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2017年11月17日 (金)

魔導物語ファンブック イラストレーション&アザーズ

ちょっと前に復刊ドットコムより復刻された画集。
ぷよぷよの権利がコンパイルからセガに移ってぷよぷよフィーバーになる前の温かみのあるキャラはやはり良い。
現在のキャラもシャープかつスタイリッシュになり、それはそれで好きなのだが、ぷよぷよのとぼけた世界観に合うのはやはり壱さんの絵だろう。
それまで脱力系ファンタジーはありそうでなかった。
ドラクエを筆頭に親しみやすい絵柄のファンタジーはたくさんあるが、ファンタジーである以上、結末は光と闇の大戦争がほとんどだし、そうなると脱力している場合では無い。
モンスターメーカーも絵こそ脱力系だが、ストーリーは結構ハードだった。
いや、もちろんわかってるよ?
ちょっとマイナー方面に目をやれば、絵もストーリーも脱力のファンタジーはあったって。
でも広く一般に受けられるレベルのヒット作では、やはり魔導物語のシリーズが最初だろう。
特にぷよぷよでは殺伐とした対戦パズルにほんわりのんびりした幕間劇はいいアクセントになったのか、そのノリは広く受け入れられた。
ぷよぷよのフォロワーにも同様のノリが採用されるものが多かったのも、それが理由だろう。
ぷよぷよが元祖オチモノであるテトリスやそれを継ぐ者たるコラムスを差し置いて継続して遊ばれ続けているのには、世界観の助けも大きかったからに思えるのだ。
この本に収録されている各種パッケージイラストを見ていると、ライトファンタジー系統の絵が一般に受け入れられていく過程が思い出として蘇ってくる。
ちなみに私が好きなのはすけとうだらとケットシーです。

復刊.com公式サイト該当ページ
http://www.fukkan.com/fk/CartSearchDetail?i_no=68326055

2017年10月21日 (土)

故郷から10000光年

積んでたSFの読了。
ティプトリーJrは初めて読むけど、なるほど魅力的な世界とシチュエーションは一級品だ。
だが世界作りが上手すぎて、ストーリーがあまり頭に入ってこない。
ストーリーテリングだって決して悪くはないんだけど、どうしても見劣りしちゃうんだよなー。
ましてやこれは短編集だ。
各短編を読み終わる時は大抵、物足りない気持ちが沸き上がる。
え?この話の続きはないの?
このワクワクする舞台でワクワクする話を読みたい!
そういう意味で、欲求不満の溜まる短編集なのだった。
そのうちちゃんと長編を読まないとなぁ…。
古典だけに、元ネタ発見もいくつかあった。
特にF-ZEROやコブラの異次元レースを思わせる短編「われらなりに、テラよ、奉じるはきみだけ」は熱い逸品。
走るのはクルマじゃなくて各惑星の原住騎乗生物だが、主人公がレース開催側で、ハンディキャップやレギュレーション、それを見越したイカサマへの対策に頭を悩ませたかと思えば、レースやギャンブル自体を野蛮と決めつける勢力との対決もあって盛りだくさん。
こんなふうに異星人同士だとコミニケーション自体がなかなか成立しないのを丁寧に描いているものだから、それがはまって面白くなっているものや、逆に理解しようとするだけで疲れてくるものも。
まともに異星間ディスコミニケーションをやると大変なんだな、って理解できました。

2017年10月13日 (金)

