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オコトバではあります(言葉の話題) Feed

2015年10月24日 (土)

昇順と日付

昇順と降順はとても覚えにくい。
もちろん昇順とは何か、降順とは何かと聞かれたら答えられる。
だが、昇順に並べろと言われたり、データをソートしようとしてプルダウンメニューから昇順と降順のどちらかを選ぼうとすると、はて?どっちがどっちだったっけ?と逡巡する。
で、えーと…昇順と言うのは昇るんだから小さい方から大きな方だよな?と脳内独り言を呟いてよし間違いないと自分に言い聞かせてやっと作業に移れるという…つまり知識はあっても全く身についていないわけだ。
俺は仰向けとうつ伏せもどっちがどっちだったか分からなくなることが多いのだが、昇順、降順の方が、認識から思考を経て行動に移る、その一連のワンクッションの時間は長めだ。
で、自分が憶えていないのを棚に上げて原因を探すわけだが、やはりどちらも言葉としての完成度が低いのではないかと思う。
本来、言葉には冗長性があり、母国語であれば初めて聞いた言葉でも前後の文脈で何となく意味が分かるし、多少の言い間違いでも会話に支障はない。
優れた単語はその機能を存分に発揮できるものなのであって、何度、聞いてもピンと来ないなんてのは、そんな言葉を作った奴のセンスが悪いのだ。
と、首尾よく自分以外の何かの所為にすることに成功した俺だが、俺ばかりじゃなくみんな昇順と降順については、いまいちピンと来ない人が多いのだろうと思うので、別に己を恥じたりしない。
だって、ネット上でも間違いが多いもの。
特に日付。
日付を昇順に並べる場合、過去から未来に向って並べるのが本来の意味に沿った並べ方なのだが、逆になってることがやたらと多い。
ひどいのになると、同じサイトの中にある複数の表で昇順の捉え方が逆だったりもする。
実に混乱させられるし不便である。
いっそのこと「小→大順」とか「過去→未来順」とか、分かりやすい言い換えしてくれないものかなぁ。

2015年5月21日 (木)

元素記号の無理やりな覚え方

最近、暇つぶしに元素記号を覚えている。
例えばKrはクリプトンで原子番号は36番だ。
これを「Kr(クラーク)!クリプトン星を36(去ろう!)」と覚える。
スーパーマンが宇宙空間に飛び立つ雄姿を思い浮かべながら。
或いはBrは臭素で原子番号は35だ。これは、
「Br(ブリッ)!」「おめえ屁ぇこきゃあがったな?臭っせぇぇ!」「35(みご)とな音だろうが。あぁぁぁん?」でバッチリだ。
こういう覚え方は高校生の頃は多かれ少なかれ誰でもやってると思う。
元素記号なんざ今の俺には何の役にも立たない知識ではあるが、こういうくだらない語呂合わせを始めるとなんか楽しくてついつい次々と作りたくなってしまうのだった。
数字が大きくなってくると苦しくなってくる。
例えばRgはレントゲニウムで原子番号は111だ。
これを2人の覗き魔が女湯を覗きながら「へっへっへ、レントゲン能力で女風呂、覗き放題だぜえ!ウム、素晴らしい!」「この迫力!まさにRg(リアルグレード)だぜぇ、グヘヘヘヘ!」とチョーシこいてるところに後ろから3人の女が計3本の長い棒(III)を構えて後頭部を殴打せんと迫る画像を思い浮かべながら覚える。
原子番号110のDs(ダームスタチウム)なんざ無理やりもいいところだ。
「ダームの塔が沈黙したしまスタ」「ウム」「110番でもしましょうか」「そうDs(ダス)な」などとY'sIIを知らなきゃ何のことか分からん上に、世界観を無視しまくっている。
だが、あっさりできてスマートにはまった語呂合わせは割と簡単に忘れてしまうのに対し、こういう苦労した割に無理やり感が漂いまくっているシロモノに限って全く忘れることがない。
試行錯誤の体験と結びついて記憶が強固になったということなのだろう。
ネットには色々な語呂合わせが転がっているが、自作のそれには敵わないというわけだ。

