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オコトバではあります(言葉の話題) Feed

2017年7月12日 (水)

スピードか死か、

かつて「スピードか死か」という交通安全の標語があった。 テキストサイト時代から何度か取り上げているから、もしかしたら「またかw」と思うかも知れない。 以前は単にこの日本語はおかしいだろ、とツッコんでいた。 スピードダウンか死か、なら分かるが、スピードか死かだとスピード(アップ)と死のどちらかを選ばせることになり、みんなスピードを上げてしまうじゃないか。 しかし最近では考え方も変わってきた。 確かにスピードダウンか死かの方が正確だ。 だが語呂が悪いというかくどい。 伝わり易さという点では圧倒的にスピードか死かに軍配が上がる。 思わずツッコんでしまうのも話題性を狙ってわざと仕込んでいるが故とも取れる。 そして、標語を読んだ人がじゃあスピードを上げてもいいんだ、とスピードアップに勤しむケースは皆無であろう。 そこまで考えてやったとしたら、むしろ賞賛すべき標語なのではないか。 タイトルでインパクトを狙う今のネット記事には辟易している俺だが、敢えて正確じゃないタイトルをつけることにも場合によっては一定の社会的価値があるんだな…と思いました。

2017年5月14日 (日)

キビキビは死語

昨日、誘われて「第6回宗谷ストリートダンス発表会」を観てきました。
途中15分休憩があるだけで16:30〜19:00という長丁場。
今は小中学校のカリキュラムにダンスの授業があると聞いてはいましたが、地元近隣市町村の子供達だけで相当数のチームになるほど盛況だとは知りませんでした。
最後に道内著名ダンサー3組が登場して見応えがあったんだけど、子供達から「◯◯さーん!」とか歓声を浴びてる。完全に子供達のヒーローですよ。きっと動画があるんでしょうね。
で、観ていて思ったんですが、DANCEは完全にYOSAKOIに取って替わったってことでいいのかな。
レギュレーションも緩いだろうし衣装の費用もそんなにかからなそうだし、何よりより自由で自主的な感じがするのがいいですね。
「キレッキレ」って言葉に全てが現れている気がするんですよ。
YOSAKOIはキビキビでDANCEはキレッキレ。
「キビキビした動き」のキビキビは親や教師やPTA会長が理想とする優等生像に沿った形容であり、子供というのはそういう空気を嫌うものだ。
だからキビキビは急速に死語となりつつある。
溌溂が既に死語であり老人ホームでしか使われないように、キビキビも20年後30年後の老人ホームの施設名候補でしょう。
それに対し、親がコントロールできる範囲でのチョイ悪ポジションをDANCEは巧みに掴んだんだろうなぁ、とワタクシ感心していたのでした。

2017年4月21日 (金)

brotherとおじと虹

昨日の「brotherとおじ」というエントリー
http://kotodamaxxx.blog.bbiq.jp/gold/2017/04/brother-f2da.html
その続き。
本来は続きを書くようなネタじゃないんだけど、色々と思いついちゃったり気づいちゃったりする題材ですよね。言葉は文化の反映だってハナシ。
虹の色の数って国や地方によって違っていて、必ずしも日本のような赤橙黄緑青藍紫の7つに分かれてるわけではありませんよね。
実際に虹を見てもくっきり色の境目がないグラデーションだし、色をどう定義するかにすぎない。
そう思っていたし、色が多いから少ないから偉い偉くないということもないという考えだったけど、まあ、それでも色の種類が多いということは色彩感覚や感受性は豊かなんだろうな、くらいには思ってた。
でも、気づきました。
虹の色が少ない国ってのは、単に虹の重要性が低いんじゃないかって。
それこそ「おじ」や「brother」みたいにね。
頻繁に横殴りの豪雨が来てそれが止んだらピーカンに晴れてお日様サンサンって南の島だったら、虹なんか見飽きてて有り難みもないですよね。
それでわざわざ何色にも分けようという気になるかどうか。
どんないいものでも偶にあるからいいのかも知れません。

2017年4月20日 (木)

Brotherとおじ

或いはsisterとおば。
仕事である報告書を作成してて、A氏(B氏のおじにあたる)と打って、おじを漢字に変換しようとしてふと気付いた。
A氏がB氏の「おじ」に当たることは電話で聞き取っていたのだが、叔父なのか伯父なのかまでは聞かなかったのだ。
数秒ほど悩んだが、別に叔父であろうと伯父であろうとどっちでも構わない文脈なのでひらがなのままとした。
わざわざ叔父なのか伯父なのかだけでもう一度TELするのもくだらない。
結婚式の席次を決めるならともかく、それ以外に叔父か伯父かが重要な局面など殆どないのだから、ひらがなで「おじ」で構わない。
さらに言うと、叔父と書いてあっても実は伯父の場合、或いはその逆の場合もあるわけでみんな結構テキトー、そのうちこの使い分けは有名無実になってしまうのではあるまいか。
と、そこまで考えて「ああ、そういうことか」と合点が行った。
英語のbrotherは男の兄弟という意味で兄か弟かは分からない。sisterもその女版というだけで同じだ。
big brotherやlittle brotherという言い方もあるが殆ど見かけず、だから海外の小説の和訳などではbrotherを兄か弟かどちらかで訳しており、前後の文脈から兄なのか弟なのか判断している様子が伺える。
それについて中学1年生で初めて英語に触れた生徒の中には「なんで兄か弟か区別しないんだ」と腹を立てている奴がクラスに1人はいるもので、中学の英語授業の風物詩と化している。
俺は腹を立てこそしなかったが、なんでなんだろうなあ、とはずっと思っていた。
心の何処かに引っかかっていた。
で、今頃になって、
「ああ、そうか。アメリカ人にとってbrotherがbig brotherかlittle brotherかなんてのは、日本人にとっての「おじ」が叔父か伯父かと同じようにどうでもいいことなんだ!」
と気づいて、長年の霧が晴れたのでありました。
言語が思考や民族性を作り上げるという理論が今ひとつピンと来てないけど、ここ数年ピンと来つつある俺なんですが、その論理的支柱が一つ建った感じでなんか興奮というかワクワクしてます♪