アウトサイダー・プラモデル・アート-アオシマ文化教材社の異常な想像力-

アオシマの合体プラモシリーズのムックを読了。
この時代を知らないわけではないので、懐かしく楽しく読めました。
駄菓子屋全盛時代と軌を一にするアオシマ合体プラモ。
でも俺はビックリマンチョコのシールやその他諸々にお小遣いをつぎ込んでいたから、合体プラモはほとんどノータッチ。
そして、ガンプラブームになると、それ以前の玩具玩具したロボットを馬鹿にするようになったから…まぁ縁がなかったんだろうね。
だから、このムックに載っているアトランジャーを初めとする合体ロボットたちに特に思いいれはないんだけど、プラモデルの年齢層が上がり趣味として成熟していくその転換期の前後は素敵な思い出の中にあるのだった。
この本を読んで興味深かったのは、青島の合体プラモが子供っぽく見えたのは、プラモの間口を広げるために意図的にやっていたということ。
俺も、そして周りの同級生たちも、ガンプラ以前のプラモデルを子供っぽいものとして遠ざけたけれども、それは青島の熱意が空回りしてたってことなんだな。
ムック中にはバンダイ側のインタビューもあるが、バンダイなりの子供への向き合い方である「大人向きにプラモのクオリティーを高めてこそ子供の心もつかめる。間口も広がる」の方が、俺も含めた当時の子供の心をつかんだ。
一人前として扱ってもらったことが嬉しかったんだな。
ゲームにたとえれば、初期のドラクエの難易度の高さだって決して間口を狭めたりしなかった。
だが、間口が狭まる危険性はあらゆる趣味に普遍的に存在する、し続ける。
イデオンでしかアオシマプラモを知らないようなものだけど、たとえ最終的には空回りで終わったとしても、危機意識とその根底にある愛の物語は俺の心を打つのだった。

双葉社公式サイトの該当ページ
http://www.futabasha.co.jp/booksdb/smp/book/bookview/978-4-575-30789-4/smp.html?c=39900&o=date&type=t&word=アウトサイダー

2017年10月 4日 (水)

怪しくゆかいな妖怪穴

読了。
要するに妖怪図鑑だが、味わいのある版画の表紙に風情を感じて表紙買い。
毎日小学生新聞の連載コラムの単行本化。
だからなのか、挿絵に読者の少年少女が妖怪に出くわしたシチュエーションもあったりして大人の妖怪マニア向けの本とは違った味わいだ。
ところで俺は初めて妖怪の本を読んだ小学生の頃から不満なことがあった。
それは妖怪自体と、妖怪の仕業の不思議な出来事と、妖怪の変身後の姿とが、個別の独立した項目になっていることだ。
ある妖怪の項目を読んで、最後に天狗の仕業とされている、とあれば、
だったら天狗の項目に天狗の特殊能力として載せろ、と腹を立て、
ある妖怪の項目を読んで、狐の化けた姿だ、とあれば、
だったら狐の項目に狐の化けた姿一覧として纏めろよ、とこれまた腹を立てる。
体系的な記載でないことが腹立たしい。
そういう理屈っぽいガキだったわけだ。
もちろん、今なら分かるが、それは野暮な言い草だ。
そもそも体系づけられないからこそ摩訶不思議なのだ。
だが、もしタイムスリップして過去の自分にそう言っても納得すまい。
それどころか、そうやって誤魔化すことこそ大人のズルさだとすら思うだろう。
とはいうもの、それ以外の方法があるだろうか?
だから、この本での妖怪紹介も(当然ながら)単体だったり集団だったり現象だったりだ。
そして、そのやり方であることに自覚的であるようで、何故こんな妖怪が信じられるようになったか考えてみよう的なニュアンスが散見される。
今の子供の妖怪の捉え方が背景考察まで踏み込んでいるんだとしたら、今の子って頭いいよなあ…。

amazonの該当ページ
https://www.amazon.co.jp/dp/4620321044

2017年9月23日 (土)

武器

棍棒から刀槍、銃器を経て核ミサイルまで。
マール社「武器」を読了した。
30年くらい前に買って何度も読んでるんだけど、この手の本の例に漏れず頭から順に読破しようとすると途中で飽きてしまう。
ましてや購入当時はファンタジーTRPGにどっぷりハマっていた頃。
近代兵器のページにはあまり興味が湧かず、剣や槍や弓矢の種類ばかり食い入るように読んでいたから、今回の通読で(初読ではないにせよ)こんなこと書いてたのか!という驚きがかなりあった。
TRPGにしろCRPGにしろ、武器は棍棒から鋼の剣まで、スペックオンリーで一緒くたに並べられ、そのゲーム世界内での地域や時代毎の位置づけまではされていない。
もちろん、それはそれとして構わないし、地理や歴史を反映させた配置にしろとまでは思わないんだけど、本当はどうなのか知った上でだと、架空世界に対する妄想もより豊かなものになるし、何より技術が武器に、武器が技術に、戦術が武器に、武器が戦術に影響を与える流れを知る楽しさはゲームでは得られない。
まあ、読んだ内容のかなりを忘れちゃうんだけど、これは常備しておく本なんでね。

