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ビジネス・投資 Feed

2013年3月18日 (月)

ハッピーウェンズデー

今週は3月20日の水曜日が祝日。
よって、月曜の朝にもかかわらず非常に快活だった。
たった2日間を働いただけで休みが来るし、それが終わってもまたたった2日間を働くだけでいい。
月曜にありがちな、ああまた1週間が始まるのかという憂鬱がないのがこれほど気が楽だとは。
年度末の忙しい時期ではあるが、だからこそちょうどいいアクセント。
いっそのこと水曜日に固定してくれてもいいくらいだ。
ハッピーマンデーならぬハッピーウェンズデーとでも言おうか。
こんなことでウキウキするとは、我ながら怠け者である。
それにしてもつくづく人間ってのは勝手なものだ。
仕事が今なんかよりずっとめちゃくちゃ忙しくて日々、疲れ果てている時には、週休二日は土日ではなく日水にしてほしいとよく考える。
二連休のメリットを頭では分かっているが、連続で働く辛さに打ちのめされ、とにかく断続的に休みがほしくなる。
反対に次の週末は何をしようかと考える余裕のある時にはもちろん二連休が必要だし、ハッピーマンデーによる三連休だったらなお嬉しい。
で、フレックスタイムとか裁量労働制ってのは、本来はこういう要求を満たすものなんだろうけど、日本じゃあ労働強化や賃金カットに繋がるだけだという。
結局はシステムで余裕を作ろうとしても無理があるから、社会全体にゆるい空気を醸成していくしかないんだろう。
さて、ダレる理屈も構築できたことだし、この昼休みも机に突っ伏して寝るとするか。

2013年3月16日 (土)

一般論と具体論

昨日、うっかり受話器を取ってしまったのが運の尽き、あの怒鳴りつけてたクレーマーは底抜けの阿呆だったな。
詳しくは言えないが、真の阿呆というのは中途半端に頭がいい、とあらためて思ったレベルの阿呆。
電話で怒鳴り込む前にシナリオを練って来てるから、本人の頭の中では完全な正論で少しの破綻もない。
破綻はないんだけど、まるで具体的じゃない。
自分に都合の悪い事実があるからなのか具体的に何があったのか一切の説明をせずに、一般論でこっちを糾弾してくるんだね。
それじゃ対応のしようがないから詳しく話を聞かせてくださいと言っても言わない。
その一方で、具体的な話などする義務はない、一般論として俺が正しくておまえたちが間違っているんだからと激昂し、馬鹿だ阿呆だと罵ってくる。
サービスに不満があったのか、支払いのトラブルなのか、それに付随するなんらかの対応への憤りなのか、それすらなんで言おうとしないんだろうか。
こういう例に漏れずにいっさい名乗らないし。
まぁ、人物像は大凡の想像はつく。
口調こそチンピラっぽい怒号だったが、話の持って行き方がやたらと理屈っぽくて実に頭でっかちな感じ、小学生の頃は教育ママゴンのいうことはなんでも聞くダサい良い子ちゃんだったんじゃないかな。
それで通用してきたんだね。
ある意味、気の毒な人だ。
捨て台詞とともに受話器を置いてくれて助かったが、こっちも名乗らなくてよかったのが幸いでした。
一般論と具体論って独立してないんだよね。
具体論に踏み込まずに一般論だけで自分の意志を押し通そうとするのは、そりゃあ無理ってもんだ。
このエントリー自体が具体的かつ詳細に昨日、起こったことを書いていないから臨場感及び説得力に欠けるのと同じです。
わりと綺麗にオチがついたかな?

2013年3月 7日 (木)

キャリアと奉仕

昨日はユニクロの会長が世界の富豪トップ66になったニュースに、ネット上ではブラック企業批判の声が高まった1日でした。
ユニクロイコールブラック企業というイメージはかなり定着しているようですね。
どうも店長職の長時間労働が問題になっているようです。
こういう話を聞いているとファーストフードや居酒屋チェーンなんかの名ばかり店長の時なんかもそうでしたが、猛烈に自分に当てはめてしまいます。
みんな、よく働くよなぁ、と。
わたし、とにかく怠け者ですからね。
学生時代のバイトは古株になりそうになったら辞めておりました。
もらえるバイト代に比べてやらなければならないことや負わなければならない責任が多いのは馬鹿馬鹿しいと考える性質なんですね。
やってほしけりゃカネ寄越せ、そう思っておりました。
その考えは基本的には間違ってないと今でも思ってますが、学生時代のバイトのうちに人を使うことを覚えておいていたら、社会に出てからだいぶ楽だったのになぁとも思います。
カネに換算できないキャリアの部分の見極めが甘かったんですね。
ただ、その反面、人を使う側が従業員の向上心を利用しすぎることにも、やはり疑問を感じます。
相応の対価あってのガンバリでしょう。
こういうことは程度問題ですし、ただ程度問題という言葉だけでは弱い方弱い方に皺寄せが来るから、基本となる考えや基準をきっちり定めておかねばならない。
…って、それって労働基準法じゃん!
守れよ法律!
古人の知恵って既に蓄積されてるんですよね。
それを生かすか生かさないかってだけです。

