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映画 Feed

2018年5月 5日 (土)

アベンジャーズ/インフィニティー・ウォー

凄い映画でした。
しかし面白いかどうかよくわかりませんでした。
旧エヴァ劇場版で魂のルフランが流れてる時と同じで、引きは本当に見事でこれは確実に次を見に行くんですが、その一方でどうにも収まりが悪くて。
それに、世界再構築系の粛清って、同じ理屈の逆回転でどうせみんな蘇るんだろ?って思っちゃうから、アヴェンジャー全滅?とか言われてもそんなにピンチにも思えないんですよね。
実際どうなるかわかりませんけど。
ファイファンVの「無」とかどうしても頭に浮かんじゃって。
ただ、他の多くのアメコミ映画の知識があるとより楽しめるという部分については、概ね満足しています。
敷居が高いと言って批判する人もいるけど、もともとそういう映画だと分かって観に行くわけでね。
大好きなドクターストレンジとその次ぐらいに好きなブラックパンサーどっちも大活躍なんで、うまく収まってくれて満足。
その一方でアイアンマンとマイティーソーはいまいち。
アイアンマンにせよマイティーソーにせよ、それぞれの単独映画って、共演ヒーローはいるにせよ彼ら中心に世界を守っている感じがすごくしているから、実は局地戦でしたみたいに言われるのが何か釈然としないんですよね。
マイティーソーのラグナロク(邦題「バトルロイヤル」)で失われたハンマーが戻ってくるわけですが、マイティーソーの単独映画で戻ってきて欲しかったですもん。
それにヒーローがたくさんいるのはいいんですが、熱愛カップル率が高すぎて、ちょっと食傷気味です。
付き合い始めてから時間が経って落ちついてるカップルならいくらいてもいいんですが、スターク社長からして結婚間近だし、その他にも絶頂期がぞろぞろ。どのカップルを一番、応援していんだかわからず気が散って困ります。
ものすごく丁寧にこれまでの伏線を拾ってきて、個別ヒーローのシーンも大迫力。
長年のシリーズファンも単独の観客もどっちも楽しませる大ボリュームの映画なのは確かですが、情報量が多くて1度の鑑賞ではよくわからないかもしれませんね。

エンドロール後エピソード あり

公式サイト
http://cpn.disney.co.jp/avengers-iw/

2018年4月25日 (水)

レディ・プレイヤー1

古い葡萄酒を新しい皮袋に!
ん?古いだって?
いやいや古いと言っても相対的に。
ゲーム内世界を舞台とした作品は近年たくさん作られている。
そこに満を持して真打ちが登場という意味。
とは言えゲーム内世界と現実世界の同時に攻防が発生する作品は意外と少ない筈。
ゲーム内で本当に死ぬタイプが一世を風靡したし、俺自身もそのタイプの中に好きな作品も多いけど、どうしても殺伐としちゃうしそろそろ飽きが来ていた。
だから、ゲーム内で憧れのキャラになりたい憧れのメカに乗りたい、そのシンプルな喜びを実現させたゲーム空間「オアシス」は古いと同時に新しい。
素敵なレトロフューチャー。
ゲームである前におもちゃ、アニメである前にテレビ漫画。
無心に遊ぼうぜと言われてるように感じる。
…乗った!
そのゲーム内では死なないことによる緊張感の減少を、現実世界の肉体の危機と言う要素は10分すぎるほど補っている。
そうやって実現した王道。
日米サブカルチャーをなめつくすが如く豪華なキャラクター群。
ネタバレを避けたいから何が出ているかは一切、書かないかないけど、マニアとして自分を鎧で守る前の自分、こんなキャラも!こんなメカも!という楽しみをこれでもかと与えてくれるのだ。
さて、この映画でスピルバーグはゲームは果たしてシミュレーターなのか、という問題に彼なりの回答を与えている。
確かにシミュレーターの要素はある。
特に昨今の3Dゲームはどんどん「リアル」になり没入感を増している。
それが「よくわかっていない連中」からの「ゲームと現実は違う」という、まるでわれわれゲーマーがゲームと現実の区別をつけていないかのようなイチャモンにつながっている。
しかし、たいていの人間はゲームをプレイしながら、ゲームをプレイしてる自分の行為とゲーム内の操作キャラクターがどう相互に影響しあってしているか意識せずにはいられない。
のめりこみながら(いい意味で)さめている。
没入と客観視が入り混じっている。
照れながらハイテンション。
その感覚を、この映画のゲーム内世界と現実世界の行ったり来たりは見事に描いてくれている!
だから単純にいろんなキャラのいるお祭り映画としても楽しめるし、これからもゲーマーであり続ける上での無理解者に対する理論武装の道具にもなってくれるのだ。

エンドロール後エピソード なし

公式サイト
http://wwws.warnerbros.co.jp/readyplayerone/sp/

2018年4月14日 (土)

