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オコトバではあります(言葉の話題) Feed

2017年1月 1日 (日)

コケコッコー

2017年になりました。
今年もよろしくお願いします。
さて今年の干支は酉。
鶏ですコケコッコーです。
英語に限らず外国語を勉強するとその国におけるコケコッコーが初期に覚える単語として示され、「え?外国人にはそんな風に聞こえるの?へんだよ」とツッコむのが通例になっております。
まぁ、もし人間そっくりの声で「コケコッコー」とネイティブ日本人そのものに鳴く鶏がいたら、誰もが顎が外れるくらい驚くことでしょうから、実際にはコケコッコーと鳴いているわけではないことくらい我々にも分かっている。
コケコッコーが念頭にあった上で鳴き声を聞くことを繰り返しているうちに、そうとしか思えなくなる、といったところなのでしょう。
或いは誰かが決めてみんなに押し付けたのかもしれない。
村の力持ちが2人いて、片やコケコッコー、片やカケカッカーと主張。互いに譲らないので喧嘩になりコケコッコー酋長がカケカッカー酋長を殴って二度とカケカッカーなどと言わないことを泣きべそとともに誓わせた、みたいなことがあちこちであって、やがてコケコッコーに統一されたのかもしれない。
なんてことを想像するのも楽しい。
しかし日本語における擬音語と外国語におけるそれが異なる動物くらい山ほどいるというか、一致するほうが珍しいくらいなのに、その中からわざわざ鶏が選ばれるというのは、それだけ人間の生活に密着しているということなんでしょうね。

2016年12月26日 (月)

通知表のマイルドな表現

上京して妹の家に顔を出して、その流れで姪っ子の通知表を見せてもらったのですが…。
姪っ子の成績はとてもよい。
さすが俺の姪だ。エッヘン!
だが、なんだか釈然としない。
このとても長文な項目名の数々はなんだ。
読解力とか思考力とかじゃいかんのか。
これではどうとでも取れるではないか。
理由は想像がつく。
俺の姪のようには成績が良くない児童はもちろん3段階評価で低い方の欄に◯がついているのだろう。
その場合でも親御さんの逆鱗に触れないようにとの配慮であろう。
「理解力C」「集中力C」と書かれるより、「文章の意味を正しく理解しうんたらかんたら〜あまりできない」とあった方がショックは少ないし、怒鳴り込んで来られた時に説明しやすい。
つくづく「…教師ってのは本当に大変な職業なんだな」と嘆息した次第である。
でも、どんな書き方をしようと3段階評価であることに変わりはないんだよな。
そうごまかされる人ばかりじゃないと思うんだが。

2016年11月10日 (木)

ランベールの法則(800)

ネットサーフィンしてて「ランベールの法則」というのが目に入った。
そうだよな、やっぱり法則になるよな、と勝手に納得した。
ろくに調べもせずに。
どういうことかと言うと俺はこう思ったのだ。
「レ・ミゼラブルに出てくるジャヴェル警視は、事件関係者のランベールという名前だけで、ランベールというのは如何にも正直そうな名前だとか言って疑うのをやめてしまったけど、名前だけで判断するのはおかしいだろ。前から納得がいかなかったんだ。きっとみんな俺と同じ想いだったに違いない。そのランベールの法則というのは、真面目そうな名前の人がそれだけで得をするという法則のことだろう」
そしたらそんなことは全然なくて、光学系のちゃんとした法則みたい。
なんてこった。
なんだよ、みんなジャヴェルのひどい決めつけに納得していたのかよ。
…まぁ、あの長い原作はみんな読まないってだけだろうけど。
俺も途中で挫折したし。
それはそうとして、ランベールというのは本当にそんなに真面目そうな響きなのか?
フランス人と話す機会があったら聞いてみたいところだ。

2016年10月 5日 (水)

