Powered by Six Apart

Feed

2016年9月 7日 (水)

ぼくは明日、昨日のきみとデートする

タイトルから分かるとおりタイムスリップもの。
それ以上のことを知っておくべきか。
ネタバレを排するという意味で言うならノーなんだろうが、彼女の秘密が分かるまではいささか退屈かも知れない。
かと言って俺のようにそれを知ってから読んだのでは、答え合わせになってしまう。
だがまぁ、どっちにしても同じことか。
これは全般的にトリッキーな設定がまず前提にあって、そこから矛盾が生じないことを最優先にしている、とても窮屈なお話だからだ。
もっと派手にできなかったんだろうか?
初めてできた恋人には秘密があり、不可解な出来事が起こる。
しかし、たいしたことのない不可解さだ。
矛盾をおそれてのことだろうが、この程度の不可解さだったら、彼女がタイムトラベラーであることの理由付けにはなっても、もう一つの理由付けとしては弱いんじゃないか?
テロとか天変地異とか凶悪犯罪とか印象深く多くの人間を巻き添えにするイベントが頻繁に起きていれば、読む方だって何故なのか真剣に考えるし、種明かしされたらそういうことかと手を打つことだろうが、恋人同士の間のことならタイムトラベラーじゃなくたって、彼女以上に不可解な女の子は何処にでもいるだろう。
人と人との出会いは運命に彩られていると考えると美しい陶酔へと昇華する。
このお話におけるタイムスリップもそんな運命の一形態なのだろう。
逃れられない運命に翻弄されて貪るように愛しあいたい、そんな欲望をこの物語は満たし…きれてないよなぁ。
惜しいw

宝島社公式サイトの該当ページ
http://tkj.jp/book/?cd=72261001

2016年8月22日 (月)

エルフとレーブンのふしぎな冒険3 帰らずの海と人魚のふえ

さすがに慣れてきましたw
2巻まではやすやすとピンチに陥る2人と1匹にイライラしていましたが、弥次喜多的というか太平楽なノリがこのシリーズの持ち味なんですね。
今回もあまりにあっさりと他人を信じてあまりに無計画に行動して海賊船に囚われて大ピンチです。
そう、今回の敵は海賊。
これまでの巨人や鬼や悪の魔法使いと違って、特に超常の力があるわけでもないのですが、悪事オンリーで任侠も反権力も全くない連中なんで危険度は少しも小さくありません。
そんな危険に立ち向かうためにこれまでよりずっと強力で使い勝手のいい魔法の助力を得るんですが、それでも状況に合っていないと効果は十分に得られないわけで、そこらへん工夫したり思わぬ障害があったりと、ディテールの細かさが面白さに繋がっている感じでした。
相変わらずウッカリだけど、すこーしずつ成長している2人。
面白かったですね。
読んでる最中、ずっと気になってた「まさか、御都合主義であれを取り返すんじゃないだろうな?」という不安も、軽めのオチで上手く回収してくれましたしね。
…あ、でも最初から笛をつかってればよかったのでは?という当然の疑問への回答がないのは、なんか釈然としないなぁ。

学研出版サイトの該当ページ
http://hon.gakken.jp/book/1020434900

2016年8月17日 (水)

ワンダー

奇形児として生を受けたオーガスト少年。
彼にはこの世が敵意で満ちているように思え、初めての学校も不安でたまらない。
われながらこの書き出しはよくない。
劇中でもオーガストのことを奇形児と表現した同級生が母親から注意されている。
だが、それ以外に彼の持つ障害を短く的確に表現することは難しい。
この悩みは、劇中で彼を取り巻く人間達のストレスと通じる。
オーガストはよき家族よき友人達に恵まれ彼自身も諦念からではあるが周囲にあまりわがままを言わない「よき障害者」だ。
しかし、よき家族よき友人達であっても、障害を持つ人と接することでストレスはたまるものだし、そのストレスは障害者に跳ね返っていく。
そこから脱するには乗り越えなければならない壁があるのだ。
最初のうちオーガストの顔はのっぺらぼうのマネキン人形のような「スタイリッシュ」に描かれているので、読者は劇中人物たちがオーガストから距離を置く様子を見て義憤を抱くことができる。
他人事のように正義感に燃えることができるのだ。
だが、序盤では敢えて具体的な描写が避けられていたオーガストの容姿が、やがて微に入り細を穿つ体で描かれ出すと、作者が読者の他人事のようなスタンスをゆるさないことが分かる。
R・J・パラシオが不動明の口を借りた永井豪のように「みなさんも参加するのです」と言ってきているのが伝わるのだ。
1冊で1学年が経過し最後に表彰式がある構成はどこかで見たような気もするが、王道であるがゆえと捉えたい。
頭でっかちな差別反対ではなく、他人と違っているのは事実としてそれと向き合い強く生きる力を手に入れることの大切さを謳った力強い一冊だ。
ところで、アメリカの子供向けアニメのタイトルやキャラ名が出る度に検索してたんで、思ったより読破に時間がかかってしまいましたw
「グレッグのダメ日記」はみんな読んでるんだね。