2015年5月15日 (金)

夏厨は虎よりも猛なり

まだ夏厨の季節じゃないが。
たまたま「夏厨」は「なつちゅう」と読むと知った。
湯桶読みだったのか。
ずっと「かちゅう」だと思っていたのだが。
道理で、と得心が行った。
誰も「夏厨は虎よりも猛なり」と言わない筈だ、と。
「夏厨」という言葉を初めて目にした時、即座に「夏厨は虎よりも猛なり」が脳裏に浮かんだ。
別に上手いことを思いついたとは思わなかった。
ミック・ジャガーから肉じゃがを思いついたり、コッペリアの棺でロッテリアの羊が浮かんでくるように、誰もが自然に口に出るフレーズと思っていたからだ。
しかし、「かちゅう」ではなく「なつちゅう」なのであれば、そうならないのも無理はない。
厳めしい顔をした師弟が
「師よ。わたしは夏厨を侮っておりました」
「弟子よ。古来より言うではないか。夏厨は虎よりも猛なり、と」
とやりとりする美しい場面も実現しないということなのか。
なんだかガッカリだなぁ。
それにしても、だ。
言い訳をするわけだが、特に理由がない限り、重箱読みや湯桶読みは避けるべきではないか。
そしてその「特に理由」が「かちゅう」では混同し易いからだと言うなら、いったい何故、混同するというのだ。
書き言葉なのに。
そう、夏厨をわざわざ「なつちゅう」と読むのは、これを口語で用いるからではないのか。
…2ch用語をあまり現実世界で使わない方がいいと思うけどなぁ。

2015年4月17日 (金)

ローリエとローレル

一人暮らしをしているとつい賞味期限が迫ってしまった食材をどう使っていくか大変で、まるでおじゃまぷよ処理のよう。
ここんとこ使い切りタイプマヨネーズや鷹の爪やタイムを順に使い切っていて、今は20枚ほどあるローリエに挑んでいる。
なんでこんなに貯まってしまったのか。
それは自宅にあるのに買ってしまうというのを2度もやってしまったからだ。
で、うち1度は単純に俺のミスだから仕方ないが、もう1回が納得いかない。
ローリエとローレルが同じものだと気付かずに買ってしまったのだ。
レシピ本にそれぞれローリエ、ローレルと書いてあって、ろくに調べもせずに買った俺も悪いと言えば悪いのだが、表記くらい統一してほしいと思う。
ローリエは元フランス語で、ローレルは英語だ。
だからフランス料理のレシピにはローリエと、英語圏の料理のレシピにはローレルと書いてある、という理屈は分かる。
しかし、そんなのは料理本を作る側の都合だ。
紛らわしいから統一するか、ローリエ(ローレル)のように表記するか、してくれ。
さらに言うと、さっき「元」フランス語と書いたように(そして元英語とは書かなかったように)、ローリエは日本語だがローレルは英語だ。
既にカタカナになって日本社会に定着している言葉は「カタカナ言葉というジャンルの日本語」だ。
よって、全てローリエに統一すべきであると、台所の余ったローリエを見ながら俺は八つ当たりのように主張するのであったw

2014年10月29日 (水)