人間豆

BFGで観劇中に気になって気になって仕方がなかったのが、何度も何度も出てくる「人間豆」という言い回し。
吹き替えで観たから想像だけどこれって「human bean」だよね?
それを人間豆って訳すかなぁ…とずっと気になっていたんですよ。
米英の幼児は、まだ全ての言葉を上手く発音できない頃に「human being(人間)」を「human bean」と発音してしまうことが多い。
BFGの巨人も人間の言葉を上手く発音できないという設定なので、人間を指してhuman beanと言ってるんだろう。
だからhuman beanが人間豆ってのは直訳もいいところで、それじゃあ全くニュアンスが伝わらないのだ。
ル・グインの「空飛び猫」で似たような場面があって、初めて人間を見た子猫達が「Human bean?」「No!Human being!」という会話をかわすんだけど、翻訳の村上春樹さんは「インゲン?」「いや、ニンゲンさ!」とナイスな意訳を披露する。
これはBFGのケースにはそのまま使えないけど、そのくらい頭を捻ってくれてもいい。
まぁ、ひょっとして翻訳家さんはそこらへん全て理解した上で「インゲン豆」のアクセントで「人間豆」と発音するよう声優さんに指示したのかも知れないけどね。
仮にそうだとしても不自然な言葉なのに変わりませんが。

2016年9月21日 (水)

「様」と「御中」

ネットの掲示板なんかで定期的に出てくる話題なんですけどね。
その度にズレてんなーと思ってるんですけどね。
会社宛の郵便物の宛名に「御中」ではなく「様」が増えているという話。
まぁ、そりゃあ気にはなりますわな。
わたしも気になります。
当然、自分で出す時は必ず御中にしてますし。
で、わたしばかりでなくそういう人が多いのか、現状を憂いたり嘆いたりする声がネット上にチラホラ。
社長に「様でいいから」と言われて納得がいかないとか、大企業や官公庁でも「様」になってるところがあっておかしいとか。
そしてビジネスマナーを重視しない常識のない人が増えているとか言って溜飲を下げているケースが多いのですが…。
いや、違うから。
たぶん理由は「取引先に外国人が増えてるから」だから。
その社長さんが御中じゃなくて様にしろって言ってるのも、ビジネスマナーなんて当然に分かった上で、「様」に統一した方がトラブルが少ないと思ってるんでしょ?きっと。
様と御中の使い分けで日本語勉強中の外国人顧客に不快な思いでもさせたらタイヘンだ。
そういう風に外国人に配慮するのが正しいかどうかは別にして、これはグローバル化の流れの中の1つなんですよ。
移民の国アメリカでは移民が間違えやすい英語の表現は変わっていっていると聞きます。
1st2nd3rdが正しいところ、1st2st3stでも通じるしそういう表記も増えてるとか。
会社名に様をつけるのも、この2st3stと同じで、時代の流れと言うしかない。
わたしは抗うつもりですけど、まぁ…抗いきれないんじゃないかなぁ。

2016年8月13日 (土)

かわいいは正義は弁護士の正義より上

第5話「逆転の大革命」まで終わりました。
今回はネタバレ多いんで、解いてない人は自己責任で。
真犯人は「1」第2話の小中大(こなかまさる)を思わせる嫌な雰囲気を漂わせた小物でした。
まぁ、小中ほどの現実の力は持っていませんでしたが。
わたし、こういうベタベタの分かりやすい悪役は大好きです。
こう…摩天楼を睥睨し美女とワイングラスを片手に、クックック、まるで虫けらのようだ、と呟きそうなw
彼が出た時から「GIジョー」のトマックスとザマットがコブラ軍団員であることを隠して出馬したが投票日前に悪事がばれて得票数たったの2票で惨敗のエピソードが念頭にあったので、選挙に出て有権者の審判を仰いでも面白かったのに…と思わなくもありませんでしたが、あれもいい精神崩壊でした。花火が聞こえるビアス様みたいでしたね。…というと格好よすぎですが。
さて、軍曹どのです。
被害者の遺児。軍人言葉で話す引きこもり。人前に姿を出せずラジコンヘリを介して対話する。
軍曹どのが素顔を出すのが怖かった、見たいような見たくないような、怖いもの見たさの気持ちだった人は多いのではないだろうか。
オドロキくんは筋骨隆々とした男を想像していたと驚いていたが、そんなバカなw
そんなことを想像していたプレイヤーは1人もいまい。
むしろ父親であるサナギ元大学教授の65歳という年齢から、かなりイヤな人物像を思い浮かべていたことだろう。
もっとも実は日露ハーフの美少女だった時でも驚いたりはしなかっただろう。
プレイヤーに不快感を起こさせない「正体」は消去法でこれしかないからだ。
ああ、まぁこれしかないだろうな、という全国のプレイヤーの嘆息がありありと思い浮かぶ。
俺の嘆息と同じ嘆息が。
そして、プチ腹立たしい思いが去来する。
お前らは引きこもりを甘えているとか自己責任だとか叩くだろうけど、それが美少女だったら何も言えないんだろう?と嘲弄されているような気がするからだ。
かわいいは正義、という言葉がある。
これまでは特に意識して意味を考えはしていなかった言葉だが、かわいくなければゆるされないことでもかわいければゆるされるという意味だとしたら、まさに今回の例がそれである。
これから単に自分の好きなキャラを推すためにこの言葉を使っている人を見ても、何か別の意味が込められているのでは、と疑心暗鬼になってしまうのかなぁ。

