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ビジネス・投資 Feed

2017年6月 6日 (火)

休日出勤で電話になんか出てられるもんか

ブラック企業に警戒する就活生の行動を取材した記事に俺は多いに感嘆した。
読んだ方はみな感心したのではないだろうか。
その学生は、志望する企業が本当に残業や休日出勤がないのかどうか日曜日に電話をかけて、ワンコールで出るようならチェックを入れ優先順位を下げるとのこと。
なかなかやるな!
全く迷惑じゃないからどんどんおやんなさい!
経営者でも幹部でもない俺は大いに溜飲が下がった。
こうやってブラック企業が巧みに避けられていけば、それはやがて自分にもいい影響を与えるかも知れない。
だが、その方法は不完全だな、とも思った。
だって俺だったら一人で休日出勤している時は絶対に電話には出ないもの。
(だから、どんどんおやんなさいとか言うわけだw)
そもそも来客や電話に邪魔されずに仕事しなきゃならんから休日出勤してるのに、なんで電話に出なきゃならんのだ。
俺が休日出勤しているという証拠は(少なくとも部外者に対しては)ない。
よって電話応対などする必要はない。
万が一、電気がついていたじゃないかとか言ってくる奴がいても、トイレでも行ってたんじゃないかとすっとぼける準備は万端である。
休日出勤する以上は俺も社畜の端くれなんだろう。
だが最低限の意地はある。
休日出勤していることを当てにして電話をかけてくるような相手には居留守で十分。
対応する筋合いは全くないのだ!

2017年5月10日 (水)

スマホのアラームで電話忘れ知らず

なんか昨日は数分刻み…でこそないものの30分刻みくらいで締め切りが来て忙しかった。
その合間になんとしてもその日のうちに電話しなければならない取引先の社長がいて、彼が会社に戻る16:45頃に電話をかけるのを忘れる訳にはいかない。
こういう時にはスマホのアラームをセットします。
「◯◯建設に電話」みたいな名前をつけて。
もちろん独り言を言いながら。
「さてアラームでもセットしておくか」
周囲に聞こえるようにこう言ってからスマホをいじることで、仕事中にスマホで遊んでいるわけではないことを同僚にアピールする。
けっこうみんなやってるのではないでしょうか。
とは言え、今回は慌てていたからか午前と午後を間違えて朝の4:45にアラームをセットしてしまい危ないところでした。
まぁ、こういう時に限ってアラームをセットしたことを覚えていて、そう言えば鳴らないな、とまさに16:45ちょうどあたりに気がついてちゃんと電話できたし、翌朝の4:45に叩き起こされることもなかったわけですが。
アラームってアラームをセットすることでその時間を意識してしまって結局は鳴る前に行動を起こしちゃうことが多いですよね。
注意力に勝るアラームはないってことか。

2017年4月20日 (木)

Brotherとおじ

或いはsisterとおば。
仕事である報告書を作成してて、A氏(B氏のおじにあたる)と打って、おじを漢字に変換しようとしてふと気付いた。
A氏がB氏の「おじ」に当たることは電話で聞き取っていたのだが、叔父なのか伯父なのかまでは聞かなかったのだ。
数秒ほど悩んだが、別に叔父であろうと伯父であろうとどっちでも構わない文脈なのでひらがなのままとした。
わざわざ叔父なのか伯父なのかだけでもう一度TELするのもくだらない。
結婚式の席次を決めるならともかく、それ以外に叔父か伯父かが重要な局面など殆どないのだから、ひらがなで「おじ」で構わない。
さらに言うと、叔父と書いてあっても実は伯父の場合、或いはその逆の場合もあるわけでみんな結構テキトー、そのうちこの使い分けは有名無実になってしまうのではあるまいか。
と、そこまで考えて「ああ、そういうことか」と合点が行った。
英語のbrotherは男の兄弟という意味で兄か弟かは分からない。sisterもその女版というだけで同じだ。
big brotherやlittle brotherという言い方もあるが殆ど見かけず、だから海外の小説の和訳などではbrotherを兄か弟かどちらかで訳しており、前後の文脈から兄なのか弟なのか判断している様子が伺える。
それについて中学1年生で初めて英語に触れた生徒の中には「なんで兄か弟か区別しないんだ」と腹を立てている奴がクラスに1人はいるもので、中学の英語授業の風物詩と化している。
俺は腹を立てこそしなかったが、なんでなんだろうなあ、とはずっと思っていた。
心の何処かに引っかかっていた。
で、今頃になって、
「ああ、そうか。アメリカ人にとってbrotherがbig brotherかlittle brotherかなんてのは、日本人にとっての「おじ」が叔父か伯父かと同じようにどうでもいいことなんだ!」
と気づいて、長年の霧が晴れたのでありました。
言語が思考や民族性を作り上げるという理論が今ひとつピンと来てないけど、ここ数年ピンと来つつある俺なんですが、その論理的支柱が一つ建った感じでなんか興奮というかワクワクしてます♪

