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アニメ・漫画 Feed

2017年8月15日 (火)

ガンダムリメイクに思うこと

オリジン本編のアニメ化!
やはり興奮するものがある。
長さから言ってテレビアニメだろうし、毎週が楽しみのアニメとなることは間違いない。
もちろんファーストガンダムは完璧な作品で、今の目で見て辛いところなど殆どない。
(せいぜい「イセリナ恋のあと」の恥ずかしいストーリーと「再会シャアとセイラ」のワッケイン戦闘描写なしで呆気ない戦死くらいのものだ)
だからリメイクがないならないで問題ないのだが、それはそれとしてオリジンは面白かったし、過去編の劇場アニメだけで終わったりしたら納得がいかなかっただろう。
だが…安彦良和の69歳という年齢を見た時にちょっと考えが変わった。
こんなことしてる場合なんだろうか。
クリエイターとして残された時間を考えたら、もっと他にやることがあるのではないか。
例えばガンダムでもオリジンは他の監督に任せて自分は得意の日本の古代史をモチーフにした新ガンダムを作るとかやれるんじゃないか、と思ったのだ。
まぁ、今更ではある。
オリジンの連載は10年以上に渡ったし、ここまで付き合ったんなら最後まで、というのも分かる。
4クールになるか6クールになるか不明だが、体には気をつけて頑張ってほしいものだ。

2017年8月14日 (月)

この世界の片隅に(原作漫画)

秋の呉旅行を前に積んでた原作漫画を読んでおこうと読了。
どんな時でも喜怒哀楽がある。
だから生きていける。
そのテーマは変わらない。
終盤になって悲劇的な出来事が続き、すずさんの佇まいが「造形自体は変わらぬまま」研ぎ澄まされていく。
荘厳であり美しい。
すずさんが強くありたいと願い周作くんと生きていく決意を固める心の裡があらわれており白眉というべき表現力だ。
表情だけでそれを表現する漫画家は多いんだけど、すずさんの場合は姿勢も大きい。
特にいつも弛緩しているわけではないが、微妙に力が抜けている様子がすずさんの愛すべき朗らかさを表現していたからこそ、背筋が伸びた時が引き立つ。
読んでるこちらも背筋が伸びる。
現実だと知ってる人が歩いてる姿を遠くから見ただけで分るものだけど、そういう各個人の仕草や佇まいを描き分けていて、登場人物がみな愛しく思えてくるのでした。

双葉社公式サイト該当ページ
http://www.futabasha.co.jp/introduction/konosekai/

2017年8月12日 (土)

からかい上手の高木さん第6巻

アニメ化も決まってゲッサン誌での推しも強力な「高木さん」の新刊が出てたのでさっそく読了。
月刊誌はつい読み忘れることが多いんで、3話ほど読み逃してたのがありました。
で、ウォータースライダー編もいいけど、西片くんが高木さんを気遣う話がじわっと来ます。
西片くんは高木さんから見てすごくかわいいと思うんだけど、それに加えてこういう優しさがあるから、読者も納得がいくんだよね。
こうやって2人の距離が縮まっていくに連れてシンプルなからかいネタは少なくなっていくんだけど、これはからかい自体が目的じゃないことの明示なわけで、本作が変化球じゃない直球のラブコメであることを再認識しておるところです、ハイ。

ゲッサンWEB公式サイトの該当ページ
http://gekkansunday.net/series/karakai

2017年8月10日 (木)

わかりやすい「わがまま」

観終わったばかりの「海のトリトン」ですが、序盤で気になったのはやっぱりヒロインのピピのわがままっぷり。
気になった、という言い方をするのは、なんてわがままなんだゆるさんとか不快だとかではなく、この度を越したわがまま描写にはどんな意味があるんだろう?とメタな疑問が湧き上がりっ放しだったから。
(※それでも流石に一平おじいちゃんのことを悪く言った時は「これは駄目だろ」と思いましたが
)
でも結論としては、子供にも分かりやすいように、なんでしょうね。
数年前にヤマトIIを観直した時に、斉藤始や彼の率いる空間騎兵隊の豪放磊落を超えた傍若無人っぷりに呆れるとともに、かつて少年の頃に観た時は全く気にならず斉藤達に好印象のみを持っていたことを思い出し、その違いについて考えたことがある。
そして、子供はあれくらい極端な描写じゃないと豪放磊落とは捉えてくれないんだろうな、という結論を得た。
ピピのわがまま描写もそれと同じで、より現実に近いおとなしめのわがまま描写ではメイン視聴者たる子供がわがままと認識してくれない可能性がある。
だって、自分達もわがままだからねw
アニメの描写の現実からの乖離の程度は想定する視聴者層によって変わってくるという、考えてみれば当たり前のことでありましたw
そう言えば、食いしん坊キャラが仲間の料理を自分だけで食べてしまう描写も同じ理屈で説明できそうですね。