2016年5月19日 (木)

全ての階段は登り階段

ヤフコメで愉快なコメントのやりとりをさせてもらったので、ギャグの解説をする野暮さを承知の上で書き留めておきたい。

次のURLはドイツのアウグスブルグで歩きスマホ対策に信号機を足元に埋め込む実験を行っているという記事で、いくつかのツッコミが入っている。

http://headlines.yahoo.co.jp/cm/main?d=20160513-00010000-giz-prod

デフォルトの
2016/5/13 17:39のgoe★★★★★さんのコメントに大笑いし、そのスッとぼけたギャグセンスに大きな親近感を持ったわたしは、ちょっと考えて返信した。
2016/5/14 9:34のpax★★★★★というのがわたしだ。
もうちょっとひねりたかったのだが、goeさんの足元にも及んでいないのが悔やまれる。
まぁ、「やりとり」と言ってもさらなる返信が来ていないんで、気づかれていないかスルーされている可能性もあるわけだけど。
goeさんのコメントが非凡なのは二重三重の意味で笑えるからだ。
そもそも全ての階段を登り階段にすることは不可能であること。
しかし登り階段は逆から見れば下り階段であるから、見方によっては全てを登り階段にすることも可能というか、すでにこの世の全ての階段が登り階段と言ってもいいこと。
いやまぁ、駅ではポール等で区切って片方を登り階段、もう片方を下り階段として乗降客に協力を求めるのがよくあるパターンだが、だとしたらますます両方を登り階段にすることが不可能になること。
俺はこのハイブリッドなギャグに感嘆し、なんとか気の利いた返しはできないものかと思案したが思いつかず、極めて平凡な全ての階段を下り階段にすべしという反対意見を述べたわけだ。
しかし…俺は妙にツボにハマって10分くらいもケラケラ笑ってたんだが、こういうスッとぼけたノリは嫌いな人は嫌いだろうなぁ、とも思う。
万人を楽しませるギャグってないものだよなぁ。

2016年1月 7日 (木)

母音の数が少ないというアドバンテージ

数年前から話題となっている脳波から考えていることを読み取る装置の進歩。
それについて数日前に読んだ記事で日本がこの分野で一歩、先んじていると知った。
母音の数が少ない日本語は脳波の言語化を進める上で有利なのだと言う。
なるほど、と思う反面、そのアドバンテージはそんなに過大評価できるものではない気もした。
と言うのは、タイプライターからワープロの歴史を思い出したからだ。
タイプライターが実用化された頃、日本語はどんどん時代遅れになると言われたらしい。
英語を初めとするアルファベットの言語はタイプライターで打てるから高速で文書が作成できるが、日本語は手書きするしかないからだ。
なるほど、ビジネスにしろ報道にしろ学問にしろ、タイプライターと手書きではスピードも視認性も段違いだから、そう思ったとしても不思議はない。
しかし、その逆境をバネにしてかつての東芝は日本語ワープロの漢字変換を実用化した。
多少のアドバンテージのあるなしは長い目で見ると必ずしもそのまま有利不利ではないということだ。
これを脳波の言語化に敷衍すると、母音の種類が多くなかなか正確な言語化が難しい言語を使っている国の科学者が、その苦労ゆえにノウハウを蓄積し逆転することだって多いにあり得るではないか。
まぁ、俺がこんな心配をするまでもなく、日本の科学者はアドバンテージに胡座をかいたりはしないと思うけれどもね。