2017年1月30日 (月)

FAXはいいぞ

時々、出てくるねFAX批判が。
だいたい内容は共通していて、FAXなんて使ってる日本は電子化が遅れている、世界の標準はメールだ、日本はガラパゴスだ、というもの。
これまでは無視してたけど、なんかカチンと来る記事があったんで、ここでエア反論させていただく。
FAXを使うなという人はいったいどういう取引相手と仕事をしているのか。
どこの会社にもパソコンやネットがあるわけじゃないんだぞ。
田舎の土建屋とかだとパソコンを使える唯一の若手社員が出張中だからメールは受け取れないとか別に珍しいことじゃない。
それに比べてFAXの普及率はズバ抜けて高い。
FAX機能のある固定電話がやたら売れた時期があって、会社はもちろん個人宅でもFAXなら送れたりする。
メールにそこまでの津々浦々なカバー率は求められない。
それにウィルスのことを考えたら付き合いのない相手に添付ファイル付きのメールを送るのも憚られる。
そういうわけでFAXはしばらく現役を続けるだろうし、メールではその代わりを完全に務められないのである。
IT化は情報をやりとりする経路の全てがIT化されてないと効果が大幅に落ちるばかりかむしろ余計な手間がかかることも多い。
それが嫌だという気持ちも分かる。
しかし、メールを使わない人を小馬鹿にすることで現状を改善することは無理だし、むしろ反感を買うだけではないのか。
ドラスティックな変化ばかり求めていては却って前に進めないのだ。

2016年9月 1日 (木)

旧でもかまいません

まさか仕事中に「魔法の少尉ブラスターマリ」のことを思い出すことになるとはw
昨日まで札幌出張だったんですよ。
で、当然ながらPCに留守中にかかってきた電話のメモが貼ってあった。
そしたら意味がよく分からない。
全体としてはまぁ、分かるんです。
どうやらわたしが取引先に求めた設計書のレイアウトが古いバージョンだったらしくて、必要な事項を具備していなかった。新しいバージョンが欲しいから連絡してくれ、とそういう内容でした。
しかし、最後の行が分からない。
「旧でもかまいません」
…?
はて。
(旧バージョンの設計書ではなく)新バージョンをくれと書いておいて、その次の行で旧でも構わないとはどういうことだ?
これ、30秒くらいは悩みましたよ。
そう、ここまでヒントを出してるから、みなさんはすぐ分かりますよね。
メモには「(連絡をくれるのは9月)1日でもかまいません」と書いてあったわけですw
わたしが「えーい!旧ザクのパロディ、「1日ザク」に登場する魔法の少尉ブラスターマリかよ!w」と声に出さずに盛大にツッコんだのはいうまでもありません。
手書きのメモってこういう勘違いが生じますよねw

2015年7月17日 (金)