ほるぷ出版公式サイトの該当ページ
http://www.holp-pub.co.jp/books/53495/

2016年8月 5日 (金)

ゆめくい小人

とても有名な絵本ですね。
今回、手放すに当たって、これまでピンと来てなかった部分を考えてみました。
エンデの本である以上、子供向けであると同時に大人向けでもある筈ですからね。
子供に対するメッセージはシンプルです。
ゆめくい小人は悪夢を食べてくれますが、それはゆめくい小人だけの力ではない。
ゆめくい小人を一生懸命、探してきてくれたお父さんとそれを支えたお母さんの力も大きい。
どんなことがあってもお父さんお母さんは子供を守ってくれるという安心感を「すやすや姫」と読者の子供は共有できるわけです。
だからこそ子供はこの絵本を読み聞かせてもらって、すやすやと眠れる。
現実と作品内世界がいつしか渾然となるエンデ作品の真骨頂ですね。
で、ゆめくい小人が食べる悪夢はすやすや姫のベッドの周りにあった不気味な装飾そのものになっています。
そう、悪夢とは現実世界の反映に他ならない。
大人はそれに立ち向かわなければならないことを訴えているんじゃないでしょうか。
守られる立場、守る立場、それぞれに訴えかけるものがあるからこそ、この本は長く親しまれてきたのでしょう。

偕成社公式サイトの該当ページ
http://www.kaiseisha.co.jp/books.html?page=shop.product_details&flypage=flypage.tpl&product_id=898&category_id=7&keyword=ゆめくい小人

2016年7月29日 (金)

シンドラーに救われた少年

ホロコーストを生きのびたかつての少年が当事を語る迫真のルポ。
しかし、タイトルから得られる印象よりもずっと、少年自身の勇気と行動力の割合が大きい。
もちろんシンドラーの命がけの行いあっての生還ではあるのだが、それだけでは足りない。
どの要素が欠けても成し得なかった、まさに薄氷を踏むような綱渡りの状況だったことが分かる。
文章から恨みや憎しみを感じない。
レオン・レイソン氏はナチスドイツを憎んで当然の仕打ちを受けた。
にもかかわらず、この本からは激情を感じない。代わりに感じるのは靜やかなる威厳だ。
彼の故国・ポーランドがナチスに踏み躙られる前からポーランド国内でもユダヤ人迫害はあり、戦後、渡ったアメリカではユダヤ人ではなく黒人が差別されていることを知る。
その流れを彼はあるがままに受け止める。
ゆるすゆるさないではなく、自分を、家族を守るために受け止めるのだ。
彼が、そして彼が敬愛する彼の父やシンドラーがこれほどまでに強くなれたのは、ひとえに信頼の力だろう。
シンドラーはユダヤ人を守るためにナチスの高官とも友好関係を維持した。
敵意や軽蔑を漂わせていては、これは上手くいかなかったことだろう。
人は他者の悪意に敏感なものだ。
アーレントがナチス戦犯を普通の人間だと言ったように、
(こっちはフィクションだが)MASTERキートンで誘拐犯を信頼しなければ人質を返してもらうことはできないとの展開があったように、
相手が悪鬼の如き人間であっても、人間として接しなければ、信頼を勝ち得、目的を達成することはできないのだ。
それは悪人を憎むよりずっとずっと困難な戦いだ。
この本の作者が邦題のようにシンドラーの余禄のような存在だったら、俺も感動を覚えなかっただろう。
だが、レイソン氏はシンドラー同様に、その困難な戦いを成し遂げられる人だったのだ。
邦題に意義を申し立てたい!
そう思ってしまうのだ。