2015年10月24日 (土)

昇順と日付

昇順と降順はとても覚えにくい。
もちろん昇順とは何か、降順とは何かと聞かれたら答えられる。
だが、昇順に並べろと言われたり、データをソートしようとしてプルダウンメニューから昇順と降順のどちらかを選ぼうとすると、はて?どっちがどっちだったっけ?と逡巡する。
で、えーと…昇順と言うのは昇るんだから小さい方から大きな方だよな?と脳内独り言を呟いてよし間違いないと自分に言い聞かせてやっと作業に移れるという…つまり知識はあっても全く身についていないわけだ。
俺は仰向けとうつ伏せもどっちがどっちだったか分からなくなることが多いのだが、昇順、降順の方が、認識から思考を経て行動に移る、その一連のワンクッションの時間は長めだ。
で、自分が憶えていないのを棚に上げて原因を探すわけだが、やはりどちらも言葉としての完成度が低いのではないかと思う。
本来、言葉には冗長性があり、母国語であれば初めて聞いた言葉でも前後の文脈で何となく意味が分かるし、多少の言い間違いでも会話に支障はない。
優れた単語はその機能を存分に発揮できるものなのであって、何度、聞いてもピンと来ないなんてのは、そんな言葉を作った奴のセンスが悪いのだ。
と、首尾よく自分以外の何かの所為にすることに成功した俺だが、俺ばかりじゃなくみんな昇順と降順については、いまいちピンと来ない人が多いのだろうと思うので、別に己を恥じたりしない。
だって、ネット上でも間違いが多いもの。
特に日付。
日付を昇順に並べる場合、過去から未来に向って並べるのが本来の意味に沿った並べ方なのだが、逆になってることがやたらと多い。
ひどいのになると、同じサイトの中にある複数の表で昇順の捉え方が逆だったりもする。
実に混乱させられるし不便である。
いっそのこと「小→大順」とか「過去→未来順」とか、分かりやすい言い換えしてくれないものかなぁ。

2015年5月21日 (木)

元素記号の無理やりな覚え方

最近、暇つぶしに元素記号を覚えている。
例えばKrはクリプトンで原子番号は36番だ。
これを「Kr(クラーク)!クリプトン星を36(去ろう!)」と覚える。
スーパーマンが宇宙空間に飛び立つ雄姿を思い浮かべながら。
或いはBrは臭素で原子番号は35だ。これは、
「Br(ブリッ)!」「おめえ屁ぇこきゃあがったな?臭っせぇぇ!」「35(みご)とな音だろうが。あぁぁぁん?」でバッチリだ。
こういう覚え方は高校生の頃は多かれ少なかれ誰でもやってると思う。
元素記号なんざ今の俺には何の役にも立たない知識ではあるが、こういうくだらない語呂合わせを始めるとなんか楽しくてついつい次々と作りたくなってしまうのだった。
数字が大きくなってくると苦しくなってくる。
例えばRgはレントゲニウムで原子番号は111だ。
これを2人の覗き魔が女湯を覗きながら「へっへっへ、レントゲン能力で女風呂、覗き放題だぜえ!ウム、素晴らしい!」「この迫力!まさにRg(リアルグレード)だぜぇ、グヘヘヘヘ!」とチョーシこいてるところに後ろから3人の女が計3本の長い棒(III)を構えて後頭部を殴打せんと迫る画像を思い浮かべながら覚える。
原子番号110のDs(ダームスタチウム)なんざ無理やりもいいところだ。
「ダームの塔が沈黙したしまスタ」「ウム」「110番でもしましょうか」「そうDs(ダス)な」などとY'sIIを知らなきゃ何のことか分からん上に、世界観を無視しまくっている。
だが、あっさりできてスマートにはまった語呂合わせは割と簡単に忘れてしまうのに対し、こういう苦労した割に無理やり感が漂いまくっているシロモノに限って全く忘れることがない。
試行錯誤の体験と結びついて記憶が強固になったということなのだろう。
ネットには色々な語呂合わせが転がっているが、自作のそれには敵わないというわけだ。