休日出勤の誘惑

すいません、今日のは愚痴です。
朝から気が重い。
このままだと明日からの三連休のうち最低でも1日、たぶん2日が休日出勤で潰れる公算が大だからだ。
誰だって休日出勤なんかしたくない。
俺だってそうだ。
しかし溜まった仕事を片付けようとする度に来客対応や電話対応や不意の出張でせっかく組み立てた仕事の優先順位がグダグダになり、そのうち優先順位なんかどうでもよくなり、そうなると催促やそれに対する謝罪まで加わるということになり、切望するようになるのだ。
電話も来客も催促もない時間を1週間くらい寄越せ!と。
そして、取り敢えずそれは休日しかないというわけだ。
そういう前提で今回のエントリーのタイトルを見ると…
うん、実に寒気のするエントリータイトルだ。
最もやりたくないことをやりたがっているという異常な精神状態がここに現れてしまっている。
社畜になる人ってのは、こういうメカニズムに絡みとられるんだろうなぁ。
うちのはタイミング的なものが大きいけど、ブラックの連中は常時だから。
まぁ、取り敢えず行ってきます。

2015年4月10日 (金)

ボイスレコーダーはもっと大きくしろ

ここ数日、忙しかったのは、テープ起こしをしていない会議が90分×2つ溜まってたから。
なるべく発言者の近くになるようにボイスレコーダーを置いたんだけど、全員のテーブルに置くわけにはいかないし、聞き取りにくい喋り方の人もいる。
で、声のでかい同僚が電話応対し出すと中断だし、別室にこもろうにもあそこは電源が使えないからノートパソコンのバッテリーが切れそうになるたびにデスクに戻らなきゃならんし、もう、テープ起こしは大の苦手です。
しかし、何よりの原因はボイスレコーダーの操作性。
2本のボイスレコーダーを会場内の別々の場所に置いて、片方では聞き取れない場合、もう片方で聞き取るわけだけど、メーカーが違うと操作方法も違うから注意しててもどうしても混乱して操作ミスが出てしまう。
でも多分、1本だけでやってたとしてもミスは減らなかった筈だ。
どっちのメーカーのも実にイライラさせられるインターフェースだ!
聞き取れないと何度も巻き戻しをしなきゃならんのだが、方向ボタンの左を長押しで巻き戻しだが、1回だけチョンと押すとファイルの最初に戻ってしまう。
巻き戻しするつもりで最初に戻ってしまい、疲労感を覚えながら数十分を早送りする、ってことを何度、繰り返したことか。
もう1本だって似たようなもんで、やはりチャプター戻りは頻発する。
さらに別の音声ファイルに移動してしまって戻り方が分からなくなったり、さんざんでした。
でも、これらって、ボイスレコーダーが小さすぎることから来てるんですよね。
さっきからボイスレコーダーを1本2本と数えている。
こういう数え方が一般的なスティックタイプが主流です。
でもそもそも、こういう形状であることも小さい必要もないんですよ。
小さいことがいいことになっていて、小さいからこそ十分な量や大きさのボタンを配置するスペースが確保できなくてミスを頻発する劣悪なインターフェースになっている。
もっと大きければ、まともなインターフェースにできる筈。
確かに背広の内ポケットやハンドバッグの中に忍ばせるには小さい方がいいでしょう。
でも、そんな用途には使わない、会議の録音にしか使わないんだから隠す必要もないしコンパクトでなくてもいい。
そういう需要に対応したでかくて操作ミスの起こりにくいボイスレコーダーを出してくれないものでしょうか。

2014年5月 1日 (木)

たった30分の早起き

ここんところやっとライフサイクルが戻ってきた。
4月から朝7時からのNHK第2ラジオ「まいにちドイツ語」を聴き始めたのだけど、それにより生活のリズムが狂ったのか、ちょうど職場に辿り着いてその日の仕事が始まって5分くらい経ってから便意を催しトイレの個室に駆け込むようになってしまっていた。
判で押したように毎日。
それまでずっと家を出る前にトイレを済ませてしまえる生活リズムだったのに、たった30分の早起きで、しかも夕食の時間も朝食の時間も変えていないというのに、ここまで影響が出るとは驚きである。
とは言え驚いてばかりもいられない。
明らかに出すべきものを出していない状態で車で移動するのは何かあった時のことを想像すると精神衛生上よろしくないし、その日の仕事が始まってすぐに机を空にするのは同僚や上司から見て格好いいものじゃなかろう。
だが、これと言った対策も思いつかないし、様子を見ていたところ、ここ数日でもとに戻ったというわけだ。
まさか1ヶ月近くも引っ張るとは思わなかったが。
規則正しい生活というやつはちょっとしたズレで大きな影響を与えるという…これは教訓なのかな?