バーとクラブ

国会議員がSMバーに行ったとか行かないとかの報道にはウンザリだ。
それに対する擁護も批判もさらにウンザリだ。
特定の性癖や職業へのヘイトスピーチだとの声は一見、もっともな擁護に聞こえる。
しかし、そんな擁護はまるで渦中の議員がSM行為自体に勤しんでいたかのように誤解されかねずトンチンカンだ。
そもそものSMバーなど汚らわしいという批判もおかしい。
SMクラブとSMバーを意図的か無知故か何れにせよ混同している。
どちらもSMバー程度のものをSMクラブでもあるかのように、その誤解を温存した上で成り立っているのである。
俺はSMバーに行ったことはないし、そんな業態があることすら知らなかった。
だが、SMバーという言葉を聞いた途端に、何の説明も受けずにどのような店なのか想像がついたし、SMクラブとは別の存在であることも自明の理となった。
別に俺に限らず、大抵の人はそうなのではないか。
何故なら◯◯バーという店はほとんど全て何かを肴に酒を飲む店であって、肴になっている行為は店員が行うものだからだ。
オカマバーは訪れた客がオカマになるのではない、オカマのママや店員がそのキャラクターを生かした話術で酒の席を盛り上げてくれるのだ。
特撮バーは客が特撮ヒーローの格好をしてアクションをするのではない、特撮の話題で盛り上がれるような環境が用意されているのだ。
テニスクラブはテニスの愛好者がテニスを楽しむ場所だが、もしテニスバーという店があったら、大型モニターでテニスの試合を見ながら酒を嗜む店に違いない。
ホストクラブはホストが女を騙す店だが、もしホストバーという店があったら、ホスト役とカモ役の繰り広げる寸劇を見ながら「プ、このバカ女がw」と笑いながら酒を飲む店であることだろう。
以上の点から、SMバーとはあくまで酒を飲む店であって、実際に性的な行為に勤しむ風俗店とは全く異なることなど分かって当然、分からないということが全く信じられないのである。
何かを擁護するにせよ批判するにせよ、曲解を根拠にすることはあってはならない。
目的は断じて手段を正当化しないのである。

2014年9月25日 (木)

冗長性と取り違え

また、言葉の意味の取り違えについてのニュースがあったようだ。
こういう調査は定期的にやっていて、その度にニュースになる。
思うのは、小出しにしているということだ。
いつもいつも役不足や確信犯の話では、またかと思われるということで、少しずつ違った誤用を披露してくる。
今回は「爆笑」だった。
爆笑とは大勢が一度に笑うことであり、1人で爆笑するのは本来はあり得ないそうだ。
なるほど、勉強になる。
今度から爆笑という言葉を使う時は、「1人でも爆笑」みたいな使い方をしようかな。
だが、言葉というのは好き嫌いがある。
今回は本当の意味が違うなら改めようという気持ちになったが、誰がどう言おうとも俺はこういう意味だと思っている、と突っぱねる時もある。
ダブルスタンダードではあるが、まぁ、仕方がない。
誤用は何故、生じるのか。
それは言葉というコミュニケーションツールが優れているからだ。
Excelの計算式は一文字でも間違えたら働いてくれない。(俺は分からないが)プログラムならなおさらだろう。
しかし、言葉は間違えても何となく分かってくれるし、逆にこっちも分かる。
で、意味の分からない言葉があっても、前後の文脈やその会話が成されるに至ったそもそもの前提からだいたいの意味が類推できる。
この類推こそが誤用の原因だ。
これは言葉の長所と不可分だ。
もし、1つでも意味の分からない言葉があったらコミュニケーションが成立しないとなったら、この世はディスコミュニケーションによりさぞかし殺伐とすることだろう。
誤用が生じる冗長性こそ、言葉の持つ優れた機能なのだ。
そういうわけだから、これからも誤用は次々と生じるだろうが、それはそれで構わないのではないか。
意味の取り違え記事を見る度に、そんなことを思うのである。

2014年9月18日 (木)