マール社公式サイトの該当ページ
http://www.maar.com/shop/visual/武器

2017年9月19日 (火)

泣けるいきもの図鑑

ヒット作「ざんねんないきもの事典」シリーズですっかりファンになってしまった今泉忠明の動物本。
出版社が変わってもノリは全く変わりません。
前述の「ざんねん」もそうでしたが、この「泣ける」もあくまで耳目を引き付けるための方便。
リアルと親しみ易さのバランスがちょうどいいイラストもそのままで、実質的な続編と言えるでしょう。
ただ、動物が絶滅に至る過程や各種感動エピソードなどがあるので「泣ける」が過大広告ということもないです。
動物の絶滅は人間のせいであることも多い。
なぜ絶滅する寸前まで分からないのか。
これは難しい問題です。
現代の我々でさえ、行き先は分かっているのに手をこまねいて鰻を絶滅に追いやろうとしていますから、昔の人は馬鹿だったなどと言えた義理ではない。
人の欲望には限りがない。
その一方で、動物愛護の人々には鼻持ちならない選民思想的な奴も少なくなく、世間からまともに話を聞いてもらえないというのもある。
動物を理由にして威張り合うのが人間です。
でも他の動物に感情移入するのも人間です。
わたしのこの考えが正しいというつもりはありませんが、こういう本を読んだ時にはいつも考えさせられるのです。

学研出版サイトの該当ページ
http://hon.gakken.jp/book/1020463000

2017年9月17日 (日)

-犯罪王メスリーヌ自伝-生きては捕まらない

読了。
銀行強盗と誘拐と脱獄に彩られた犯罪王ジャック・メスリーヌの自伝。
この人、写真を見るにきっとルパンIII世の元ネタと言うかイメージソースの一つなんじゃないか。
CCさくらのクロー・リードの元ネタのクロウリーが悪辣なカルト教祖であるように、実態はかなり碌でもないけどね。
あまり何度も脱獄するものだから他の囚人とも接触できずぶち込まれた独房で空いた時間にせっせと執筆。
まだばれていなかった犯罪についてまで事細かに書いていて、裁判で不利になるのでは?と誰もが思うのは当然で、これについて彼の担当弁護士は彼なりの社会への怒りであり攻撃であるためではと分析しているけど…まぁ、それも有るど、むしろ警察を茶化すのが楽しくてたまらないんじゃないか。
こういうのを書くこと自体が挑発だし、投獄という脅しが全く効かないほど開き直ってしまっていることが赤裸々に語られているからね。
日本にも何度も脱獄している脱獄王はいるが、彼等はこっそり隠れ潜んでいる。
しかし、こいつの場合、脱獄して直ぐに銀行強盗を繰り返している。
大金がないと逃亡生活は不可能と嘯いているし、危険を愛する男と自惚れているけど、それより何より警察に代表される社会への敵意がそれをさせているんだろう。
かと言って頭のネジが外れているわけでもなく、犯罪計画は極めて冷静。
この意外性に惹かれて楽しく読めました。

Amazon該当ページ
https://www.amazon.co.jp/dp/4150503591

2017年9月11日 (月)

コイルズ

読了。
本棚に眠っていたゼラズニイのSF。
思春期に何冊か読んで、特に「ディルヴィシュ」はムアコック作品のヒロイックな部分を更に突き詰めたようなダークヒーローでお気に入りだったんだけど、本作のドナルドはそれに加えて電脳空間を自由に旅し自由に操る能力もあり、異様に頼もしい。
セイバーヘーゲンとの共作だが、頭脳戦闘はゼラズニイが、肉体戦闘はセイバーヘーゲンが担当したのではないか。
はじめのうちは頭脳派と思っていたら肉体的にも凄まじい。
執筆された1982年という年代を思うと、寺沢武一「ゴクウ」の元ネタかも知れない。
まぁ、コンピューターネットワークが実現し得る未来が具体的に想像でき始めた頃だから、どうしても似てしまうのは仕方ない。
そのコンピュータ関連描写は、今のハリウッド映画で相棒やチームの一員のスーパーハッカーがやってることの先駆けだ。
では、今になって読む価値はないのかと言えばそんなことはない。
特筆すべきは、現実世界と電脳世界を、現在と過去の回想を、行ったり来たりするにも関わらず、全く混乱しないということだ。
これはこの手の作品ではとても珍しいことで、如何にエピソードの配置が上手いかの証明となっている。
そして、それは主人公がどんなに電脳世界で狂人が見るような光景を見せられても正気を保つことの何よりの説得力となっている。