2014年4月 1日 (火)

FAXとシュレッダー

危ないところだった!
うちの課はFAXとシュレッダーが隣合わせにあるのだ。
と書けば、何をしそうになったかは言うまでもないと思う。
忙しくてバタバタしてたからなぁ…。
シュレッダーが小さかった時は間違えようがなかった。
しかし、故障が多いんで、よその課から大きいのを譲ってもらったら、FAXとシュレッダーそれぞれの差込み口がほぼ同じ高さに並ぶという危険な状態となった。
冗談で、これ間違えたらヤバいよなと言っていたのがマイナスの言霊となった側面もあるだろう。
絶対にやっちゃダメだと自分に言い聞かせるほど、無意識にそれをやってしまうってことは意外とあるものだ。
そういうわけで、人間はミスをするものという前提に立って、間違えそうな機械を並べておくのはなるべくやめるべきではないだろうか。
…うちはスペース的に難しいんだけどね。

2014年1月31日 (金)

算数と阿吽の呼吸

昨晩はREGZAのハードディスクに残っていた1年以上前の「テストの花道」を観ていた。
BENBUメンバーにフォーゼや猫ヶ谷に出ていた清水富美加がいたので少なくとも1年以上は前だろう。
このNHKの高校生向け受験対策番組である同番組は、大人にとっても役に立つ内容で、わりとよく観ている。
番組のキャッチフレーズである「人間は『考え方』を手に入れた途端に頭がよくなる生き物である。君にできない筈はない」によく表れているように、番組で紹介されているものの考え方は仕事で色々なことを覚えなければならない大人にも十分に有効だからだ。
というわけで、ハードディスクの整理を兼ねて古いファイルを漫然と視聴していたのだが、ちと看過ならぬ設問と回答が。
以下、その設問。

2階建てバスに乗って街を観光中。
あなたは、お客の数をバスガイドに尋ねました。
すると、
「1階には25人、2階には1階の乗客の40%の人数が乗っている」と言います。
さて、バスには何人、乗っているでしょう?

次いでその回答。

答えは35人ではなく37人である、何故なら1階には運転手とバスガイドも乗っているから。

どうにも釈然としない。
…34人じゃないのか?
だって、番組で解説されていたように25人×0.4=10人を25人に足して更に運転手とバスガイドの人数を加えるのではなく、そもそも2階の人数の求め方は「乗客の」4割なのだから23人×0.4でイコール9.2人。四捨五入して9人だ。
そうなると23+9+2で34人ではないか。
いや、もちろん分かっている。
問題文にある「25人」を俺は乗客23人+運転手とバスガイドの2人と捉えたが、この文脈では乗客の数と考えた方が素直であるということくらい。
問題の趣旨は運転手とバスガイドの人数のカウントを失念しないことにあるのだから、実際の計算で小数点以下の積が発生するようになっている筈がなく(ここ重要!)、そこから逆算して25人もまた特に明記してなくても乗客の数と捉えるのが妥当ということだろう。
そう、これはまさに設問者の意図を読み取り、その欲する答えを出す問題なのであって、設問の不備に気づかないふりもしてあげる阿吽の呼吸すら求められる極めて実戦的な問題!
社会に出て求められる人材は37人と答える部下であって、上司のミスを論うように34人と答えるようでは嫌がられる。
拠ってやはり回答は37人なのだということくらい俺も分かってはいるのだ。
しかし、やっぱり納得いかん!
算数の問題でありながら提示されている条件がファジーなのが実に気持ち悪いのだ。
ここを納得できるかできないかで、その人の人生は大きく変わっていくような気が…流石にしないけどねw