河出書房新社公式サイトの該当ページ
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309226354/

2016年7月24日 (日)

最初のRPGを作った男ゲイリー・ガイギャックス〜想像力の帝国〜

ダンジョンズ&ドラゴンズの作者・ガイギャックスの伝記。
ガイギャックスの名はその功績に比して広く知られているとは言い難いらしい。
アメリカでさえそうなのか、と思った。
日本でなら分かる。
本来のRPGであるテーブルトーク・ロールプレイングゲームは30年前に最初で最期のスマッシュヒットとなったっきりで、今でも細々と続いているに過ぎない。
だが、本国アメリカではそうではあるまいと「なんとなく」思っていた。
特に根拠もなく調べることもせず。
日本のTRPGがゲームブックに、次いでドラクエを初めとしたCRPGに駆逐されたように、
アメリカのTRPGもパソコンのRPGやトレーディングカードゲームに駆逐されたのだろう。
だが、それはガイギャックスの生み出したものがあまりにも当たり前のものになりすぎたからだ。
彼の生み出したものが概念であるとするなら、われわれは彼の作った空気を吸ってその中で生きているようなものだ。
このことを理解するには、ダンジョンズ&ドラゴンズ略してD&Dがウルティマやウィザードリーを生み、さらにドラクエに繋がった、という認識だけでは全く足りない。
作者はそれを分かっていて、ウォーゲームやミニチュアゲームからの系譜としたのだろうが、それでも足りない。
だって、それだけ聞いたら、コンピュータのなかった時代の今となっては遅れている不完全なゲームを作った人、みたいに勘違いする人が出てきかねないではないか。
ガイギャックスの仕事はゲーム以外にもサブカル全般に広範な影響を与えたと言い、著名人の名前やタイトルを列挙しながら、具体的にどう影響を与えたのか書かれていないのが、この本の物足りないところだ。
ゲーマーなら言わなくても分かることを言っていないので、ゲーマーには既知の、非ゲーマーには未知の情報で溢れた、よくある「ゲーマーが書いた文章」になってしまっているのだ。
とはいえ、作者も分かっているのか、ヒントが本文中にある。
ガイギャックスはミニチュアゲームの楽しさとウォーゲームの楽しさを融合した。
ミニチュアゲームは攻撃の成否がアバウト故に避けられ、その余波で兵士1人1人が1ユニットであるという今では当たり前の仕様も避けられていた。
複数の兵士で構成された部隊が1ユニットのゲームこそが広大な戦場を再現できることもあってウォーゲームの主流だった。
だが、後者はユニットへの感情移入という点ではミニチュアゲームに及ばない。
どっちも好きだどっちも楽しみたいという気持ちがRPGの原点であったという事実は、ゲーマーなら大いに感情移入できるであろう。
正反対の楽しみ方のジャンルを融合させるという方法は、ゲームに限らず映画でもドラマでも、果ては遊びとは関係ないビジネスの分野でも大いに試みられている。
D&D以前にヒットポイントというものは(なかった、と断言できるかは分からないが)広く採り入れられていなかった、という事実はさらに重要だ。
これは俺の想像だが、コナンや指輪物語などのヒロイックファンタジーの熱心な読者であったガイギャックスは、敵兵はバッタバッタと薙ぎ倒されるがヒーローは何度でも立ち上がることに論理的な理屈付けが欲しかったのだろう。
これはそれまでのゲームが攻撃されたら全滅か無傷、せいぜい後退や能力減少くらいしかなかったことからの偉大な発展であった。
ヒットポイントという数値を扱うことにした以上、それは紙に記録されていなければならない。
どうせならキャラごとの能力の違いが書かれているともっといい。
ユニットに直接、数値が描かれていたゲームに比べると、扱える能力の種類は圧倒的に多くできる。
ステータスという概念の誕生だ。
これなどゲーム以外に与えた影響は計り知れない。
キャラクターの能力を数値であらわした漫画はドラゴンボールを筆頭に数えきれないし、数値そのものが出てこないまでもゲームを楽しんで育ったクリエーターは以前に登場した強敵が新しい強敵とどのくらい違うかを理詰めで考えるようになっているし、読むこちらも能力値の比較でストーリーを捉えるようになっている。
当たり前のことのようだが、ガイギャックス以前には(これも「なかった」と断言できるか不安だが)広く行われていなかった。
そして、これは思わぬ副産物をもたらしたのではないか、と俺は睨んでいる。
能力値が設定され、それが記録されているということは、前回の続きが遊べるということだ。
なんてことをしてくれたんだ!
ガイギャックスはそれまでの生活の合間にゲームをする人の代わりにゲームの合間に生活する人々を生み出したのだ。
そう、俺はガイギャックスの被害者だったのだ!
もしかして貴方も!
ガイギャックスはD&Dを悪魔のゲームとこじつける宗教関係者やマスコミにかなりのバッシングを浴びたらしい。
全くもって言いがかりもいいところだと思うのだが、確かに俺はこんなゲーマーになってしまっているわけで…。
まさに彼は悪魔的に面白いゲームを生み出し、その影響は広く世界を覆っているのだ。