2017年1月 1日 (日)

コケコッコー

2017年になりました。
今年もよろしくお願いします。
さて今年の干支は酉。
鶏ですコケコッコーです。
英語に限らず外国語を勉強するとその国におけるコケコッコーが初期に覚える単語として示され、「え?外国人にはそんな風に聞こえるの?へんだよ」とツッコむのが通例になっております。
まぁ、もし人間そっくりの声で「コケコッコー」とネイティブ日本人そのものに鳴く鶏がいたら、誰もが顎が外れるくらい驚くことでしょうから、実際にはコケコッコーと鳴いているわけではないことくらい我々にも分かっている。
コケコッコーが念頭にあった上で鳴き声を聞くことを繰り返しているうちに、そうとしか思えなくなる、といったところなのでしょう。
或いは誰かが決めてみんなに押し付けたのかもしれない。
村の力持ちが2人いて、片やコケコッコー、片やカケカッカーと主張。互いに譲らないので喧嘩になりコケコッコー酋長がカケカッカー酋長を殴って二度とカケカッカーなどと言わないことを泣きべそとともに誓わせた、みたいなことがあちこちであって、やがてコケコッコーに統一されたのかもしれない。
なんてことを想像するのも楽しい。
しかし日本語における擬音語と外国語におけるそれが異なる動物くらい山ほどいるというか、一致するほうが珍しいくらいなのに、その中からわざわざ鶏が選ばれるというのは、それだけ人間の生活に密着しているということなんでしょうね。

2016年12月26日 (月)

通知表のマイルドな表現

上京して妹の家に顔を出して、その流れで姪っ子の通知表を見せてもらったのですが…。
姪っ子の成績はとてもよい。
さすが俺の姪だ。エッヘン!
だが、なんだか釈然としない。
このとても長文な項目名の数々はなんだ。
読解力とか思考力とかじゃいかんのか。
これではどうとでも取れるではないか。
理由は想像がつく。
俺の姪のようには成績が良くない児童はもちろん3段階評価で低い方の欄に◯がついているのだろう。
その場合でも親御さんの逆鱗に触れないようにとの配慮であろう。
「理解力C」「集中力C」と書かれるより、「文章の意味を正しく理解しうんたらかんたら〜あまりできない」とあった方がショックは少ないし、怒鳴り込んで来られた時に説明しやすい。
つくづく「…教師ってのは本当に大変な職業なんだな」と嘆息した次第である。
でも、どんな書き方をしようと3段階評価であることに変わりはないんだよな。
そうごまかされる人ばかりじゃないと思うんだが。

2016年11月10日 (木)

ランベールの法則(800)

ネットサーフィンしてて「ランベールの法則」というのが目に入った。
そうだよな、やっぱり法則になるよな、と勝手に納得した。
ろくに調べもせずに。
どういうことかと言うと俺はこう思ったのだ。
「レ・ミゼラブルに出てくるジャヴェル警視は、事件関係者のランベールという名前だけで、ランベールというのは如何にも正直そうな名前だとか言って疑うのをやめてしまったけど、名前だけで判断するのはおかしいだろ。前から納得がいかなかったんだ。きっとみんな俺と同じ想いだったに違いない。そのランベールの法則というのは、真面目そうな名前の人がそれだけで得をするという法則のことだろう」
そしたらそんなことは全然なくて、光学系のちゃんとした法則みたい。
なんてこった。
なんだよ、みんなジャヴェルのひどい決めつけに納得していたのかよ。
…まぁ、あの長い原作はみんな読まないってだけだろうけど。
俺も途中で挫折したし。
それはそうとして、ランベールというのは本当にそんなに真面目そうな響きなのか?
フランス人と話す機会があったら聞いてみたいところだ。

2016年10月 5日 (水)

