育ちのいいお嬢さんだ。そんな闇の性根を宿している筈がない…。
だが、
「初めて逢った時から彼女達がお嬢様であると感じたことはありませんでした」
何とタイミングよく猜疑心を煽る台詞が流れてくることか。
もはや何を信用していいか分からない。
勤務中だ。
酒は呷れない。
代わりにチョコを一気に頬張り、ろくに咀嚼もせずに嚥下した。
鼻から赤い涙が流れ出した。

2013年10月26日 (土)

コストカッター

「もっとコストを削るのだ」
「お言葉ですが、お客様にお出しするレベルの料理にするには、これ以上の食材のコストカットはできません」
「…これだからゆとりは!だからお前は駄目なんだ。できない理由ではなく、どうやったらできるかを考えるべきだろう!さぁ、わたしの用事は終わった。すぐに仕事にかかりたまえ!」
ビジネス書に載っていた決め台詞を叩きつけ御満悦の支配人。
だが、それは要するに志村けん演じるバカ殿の言う「善きに計らえ」と同じであることに気づいていない。
その無理解が悲劇を呼んだ。
「ふぅ、ビジネスの何たるかを知らんブン屋風情どもが…。やっと引き下がったか、やれやれだ。それにしても、だ。おい!全く、とんでもないことをしてくれたな!わたしはコストを下げろと言ったんだ。品質を下げろと言った覚えはない!」
「はぁ…」
「フン。そんな風に困った顔をしていれば助け舟でも入ると思ったか。これだからゆとりは!甘え切ったガキだな。わたしの若い頃とは大違いだ!」
「…」
「なんだ、その目は。お客様の信頼を損ねておきながら逆ギレか。これだからゆとりは!」
しかし、目の前の部下に取るべき責任を取らせても、それで収まるとは思えなかった。
「マッタク…。わたしはここまでやれとは言ってない。これはわたしの指示ではない。意思ではない。わたしの意思ではないということは、これは誤った表示なのだ。そうだ!これは誤表示だ!」
流行語大賞の候補が生まれつつあることを、当の本人はついぞ気づかぬままであった。