2017年8月 9日 (水)

海のトリトンを観て

ここんとこ未見だった「海のトリトン」を観てて大変に面白かったんだけど、最終回はちょっと荒かった。
尺が足りなかったのかキングゲイナーの最終回を思わせる駆け足だった。
ゲルペス連隊のゲルペスがいきなり自分こそトリトンの両親の仇である旨を自慢げに語ったり、マイペスという黄色いリザードマン幹部なんかひどいやられ方で、残った幹部をまとめて葬っているかのよう。
とは言え、それによってどうしても描きたかったポセイドン族の真実を描く尺を稼いだんだと思えば、まあ仕方ないのかな。
ただ…俺はポセイドン族に全く同情できなかった。
海の悪党と何度も連呼されてたポセイドン族はトリトン族の奴隷でついには人身御供にされてしまった気の毒な連中ではある。
トリトン族に対して蜂起するのも自然な感情だ。
しかし、それはあくまで大昔の話。
現在のポセイドン族とトリトン族を見ているとやはりポセイドン族は悪党としか言いようがない。
そもそも劇中の「ポセイドン族」は2つの意味で使われている。
トリトンに襲いかかってきた魚人や怪物どもとポセイドン像の奥に隠れ住んでいた人間そっくりの連中は全く別の存在だろう。
自分をポセイドン族と信じている怪物どもは真のポセイドン族の奴隷のようなもの。
しかもそのことを怪物どもは知らない。
(恐らくは攫ってきた)人間を海洋生物とのキメラにしてこき使い、用がなくなったら捨てる。
トリトン族がどんな主人だったか知らないけど、自分達がトリトン族にやられたことを人間に対してやっているとしたら、何とも陰湿な民族性ではないか。
ミノータスやポリペイモスが気の毒になってくる。
少なくとも彼等は海の覇権を信じて戦ってきたというのに…。
だから富野監督の描きたかったのは単純な善悪の逆転というより、虐げられた者がこうならざるを得ない、そのやり切れなさに思えるのだ。

2017年8月 4日 (金)

真田さんです!?

ヤマトIIIを観てて、どうしても気になるシーンが。
惑星ファンタム調査のためにガルマン・ガミラスから派遣されてきたヘルマイヤー少佐。
古代は彼を出迎え、そこにやってきた真田をヘルマイヤーに紹介するのだが…。
「こちらはヤマトの技術班長の真田さんです(※うろ覚え。レンタルDVDを返却してしまったので)」
!?
真田「さん」です、だって?
いやはや。
他社の人間に自社の人間を紹介する時は「さん」付けしてはいけないというのは、社会人になって最初に教わることですよね。
もちろんヤマトの時代のマナーが現代日本のそれと同じである必要はないと言えばないんですけどね。
でも気になる。
とは言え、放映当時に全く気にならなかったのも事実!
ヤマトIII放映当時はまだまだ「アニメは子供が観るもの」という認識で、観ている子供が違和感を覚えないことが優先されてたってことなんでしょうね。
子供が「どうして古代は真田さんを呼び捨てにするの?」と親に聞いて、親がそれに答える、というコミュニケーションがありふれたものになるには、まだ時代が早すぎました。

それにしても21話を観ている最中にレンタルDVDにブロックノイズが入っちゃって、これでしばらくヤマトIIIはお預けだ…。
ものすごく続きが観たいわけでもないから動画配信を探すとかそういう努力をする気になれん。

2017年7月29日 (土)

蛮族設定と喧嘩別れ星

やっと「宇宙戦艦ヤマト2199 星巡る方舟」を観た。
2202のレンタルも開始されたことだし、タイミング的にもちょうどいい。
そしたらホラーありロマンスありロケットアンカー大活躍あり。
特にヤマト2の時は「なんでこんな武器が波導砲艦隊を圧倒できるの?」と納得がいかなかった火焔直撃砲の大迫力とその長所と短所が描かれて大満足。
もっと早く観ておくんだったな。
で、やはり注目しちゃうのは白色彗星帝国の蛮族設定だ。
「さらば」や「2」と大きく異なる設定だけにどうしても気になる。
ただ、気にはなるけど、今はズォーダーが急速に国内の荒くれ者どもをまとめ上げている時期と考えてもいいし、そもそもガトランティス最強の敵は客将デスラーでそれ以外はパッとしなかったんだから、設定変更にもさして腹も立たない。
それに、個人的に前から思っていた銀河鉄道999の「喧嘩別れ星」との関連がより深まった気がして、なんか嬉しかったりもする。
科学派と自然派に分かれて一つの星を二つに割って彷徨うことになった「喧嘩別れ星」。
999の駅があるのは自然派の方で原始人しかいない惑星だったが、じゃあ科学派の片割れはどうなったんだ?と思っちゃうのが自然で、その候補として白色彗星帝国を挙げるのもまた自然に思える。
喧嘩別れ星の科学派が略奪集団となったのが「2」「さらば」のガトランティスで、自然派が侵略戦争のための技術だけは使うという考えの元で略奪集団となったのが「2202」のガトランティス、という解釈でもいいし、科学派が兵士階級として利用する為にかつての同胞たる自然派を攻めて吸収したのでもいい。
まぁ、実際に999とヤマトが繋がっているかというと、よほど無理にこじつけないと別世界としか言いようがないことくらい承知はしているが、ゲスト要素として999が絡むヤマト世界とゲスト要素としてヤマトが絡む999世界が別個に存在しているという方法での「繋がらない繋がり方(戦隊ものでよくあるあれ)」かも知れないわけでw