ボーンデジタル公式サイトの該当ページ
https://www.borndigital.co.jp/book/5873.html

2016年7月23日 (土)

エルフとレーブンのふしぎな冒険 (2) ばけもの山とひみつの城

今度の冒険の舞台は雪山。
表紙も華やかだった前回とは異なり、白を基調とした涼しげなものになっています。
それにしてもこの本、絵でだいぶ下駄を履かせてもらってますね。
前巻があまり好みじゃなかったのに2巻目も読んでしまったのって、明らかに表紙買いですから。
エルフの高坂桐乃っぷりに拍車がかかっているような気がしますが、却ってキャラが掴みやすくていいかも知れません。
さて、2巻の真ん中当たりからやっと面白くなってきました。
とは言え、相変わらずピンチに陥る「まで」がイライラする。
山菜採りで行方不明になる現代の老人でさえもっとマシだぞという準備不足の軽装で旅をしているし、いちいち考えが足りなくて、陥らなくてもいいピンチにわざわざ頭を突っ込んでいるように思える。
冒険というよりピクニックなんですよね…。
でもまぁ、それはエルフもレーブンもまだ10歳くらいだから、ということで。
…エルフの両親も、こんなんで冒険にOK出すなよw
その反面、いざ陥ったピンチを如何に切り抜けるかは、なかなか楽しめました。
洋の東西を問わず童話って、けっこう人間の醜い部分などの毒が入ってますよね。
1巻にはそれが足りなかったが、今回はちゃんとあります。
それは、世の中には他人への共感能力が全くない、話しても全く埒が空かない人間が存在するということ。
ましてや、魔法という使い方によっては他人を意のままにできる力がある世界とあっては尚更です。
思えば、前巻でもエルフとレーブンを襲った災難はとても理不尽なものでした。
作者セジウィックの言いたいことは、世の中は理不尽であるということなのかも知れませんね。
やっと作風が分かってきたんで、3巻も読んでみようと思います。
ところで、エルフが妖精と呼ばれているのが気になります。
エルフはあくまで妖精のような雰囲気の子だからそういう渾名なのであって、あくまで人間の女の子だった筈ですが…?
ここらへん伏線なのかミスなのかは3巻以降のお楽しみにしておきますかね。

学研出版サイトの該当ページ
http://hon.gakken.jp/book/1020434800

2016年7月 2日 (土)

エルフとレーブンのふしぎな冒険1〜おそろしの森はキケンがいっぱい!