2017年9月 8日 (金)

3Dゲームファンのためのグラフィックス講座

読了。
今さらながらに読了。
何が「今さら」かと言うと、初版が2010年12月ということで、この本で扱われている技術は最先端ではないのだろう、という意味で。
しかし「だろう」なんて言ってしまうレベルの自分にとってはとても興味深かった。
この本の作者である西川善司さんはゲームの3Dグラフィックについて一家言あるライターだ。
詳しい人の話は分からないことも多いなりに面白く、彼のブログは愛読している。
とは言え、あまりに分からないことだらけというのも癪なので、基本的なことくらいは押さえておこうということで読んでみました。
3Dゲームは何処でも行けるから、ビジュアルは原則として自動生成されなければならないということで、光源はここにあるから影はこうできるとか、光を浴びたもの自体も光を放つとか、影にも薄い濃いがあるとか。それをゲームタイトル毎に章立てして、使われている技術のオンオフでこのような違いがあるという比較写真がたくさん載っております。
ただ、印刷物の限界ですかね。
違いがハッキリと分からないものも少なくないし、違いが分かっても「これ、ゲーム中に気になるかなぁ…」とピンと来ないものも。
紹介されている10タイトルはメジャーなものばかりですが、やったことのあるのが殆どなくて、プレイ体験のあるなしではこの本の理解のし易さが違うのだろうと思います。
わたくし、そもそもゲームの写実的グラフィックを突き詰めていくことにはそこまで価値を見出していません。
状況を的確に判断できて的確な介入ができればそれでいい。
例えば横スクロールシューティングの背景とオブジェクトの関係は「リアルじゃない」けど、ゲームシステムとして最適解です。
でも、ゲームに限らず専門家の専門トークは好きなんですね。
そういう意味ではこの本は面白かったし、ゲームに写実的グラフィックを追求する人達の文化が理解できたような気がしました。

インプレスブックス公式サイトの該当ページ
http://book.impress.co.jp/books/2951

2017年9月 2日 (土)

カリフォルニアの炎

竜頭蛇尾。
とは言え全長の9割が竜なのだ。
だから読後感にあまりガッカリがない。
なんで?こうなったんだ?という気持ちの方が強い。
この作品を貶したくない悪く思いたくないという気持ちに突き動かされるほどに、俺はこの本が好きなのだ。
終盤以外は。
凄腕で正義感が強く気持ちのいい火災保険調査員ジャック・ウェイド。
しかし、それ故に罠に落ちる。
ランバ・ラルは「正確な射撃はそれ故に予測し易い」と言ったが、それを敷衍すると優秀すぎて逆に便利な駒として動かされると言ったところだろうか。
この追い詰めたつもりが追い詰められる件は説得力があり劇中で最も手に汗を握る緻密なストーリーテリングと言えよう。
だが終盤でいきなり敵の規模が大きくなり手に負えなくなる。
荒い。
それまでの展開がどんなに荒くても無理やり起動修正させられる類の力技だ。
そんな必要もないのに。
荒い展開を荒く軌道修正している作品ならただ呆れればいい。
しかし緻密な展開をわざわざ荒く軌道を変える理由は?
思えばウィンズロウ作品にはこういう傾向がある。
大好きなニール・ケアリーの2作目も、個人は国家には絶対に勝てないという作者の確固たる意思があって、それがカタルシスを欠いていた。
作者自身が調査会社の調査員ということから来るリアリティを重視する作風故なのか、この人のミステリは中くらいの規模の悪党を退治する時に最も筆が冴え渡るように思う。

カドカワオンラインの該当ページ
http://store.kadokawa.co.jp/shop/g/g200006000146/