2017年7月26日 (水)

劇場版ポケットモンスター キミに決めた

テレビ版初期エピソードのリブート。
でも面白かったですよ。
テレビ版で「ひとかげ」を捨てた奴はただのひどい奴だったけど、今回その役割を担うライバルキャラのクロスはちゃんと改心する。
で、丁寧だな、と思うのは、力でねじ伏せられただけでは改心に繋がらず、問題が悪化すらするということ。
雨降って地固まる、の雨だけ降っている状態。
力でねじ伏せられたサトシがねじ伏せ返す、それだけでは解決にはならないけど、やり返さないというのも違う。
大人になってもケースバイケースで正解のない問題に安易な回答を出さない姿勢はとても誠実だと思います。
でも、どうしても気になる点もあって、…あの奇跡になんの説明もないよね?
ポケモン世界のリアルはポケモンバトルの余波で人間に被害が出ることは殆どない(ここらへんガルパンと同じ)のが根底にあると思うので、そもそもああいうピンチを描くのがおかしいというか露悪的に思えるよなぁ…。

エンドロール後エピソード なし

公式サイト
http://www.pokemon-movie.jp/

2017年7月24日 (月)

ダイス船長はかわいい

ここんとこ未来少年コナンを観返しててさっき観終わりました。
放映当時に観たっきりですから色々と忘れてましたが、やはり抜群に面白いですね。
他人を道具のように切り捨ててきたレプカが超兵器ギガントの力をまさに人手不足により生かしきれずに自滅してしまう。
多くの仲間達に恵まれてきたコナンとは正反対で、そこにはシンプルで力強いテーマが謳われています。
それにしてもダイス船長、いい男です。そしてかわいい男です。
ずっと名前を間違えて覚えててごめんね。
なんでガンツ船長なんて覚えてたんだろう?誰だよそいつw
ガキの頃に観た時でもモンスリーとくっついたことが驚きこそしたものの不自然には感じなかったものですが、大人になってから観ると…これはあきらかに惚れるでしょう、うん。
もともとモンスリーは己の才覚を頼みにして生きてきたから、行動力のあるダイスとは相性がいい。
その上、可愛げがあるとくれば、最高です。
二人は実力を認め合う最高の戦友ですから、そういう関係って恋愛関係には発展しない可能性もあったんだけど、そのダイスの可愛げがあればこそお互いの居心地がいいのでしょう。
包容力って張り詰めた糸には宿らないものなんでしょうね。

2017年7月20日 (木)

昔のアニメにおける「外患誘致」

ツイッターでも呟いたけど、どうしても気になったので。
今「ヤマトIII」観てるんですよ。
あまり面白くないんでなかなか進みませんが。
シャルバート信者というのが出てくる。
宇宙に愛と平和をもたらすマザーシャルバートを信仰する宗教だ。
ガルマン・ガミラスもボラー連邦もこれを弾圧しており、古代はそれをよく思っていないという構図だ。
ガキの頃の俺もその構図を受け入れていた。
しかし、ボラー連邦のミサイル群がガルマン帝国の帝都を襲った時に、迎撃システムが上手く働かず市街地への着弾をゆるしてしまった。
シャルバート信者が迎撃システムへの妨害工作をしていたからだ。
テロだー!
外患誘致だろこんなのw
これじゃあ弾圧されても仕方ないのではなかろうか。
だが、問題はこれではなく、暫らく経ってから後の古代とデスラーの会話だ。
なぜシャルバート信者を弾圧するのかと問う古代に対してデスラーは神は二人も要らないと答え、先日のシャルバート信者のせいで帝都にミサイル被害が及んだ件については全く認識すらされていなかったのである。
この牧歌的な「違う国や違う文化の人々と仲良くし弾圧などしないのは無条件にいいことだ。その崇高な理想のためならいくら犠牲が出ても構わない」という発想ってヤマトIIIに限ったことではなくて、ゴッドマーズでも存在も知らなかったマルメロ星の王女を追い返さずにかくまったために地球が攻撃されたのにタケル達は何の罪の意識もなかったって例があるから、当時の空気としては問題がなかったんだよなあ。
今ではそんなことはないけど。