2012年11月21日 (水)

お世話にありが申し訳

ダブルスタンダードの話。
履歴書は手書きにすべきだという意見には旧弊だなあと感じる俺。
しかし、メールのやりとりをしていて、
(今回の件では)お世話になりましたと打とうとして、「お世話に」まで打ったところでSHIFT+ENTERで「お世話になりました」が出るよと示されてそのとおりにした時、
(先日は)ありがとうございましたと打とうとして、「ありが」まで打ったところでSHIFT+ENTERで「ありがとうございました」が出るよと示されてそのとおりにした時、
(報告が遅れて)申し訳ありませんでしたと打とうとして、「申し訳」まで打ったところでSHIFT+ENTERで「申し訳ありませんでした」が出るよと示されてそのとおりにした時、
ああ楽でいいなと思いながらも、こんな風に短縮できるのだから、もし俺が誰かにメールで謝罪や感謝を示されても重みがないよなと考えてしまう。
これはダブルスタンダードではあるまいか。
なんだかんだで気持ちは手書きで示せと考えているようなものだからだ。
原則を言うなら、手書きであれ手打ちであれ短縮入力であれ、その言葉を選んだことイコールその人の気持ちなのだから、重みに差などない。
然るにPCで打つことには手書きとの差を感じない俺が、短縮入力には軽さを感じるということは、手間を省いたことが定量的かつ直感的に比較できるからなのだろう。
そして書き手が実際に短縮をしたしないに関係なく短縮「できる」以上は、PCでの履歴書に重みを感じない人がいても仕方がないものに思える。
要するに「きみだけだよ」「御社だけです」が茶番ではあっても重要ということか。
「俺のために俺たちのために余計な労力を使え、それが誠意ってもんだろ?」
そういう気持ちがあるのだとしたら、人間とはなんと単純な生きものなのだろうか。

2012年10月24日 (水)

始末書を書いた

訳あって始末書を書きました。
この忙しい時に…。
まぁ、忙しい時だからこそ、注意力が散漫になって、始末書を必要とするようなポカをやらかすのですが。
で、忙しい時なので始末書如きに時間をかけていられません。
そこでありのままを美辞麗句を交えて書くことにしました。
「見通しの誤りから気づいた時にはスケジュールの穴を埋めるには困難な状況となっており〜」
「このような局面で当然に有しているべき職務に対する緊張感を欠いていたため〜」
「今後このようなことのないようより一層の〜」
素晴らしい!
よくもまあ心にも思っていないことをスラスラ書けるもんだ。
ブログの毎日更新で長文を書き慣れていることも、少しは役に立っているのかな?
わずか15分弱ほどで完成しました。
エッヘン!
前に書いた時は新人の頃だったんで四苦八苦したものだが、随分と俺も図太くなったなぁ。
始末書を書いたのはこれで2度目だが、勤続10数年で2回ってのは多いのか少ないのか。
3度目がないことを祈るばかりです。

2012年10月12日 (金)