マジックとスポーツマンの気持ち

どうやら、俺はスポーツマンの気持ちというやつがよく分からないらしい。
今回、そのことを大いに思い知った。
ことの発端はマジックナンバーだ。
プロ野球のペナントレースが終盤に差し掛かるとこのようなアナウンスがスポーツニュースで流れる。
「グリフォンズ(架空)のマジックナンバー10が点灯しました」
これはグリフォンズがあと10勝すれば、他のどの球団がどれだけ勝とうとも自軍の優勝を覆すことはできないという意味だ。
しかし、この言葉は2つの意味でおかしい。
まず、点灯したということは、点灯する前は灯りがついていなかったということだ。
つまり今回の勝利の前の時点ではあと何勝何10勝しようとも絶対に優勝は確実にならなかったということになるが、現に1勝したことであと10勝という条件付きではあれ優勝が確実になるのだから、明らかにムジュンしているじゃありませんか(逆転裁判)!
では2つ目に、いつ点灯するのか。
あと11勝で点灯するとしたら?もちろんあと10勝の時と同じ理屈で矛盾が生じる。
じゃあ、あと12勝?いや、あと13勝?
そう、開幕まで遡ってしまうのだ。
マジックナンバーは最初から1シーズンの試合数と同じ数だけ点灯しているのである(※実際は多分、もっと少ない。2位のチームとの試合があるから)。
それに「(点灯した筈が敗戦により)マジックナンバーが消えました」と言うこともある。
だが、マジックナンバーが本当に説明されているとおりの意味なら、一度、点灯したら二度と消える筈がない。
そんなわけでマジックナンバーという言葉の意味自体は分かっても、それがペナントレースの最初から最後まで当たり前のように存在している順位決定のルールから少しも逸脱しておらず、よって何の意味もないことを思うと、なぜ興奮して点灯したとか消えたとか騒ぐのかどうにも不思議なのである。
とは言え、だ。
こういう物言いが反感を買うだろうことは分かる。
バロム司令がマ・クベに言うみたいに「失礼だが、児斗玉文章どの(仮名)はスポーツマンの気持ちが分かっておられん」的なことを言われても、まぁ仕方ない。
誰だって、開幕の時には「今シーズンがどうなるか、始まってみないと分からないぞ」と思うものだし、贔屓チームの負けが混んで例え全勝しても優勝できないとなったらガッカリするだろうし、あと何回、負けたらそうなると思えば、もう負けないでくれと思うことだろう。
その悔しい気持ちが「相手チームの使うマジック」という言葉で具現化されたのがマジックナンバーなのだろう。
そして、人によってどの時点で諦めるか、絶望的な気分になるかは違う。
その、あと負けてもいい回数、というか許容範囲が平均して5回だろうとテレビ局が予想すれば、マジックナンバーは5の時に「点灯」するのだろうし、別の局では3かも知れないし、10かも知れないわけだ。
…うーむ、ますますマジックでもなんでもない気になってきたぞ。
まぁ、マジックインキもマジックテープもマジック(魔法)なんかでは全くないし、それでいいのだろうなぁ。

2014年9月 8日 (月)

取り敢えず「どうも」

取り敢えず「どうも」。
道を歩いていて曲がり角などで相手が悪い状況でぶつかりそうになる。
相手は「すいません」という。
しかし、たいしたゆるせないようなことでもない。
だから「どうも」と言う。
道を歩いていて通行人に出会う。
こっちは考え事をしていてギリギリまで気付かず挨拶されて初めて気付く。
慌てて「どうも」
挨拶される。
どうやら前に会ったことがあるらしいが、思い出せない。
そこで「どうも」。
どうも、は実に便利な言葉だ。
相手が目上でも目下でも同格でも何のハレーションも起きない。
ラフな言葉を使って、後で目上の人だと分かったら大変だ。
逆に遜った対応をして、後で目下の相手だった場合、それ以降、そいつはナメた口を聞いてくるかも知れない。
「どうも」にはそういう危険が一切ないので楽だ。
だが、最近、思うのだ。
「どうも」というオールマイティカードばかり使うことは、自分の対人交渉能力を劣化させているのではあるまいか、と。
反省せねば。

2014年8月27日 (水)