人間豆

BFGで観劇中に気になって気になって仕方がなかったのが、何度も何度も出てくる「人間豆」という言い回し。
吹き替えで観たから想像だけどこれって「human bean」だよね?
それを人間豆って訳すかなぁ…とずっと気になっていたんですよ。
米英の幼児は、まだ全ての言葉を上手く発音できない頃に「human being(人間)」を「human bean」と発音してしまうことが多い。
BFGの巨人も人間の言葉を上手く発音できないという設定なので、人間を指してhuman beanと言ってるんだろう。
だからhuman beanが人間豆ってのは直訳もいいところで、それじゃあ全くニュアンスが伝わらないのだ。
ル・グインの「空飛び猫」で似たような場面があって、初めて人間を見た子猫達が「Human bean?」「No!Human being!」という会話をかわすんだけど、翻訳の村上春樹さんは「インゲン?」「いや、ニンゲンさ!」とナイスな意訳を披露する。
これはBFGのケースにはそのまま使えないけど、そのくらい頭を捻ってくれてもいい。
まぁ、ひょっとして翻訳家さんはそこらへん全て理解した上で「インゲン豆」のアクセントで「人間豆」と発音するよう声優さんに指示したのかも知れないけどね。
仮にそうだとしても不自然な言葉なのに変わりませんが。

2016年9月21日 (水)

「様」と「御中」

ネットの掲示板なんかで定期的に出てくる話題なんですけどね。
その度にズレてんなーと思ってるんですけどね。
会社宛の郵便物の宛名に「御中」ではなく「様」が増えているという話。
まぁ、そりゃあ気にはなりますわな。
わたしも気になります。
当然、自分で出す時は必ず御中にしてますし。
で、わたしばかりでなくそういう人が多いのか、現状を憂いたり嘆いたりする声がネット上にチラホラ。
社長に「様でいいから」と言われて納得がいかないとか、大企業や官公庁でも「様」になってるところがあっておかしいとか。
そしてビジネスマナーを重視しない常識のない人が増えているとか言って溜飲を下げているケースが多いのですが…。
いや、違うから。
たぶん理由は「取引先に外国人が増えてるから」だから。
その社長さんが御中じゃなくて様にしろって言ってるのも、ビジネスマナーなんて当然に分かった上で、「様」に統一した方がトラブルが少ないと思ってるんでしょ?きっと。
様と御中の使い分けで日本語勉強中の外国人顧客に不快な思いでもさせたらタイヘンだ。
そういう風に外国人に配慮するのが正しいかどうかは別にして、これはグローバル化の流れの中の1つなんですよ。
移民の国アメリカでは移民が間違えやすい英語の表現は変わっていっていると聞きます。
1st2nd3rdが正しいところ、1st2st3stでも通じるしそういう表記も増えてるとか。
会社名に様をつけるのも、この2st3stと同じで、時代の流れと言うしかない。
わたしは抗うつもりですけど、まぁ…抗いきれないんじゃないかなぁ。

2016年8月13日 (土)

かわいいは正義は弁護士の正義より上

第5話「逆転の大革命」まで終わりました。
今回はネタバレ多いんで、解いてない人は自己責任で。
真犯人は「1」第2話の小中大(こなかまさる)を思わせる嫌な雰囲気を漂わせた小物でした。
まぁ、小中ほどの現実の力は持っていませんでしたが。
わたし、こういうベタベタの分かりやすい悪役は大好きです。
こう…摩天楼を睥睨し美女とワイングラスを片手に、クックック、まるで虫けらのようだ、と呟きそうなw
彼が出た時から「GIジョー」のトマックスとザマットがコブラ軍団員であることを隠して出馬したが投票日前に悪事がばれて得票数たったの2票で惨敗のエピソードが念頭にあったので、選挙に出て有権者の審判を仰いでも面白かったのに…と思わなくもありませんでしたが、あれもいい精神崩壊でした。花火が聞こえるビアス様みたいでしたね。…というと格好よすぎですが。
さて、軍曹どのです。
被害者の遺児。軍人言葉で話す引きこもり。人前に姿を出せずラジコンヘリを介して対話する。
軍曹どのが素顔を出すのが怖かった、見たいような見たくないような、怖いもの見たさの気持ちだった人は多いのではないだろうか。
オドロキくんは筋骨隆々とした男を想像していたと驚いていたが、そんなバカなw
そんなことを想像していたプレイヤーは1人もいまい。
むしろ父親であるサナギ元大学教授の65歳という年齢から、かなりイヤな人物像を思い浮かべていたことだろう。
もっとも実は日露ハーフの美少女だった時でも驚いたりはしなかっただろう。
プレイヤーに不快感を起こさせない「正体」は消去法でこれしかないからだ。
ああ、まぁこれしかないだろうな、という全国のプレイヤーの嘆息がありありと思い浮かぶ。
俺の嘆息と同じ嘆息が。
そして、プチ腹立たしい思いが去来する。
お前らは引きこもりを甘えているとか自己責任だとか叩くだろうけど、それが美少女だったら何も言えないんだろう?と嘲弄されているような気がするからだ。
かわいいは正義、という言葉がある。
これまでは特に意識して意味を考えはしていなかった言葉だが、かわいくなければゆるされないことでもかわいければゆるされるという意味だとしたら、まさに今回の例がそれである。
これから単に自分の好きなキャラを推すためにこの言葉を使っている人を見ても、何か別の意味が込められているのでは、と疑心暗鬼になってしまうのかなぁ。