要点を押さえた質問は難しい

本社からエクセルファイルがメールで送られてきて、矛盾の多い表なので中身を確認してくれと言う。
(もちろん、その表を作ったのはわたしではない)
しかも締め切りは大急ぎだ。
ええい、この忙しい時に!
それにしても読めば読むほどわけのわからない指示だ。
送信者の主観による時系列で文章が構成されているから、全て読まないと何を求めているのか分からない。
黎明期のTRPGのルールブックのような悪文だ。
要点を押さえんかい!
だがメール本文はまだマシだった。
テキストなら要らない部分を刈り込むのも、そう難しくはない。
問題は添付されていたエクセルファイルで、列がやたらと多くて横長で9ポイントの文字がビッシリと書き込まれている。
そのまま素直にプリントアウトしたらとてもチェックには使えないようなシロモノだ。
俺はコンピューターの画面上では目が滑って数字や漢字のミスを見逃すことが多いので必ずプリントアウトして赤ボールペンを使うのだが、こういう表は非常に困る。
字が小さいのももちろんだが、サイズがA3横というのがよくない。
机の上に広げるには大き過ぎる。
ただでさえ複数の8cm厚チューブファイルを見比べないとならないデータチェックだというのに、明らかに邪魔だ。
そこでどうにかならんかと表をよく見てみると、今回のチェックには不要な列が多いことに気づく。
そうと分かれば話は早い。
不要な列はほぼ0ミリまで横幅を狭め、残す列もデータが長いセルは途中改行して縦幅を広くするともに横幅を狭め、だんだんポイント数を大きくしていく。
ついにはサイズはA4横で文字の大きさは20ポイントにまですることに成功し、たいへん見やすいチェック用の表ができたのでありました。
そのことで(このクソ忙しいのに)30分もかかったけれども、トータルでチェックと上書き訂正に必要な時間は圧倒的に短くなったんで、よかったよかった。
しかしだね。
こういうことは、メールを送る側がやってほしい。
何を聞きたいか整理した上で必要なデータだけ送ってくれれば、余計な時間もかからないわけで。
でもまぁ、本店の人も焦ってたんだろうなぁ。
要点を押さえた質問をするってのは難しい。
いざ、自分の番になった時に、そういう投げかけができるかどうか分からないし、あまり怒らないこととしたのだった。

2012年10月11日 (木)

アウグストゥす

ここんとこ仕事と出張がたまっていて、昼休みもろくに時間がない。
昼飯は移動中のクルマの助手席に置いたおにぎりに赤信号で止まった時に手を伸ばしてモグモグやるなんてしょっちゅうだ。
まるでアウグストゥスだなぁ、と思う。
ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスはたいへんな働き者で、昼食は移動中の馬車の中でナッツ類を齧って済ませることも多かったと聞く。
まぁ、俺の場合は、残業すべき時を間違えて結果として仕事がたまっているだけだから別に働き者なわけではないが、偉大なローマ皇帝と自分を重ねて少しでもモチベーションを高めているのは確かだ。
ローマ皇帝の時代と比べると今は片手だけで用が足りる食品の種類も多いので、だいぶ楽だ。
ホットドッグでもブリトーでもサンドイッチでもいいが、結局のところおにぎりが一番だ。
おにぎりはどこを掴んでも手が汚れないが、パンに何かを挟んだ系統は、具に手を突っ込んでしまう危険があるからだ。
どうせ直前直後にこれまた助手席のウェットティッシュで手を拭くんだから一時的に汚れようと汚れまいとどうでもいいような気もするが、あのやっちまったという口惜しさは自らをプチブルーにするに十分だ。
しかし、最近のコンビニおにぎりは美味しさを重視するあまり容易に崩れてしまうものが多くて、快適にアウグストゥせないのはいただけない。
やはりおにぎりは十分に力を入れて握り最後の一口を口に入れるまで最初の形を保ち続けてほしいのだ。
でも、柔らかくほぐれるおにぎりも好きだからなぁ…。
用途に応じて選べるように、柔らかおにぎりには別の名前をつけて間違えないようにするのもいいかも知れない。

2012年10月 6日 (土)

ウワ〜!書きしてしまった

焦って仕事をするとロクなことはありませんね。
1つ片付けたら深呼吸。
これを忘れてはいけません。
今日、エクセルファイルの上書きをやってしまいました。
しかも、数年来のデータです。
そのデータの一部だけ抽出した表がほしくて、ソートした上でいらない行を削除。
何時もならそういう作業を始める前に別の名前で保存するのですが、まず作業にかかり始めた直後に問い合わせの電話がかかってきてタイミングを外されたのに始まり、電話応対が終わってついそのまま行の削除を行い、おっといけないさぁ別名保存だってところに上司から別件で質問を受けてまたもや作業中断。
やれやれ邪魔ばかり入るなとパソコンの画面に戻った途端に無意識に上書き保存をしてしまったのでした。
何10行分も削除したバージョンのデータを。
青くなりましたね。
まぁ、こんなこともあろうかと、数ヶ月前のバックアップデータがあったのでなんとか復旧できましたが、この忙しい時に30分も復旧作業に費やしてしまってヘナヘナ。
昼食はその30分を取り戻すべくおにぎりをパクつきながらのお仕事となったのでした。
あ〜効率悪い。
どっしり腰を落ち着けてやるべき仕事の最中に別の仕事が入ってもイライラしたりせずに落ち着いて対処し、次の仕事に引き摺らない…ということは分かっているつもりだし、一応は注意しているのですが、今回ばかりは流石に参りました。
そもそも、今回の仕事自体が前の担当者のミスの尻拭いということでどこか面白くない気持ちもあったのかも知れない。
教訓としては、感情に囚われずに常に落ち着くということは人間である以上は無理なのだから、大切なデータはこまめなバックアップが欠かせないといったところでしょうか。
向上心もいいがそれよりも失敗することを前提とするのが、いかにも俺らしいなぁ。