読了。
表紙買いしちゃったけど、調べてみたら朝日川日和さんはカードゲームのキャラデザやってるんですね。
道理でゲームキャラっぽい外見なわけです。
とは言え、旅をする少年少女は特に高い能力を持っているわけでもない普通の子供です。
ステータスでレーティングされたゲーム的な解釈で読むとツッコミどころが多くなってしまうんで、童話として読んだ方がいいでしょうね。
エルフとレーブンは森を破壊する迷惑な巨人に住処を追い出され、離れ離れになったエルフの家族を探す旅に出ます。
2人とも本名ではありません。
本名が好きではない2人が互いにつけた渾名です。
その名前にかかわることが2人の共通した悩み。
子供にとっては自分の名前って親の期待と密接な関係があることもあって、重大事なんですね。
で、エルフはいわゆるエルフ族ではありません。人間の女の子です。
妖精に似た外見なのでレーブンが彼女につけた渾名なのです。
わたし、TRPGのマスターやってた頃、「背が低くて小太りで髭を生やしていることからドワーフという渾名をつけられからかわれていたことでドワーフを強く憎んでいる人間の男」というキャラを出したことありますが、プレイヤーからの評判はよくなかったですね。
エルフが最初、エルフという渾名を嫌がったのも、それと似たような理由なのかも知れません。
それでも(気になっている男の子がつけてくれたこともあって)エルフという呼び方を受け入れたのは、本名がよほど嫌なのでしょう。
そのあたりの事情はレーブンの本名と合わせて2巻以降に明らかになるのかな。
それにしても、2人が陥るピンチは、もうちょっとしっかりしていれば陥らずに済みそうなものが多くて、ちょっと落ち着いて考えてから行動しろよ、と思ってしまいます。
冒険の旅というよりピクニックみたいなんですよね。
まぁ、逆に言うと伸び代があるとも言えるんですけどね。
2人とも言動が素直なんで、そう思えるのは救いです。
あと、どこで食糧を調達して、どうやって料理してるんだろう、とか気になっちゃう。
あちこちで暮らしてる人たちの背景が見えてこない感じ。
…うーん、マイナス点ばかりが目についちゃうなぁ。
キャラは素直でいい子達なんで、次巻以降も読んでみようとは思いますが。

学研公式サイトの該当ページ
http://hon.gakken.jp/book/1020430800

2016年6月29日 (水)

卵子老化の真実

読了。
高齢出産に伴い、様々なリスクがどのように具現化していくか、分かりやすく書かれていた。
とは言え、高齢出産は当たり前になりつつある昨今であり、全体的に書きっぷりは前向きだ。
だが、前向きであろうとするあまり、上滑りになっている部分も散見された。
例えば、出産とスポーツは肉体的にハードで30代で引退の話が出てくるところが似ていると捉え、30代40代で活躍するアスリートの言動にはヒントがたくさん詰まっていると書かれた箇所があった。
これ、作者は読者にポジティブになるよう背中を押すつもりで書いているんだろうけど、却って沈んでしまう人もいるのではないか。
そういう意味でポジティブな人をよりポジティブにする本ではあるが、ネガティブな人をポジティブに変える本ではないのかもしれない。
しかし、本当に人を前向きにするのは根拠のない「だいじょうぶ」ではなく、立証された確固たる事実に基づいた言説だ。
厳しいことも言っている本だからこそ、説得力がある。
俺はこの本のスタンスから、作者が例に挙げたアスリートではなく、頑丈な人が意外と大病にかかったり病弱な人の方が長生きすることがある実例を思い出した。
卵子老化は卵子老化として、上手くつきあっていくことはできる、という結論は、学問的誠実さと人情味との高いレベルのハーモニーと言えよう。

文藝春秋BOOKSの該当ページ
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166609062

↑説明文が詳しすぎて、個人がレビューする余地が残ってないじゃないかw

2016年6月12日 (日)

笑日韓論

積んであったのを今さらながら読了。
韓国で有名なタレント学者だった水野俊平だけに、内容は冷静になりましょう、中庸でいましょうという訴えかけのようなもので、今さら読むようなものでもなかったかな。
そもそも中庸でいようとするあまり却ってスタンスが偏っているように思えるし、発売当時に読んでもそんなに感銘は受けなかったと思う。
この本が出たのは2014年7月ということで2年前だが、この2年間で隣国の情報はそこらに溢れかえるようになってるし、もう驚いたり呆れたりする段階はとっくに終わっていて、どんな出来事が海の向こうから伝わってきても、それは「いつものこと」になってしまっていることを実感させられた。
もうこういう本も必要ないだろうなあ。
それにしても、帯が週刊誌の中吊り広告のように派手で一見の価値ありだから、これが再販以降はないんだとしたら、再販以降で買った人には不公平感が生まれるのでは?
ゲームにおける「初回特典を買い逃したからもう要らない」的悪循環が書籍にも生まれやしないかと、ちょっと気になった。

フォレスト出版公式サイトの該当ページ
http://www.2545.jp/bookPage/103.html