旧字体と「ヱ」ヴァンゲリオン

先週から週に1回ペースでエヴァンゲリオンの劇場版をテレビ放送しているようですね。
と言いつつ、このエントリーはエヴァのではありません。
ご存知のとおり、ヱヴァンゲリオンは新劇場版から「ヱ」で始まるようになっています。
これは「エヴァンゲリオン」も「ヱヴァンゲリオン」も同じである、とパッと見て誰もが認識するからこそできることです。
旧字体である「ヰ」と「ヱ」。
戦前まで使われていたけど、戦後になって廃止された文字です。
何のハレーションも起こすことなく廃止しますと言われたらはいそうですかと言われたとおりに消えたことにわたしは兼ねてから興味を持っているのですが、それは「イとヰ」「エとヱ」が違ったら別の言葉になってしまうという言葉がただの一つもなかったからに他ならないからと思っているのであります。
初めて五十音を習った幼稚園児もしくは小学生はかなりの割合でこう思う筈です。
なんで、や行には3つしかないのだろう。わ行には2つしかないのだろう。
その答えは今やインターネットで簡単に分かります。
漢字から平仮名と片仮名を作る時、最初は五十音全てが作られた。
しかし、や行のい段とえ段、わ行のう段の3文字は誰も使わないのでほんの数十年で自然消滅してしまった。
そりゃそうでしょうね。
発音が全く「い」や「う」や「え」と変わらないんですから。
でも、それを言うなら「ゐ」や「ゑ」だって同じ筈です。
え?
「ゐ」は「うぃ」、「ゑ」は「うぇ」のように発音するから違う発音だ?
いやいや、そんなことはないでしょう。
「わゐうゑを」と発音した時に、自然と発音されるのが自然な発音というものでしょう(循環論法っぽいなw)。
「わうぃううぇお」って言い難いでしょう。
「ウヰスキー」は「ウウィスキー」ではありません。
「ヰ」を「ウィ」、「ヱ」を「ウェ」っぽく発音する「こともある」のは、これは何としても「ヰ」や「ヱ」を残したいというわれわれの隠れた欲求の為せる業なのではないでしょうか。
そんな欲求があるとして、ではなぜあるのか。
それはやっぱり小学校の時に抱いた疑問と同じ、や行が2つ、わ行が3つ抜けているのが不自然で気持ち悪いからなのでしょう。
はるか昔に数十年で消えた3文字については仕方がない。
どうこじつけようにも別の発音にはなりようもない。
しかし、「ヰ」と「ヱ」は何とかこじつけられる。
だから、残った。
でも、本当は発音に違いなんかないから「イとヰ(エとヱ)が違ったら違う意味になる言葉」自体が存在しない。
もし、ウイスキーとウヰスキーが全く違うお酒であったら、それだけの理由で「ヰ」は廃止できなかっただろうけど、そういう例がないから「公式には」廃止された。
と、これまで述べたようなことを踏まえて「ヰ」や「ヱ」が固有名詞の一部としては、「イ」や「エ」といつでも代替して構わないという不文律込みで残っているという事実から、不自然な空間が空いていると気味が悪くて仕方がない、という人間の本能が感じ取れるようで、わたしは実に興味深く思っているのでありました。

2014年7月16日 (水)

AランクとSランク

すれ違い迷宮(3DS)。
現在最強クラスの銃も十分すぎるくらい強力なんですが、まだ36階で、まだまだ先があるものだから、MAXレベルが23とか24の銃で満足していてはいけない。
そう思っていたところ、かねてから相当に強いのではないかと睨んでいたライトニングボルトが+2にパワーアップしてMAXレベルが28に!
銃と言うより魔法の杖のような外見は伊達ではなかった。
しかし、これでも武器ランクはA。
これまでAランクまでの武器しかなかったが、一般的にAランクの上にはSランクがあるもので、もっと上があるのではないかという疑いが去らないのだった。
Aが最高である場合とその上にSとかSSがある場合には、どのような違いがあるのだろうか?
やはりゲームやアニメなどの娯楽分野にはSランクがあり、現実世界ではAランクが最高なのだろう。
模擬試験でAランクの判定を受ける人はいても、「俺は東大Sランクだぜ」という声を聞いたことがない。
Sランクという言葉の持つ中二病的な響きを真面目な分野は嫌う、ということなんだろうな。