2012年10月 3日 (水)

クレーマーへの「不正解の」対応

twitterで教えてもらった「モンスタークレーマー対処法」という記事。
http://news.goo.ne.jp/article/senkei/bizskills/senkei-20120930-02.html
よくまとまっていてためになる。
内容はリンク先を読んでいただくとして、クレーマー対策で心がけるべき点と逆に不正解の対応の例も幾つか挙げられている。
しかしだ。
なるほどなるほどと思いながらも、どうにも釈然としない思いが残ったのも事実だ。
と言うのは、そのようなスキルを身につけたことで、クレーマーの対応ならこの人!と同僚から思われるようになることは果たしてその人にとってプラスかどうか疑問だからだ。
俺がこれから言うことは、このエントリーを読んでいるみなさんを俺同様の怠け者と決めつけた上でのとても失礼なものだ。
だから、自分は会社の中での確固たる地位を占めたい、それがクレーマー対応であってもだ、という向上心あふれる人や、そこまでいかなくても会社に対するクレームを適切に処理して会社への被害を最小限に留めることは組織人として当たり前であると言える人は、ここから先を読まなくてもいい。
会社にかかってくるクレームの電話に対する最良の結果は、その対応を同僚がやることになり、自分は全くノータッチで済むことであるのは明白だ。
そもそもクレーマーのような人種にはかかわりたくないのが自然な感情だ。
この観点からすると、もしクレームを手際よく捌くスキルを身につけたことで、自分のところにクレーム対応が回ってくる確率が高まるなら、そんなスキルを身につけることは却って有害であると言える。
むしろ、この記事で不正解とされている対応を敢えてすることで、クレーマー対応には不向きの人材と判断された方がよっぽど得というものだ。
好き好んでストレスを溜め込む必要があるだろうか?
よくビジネス記事では「お客様は神様です、という言葉は本来の意味とは別の意味で使われている」と聞く。
もう、あちこちで聞く。
しかし、本気で構造を変えていこうという動きはないようだ。
クレーマーに辛抱強く対処する人は素晴らしいと思う。
だが、クレーマー対応は対症療法に過ぎず、一部の心の強い人間の消耗により成り立つものなのも確かだ。
それよりも、そもそもクレーマーの存在をゆるさないような社会の空気を作り上げることの方が重要なのではないか。

2012年6月 7日 (木)

会社の都合を押し付けないということ

前に根室にいた頃は、愛車も職場の車も日産車だった関係で、よく日産のディーラーの根室店に電話をかけていたんだけど、ある時、とても感心することがあった。
それは合併に関する話だ。
日産のディーラーは地域毎に分社化されていて、根室の店舗も釧路日産自動車株式会社の根室店だった。
それが1年か2年くらい前にお隣の帯広日産自動車と合併して、合併後の名前も帯広日産自動車になった。
存続会社が帯広日産というやつだ。
するとどうなるか。
所用あって日産に電話をかけるとする。
合併前は
「はい、釧路日産根室店です」との声だった。
それが合併後は…
「はい、釧路日産根室店です」
なんと全く変わらない。
これは電話応対する社員の方が習慣で古い社名を使っているわけではない。
なんと帯広日産自動車株式会社の「釧路日産根室店」。
そう支店名が「釧路日産根室店」なのだった。
このことに気づいた時の俺の感動ときたら!
合併前の「釧路日産根室店です」は、釧路日産という会社の根室店という意味。
それに対し、合併後の「釧路日産根室店です」は社名を省略して支店名のみを名乗っている。
どちらも嘘を言っているわけではない。
このやり方が素晴らしいのは、顧客は合併のことや社名が変わったことを知っていても知らなくてもどちらでもいいということだ。
顧客は日産のディーラーに電話をかけたのであり、それが地元の根室の店舗であることさえ分かればいいのであって、正確な社名などどうでもいい。
顧客は釧路日産に電話をかけているつもりが、電話の向こうでは帯広日産が電話を受けている。
しかし、話は完全に噛み合っていて何の不都合もない。
会社の都合で社名が変わってもそれを顧客に押し付けないという姿勢に俺は感動したのである。
今や、もう10年以上も前から日本中あちこちで合併に次ぐ合併だ。
それによる名称変更は書類や電話連絡に際し、余計な手間となっている。
この日産の例を見習って、対外的に手間をかけさせない方法を模索すべきではないだろうか。