名探偵コナン ゼロの執行人

…これ、実写で作り直しませんかw
わりと本格的な内容で面白かったです。
惜しむらくは、検察や公安周辺の力関係がセリフで語られちゃってるんで、真犯人の動機が実体験に基づいた地に足のついたものに感じられず、頭の中で組み立てたものに思えてしまうこと。
でも設定からすると、それとは正反対の人なんだよね。
このチグハグさは実写だったら俳優に背中で語らせることで糊塗できるから、そもそもがアニメ向きの脚本じゃないんだと思う。
もともと劇場版が好きな理由として、テレビでやってるコナンは時々、明らかに尺の足りないことがあるけど、劇場版はそれがないってのがある。
その劇場版のメリットを要所要所の説明的なセリフは奪っているわけで、だからこそ実写の方がって考えてしまった。
今回はもう一つ気になった点が。
毛利小五郎に罪を着せた理由。
これ、工藤新一だったら、いっぱつ殴ってた筈で、そのほうがカタルシスもあるし収まりもいい。
でもコナンくんだからそれはできない。
物理的に、じゃなくて、鋭い人には正体がバレちゃうからと言うメタ的な理由で。
だから骨格となるメインストーリーについては面白いししっかりしてるんだけれども、色々と惜しいんだよなぁ。
その反面、枝葉となる部分はいつも通り面白いです。
安室と言えばカーチェイス。
一昔前だったら、やり過ぎだとかばかばかしいとか思ってたんだろうけど、今やハリウッド映画のCG多用カーチェイスがよりやり過ぎ感が大きいもんですから、ああいうのが基準になっちゃって、何かリアリティーのあるシーンに見えてしまうw
ワンマンアーミーならぬワンマン公安とでも言うべき安室透は主役を食ってしまいかねないスーパーマンなんで、実質的なダブル主人公でしたね。

エンドロール後エピソード あり

公式サイト
http://d-conan.jp/movie22

2018年4月 9日 (月)

ジュマンジ ウェルカム・トゥ・ジャングル

前作が単にゲーム内の世界が舞台と言うにとどまらず、メタフィクションとしての楽しみも追求していたのに対し、今回はシンプルな「往きて還りし物語」となっていました。
ゲーム内世界メタフィクションがここ20年で当たり前のものとなっていたから、今さらそれをやってもてなわけで王道異世界アドベンチャーをやるってのは正解なんだろうけど、王道すぎてこれといったものはなかった。
今回は吹き替え版で観た。
今風の高校生言葉を意識した上での和訳はどこかとんちんかん。
予告編の「マジジュマンジ!」連呼時点でかなりいらっとさせられたし、
実体のない流行語として批判のあった「神ってる」が出てきた時は頭を抱えた。
でもまぁ和訳の完成度は兎も角、90年代と現代それぞれの若者言葉を対比させることに作劇上の意味があるのだから、仕方ないんだろうなぁ。

エンドロール後エピソード なし

公式サイト
http://www.jumanji.jp/sp/

2018年4月 6日 (金)

精霊カフェ

チャイナ版アウターゾーンのような話。
夕張の映画祭で観てきました。
貧しい結婚式に腹を立て結婚式場から逃げ出す花嫁の文燕。
北京の結婚式の相場は知らないが、中華料理屋で式を挙げ、遊園地の子供用機関車のような車でパレードするのは相当に…よく言えば素朴、悪く言えばみみっちいのだろう。
そんな彼女が北京の裏町、胡洞の隠れ家的バー「精霊カフェ」に迷い込み、散々、愚痴をこぼして、美貌のバーテンダーの作る怪しげな魔法のカクテルを飲むことで、彼女は世にも不思議な体験をすることに。
こういう話だと邦画だったら完全なハッピーエンドにするところだが、そう単純にはいかないところが面白い。
このわがままな花嫁にも同情すべき点はある、とつい俺なんかは考えてしまうのだが、大陸の思考パターンは違うようで、彼女に注がれる制作サイドの視線の厳しいことと言ったら!
しかも、物語が進むにつれて、新郎の譚術が如何にいい人かが、回想シーンや文燕に秘密にしていた事実等を交えて、これでもかこれでもかと描かれる。
あまりにも満漢全席のようないい人要素のスコールに、途中から変な笑いが。
だって、花婿がいい人であればあるほど、花嫁の理不尽さが強調されて、ヒシヒシとやな予感しかしないw
結末は皮肉もいいところで、喜んでいいんだか悲しんでいいのか、狐につままれたってのはこういうこと言うんでしょうね。
いかにもシリーズものの中の1エピソードという感じなのに続編は絶対にないような落とし方をしてるのも、この不思議な感覚の一部なのかもしれない。

公式サイト…はないので、
夕張の映画祭のサイト
http://yubarifanta.com/films/4481/

2018年4月 5日 (木)

ナナちゃんOh mein GOTTしよ

なんか食べながら観ちゃいかんよ。
わたしは夕張の映画祭で観てきました。
「パンツの穴」系統の「明るいスケベ」映画。
しかし、扱う題材は…
繰り返しますが、なんか食べながら観ちゃいかんよ。
苔の一念、岩をも通すというか、中高生のうちだけですよね、大声で「やりてー!」って言っても馬鹿な奴だなぁ程度で許されるのは。
でも俺も含めて大半の人は、若い頃でもそんな事は恥ずかしくてできなかったのでは?
で、まぁそれでも、若い頃に戻れたら大声で叫びたいとも思わないんだけど、どことなく羨ましくもある。
何か食べながら観ちゃいけない渾身の演技からは、そんなことが伝わってきます。
男に好きと言われて嬉しくない女はいないと言われますが、そんなことないですよね実際はw
しかし、そのファンタジーを真っ正面から描いています。
何か食べながら観ちゃいけない主人公を描くことで。
何か食べながら観ちゃいけない、って何回、書いたっけ?
ギリギリ、ネタバレになってないよね?
愛の告白ってギリギリのラインでなりたってるところがあるけど、双方ともにギリギリのラインを超えてれば、逆にお互いにはなれられない気がするw

公式サイトはないので、ゆうばり映画祭のサイト
http://yubarifanta.com/films/4478/

2018年4月 3日 (火)

リメンバー・ミー

ミュージシャンになりたい少年・ミゲルと反対する家族。
…と言うと邦画なら少年の意志こそ絶対正義、邪魔するものは親でも悪!みたいな作劇になるのが通例だが、この映画の舞台はメキシコ。
少年にとっては家族も大切だ。
家族が音楽を嫌う理由は遠くご先祖様からの因縁にある。
ふとしたことから死者の国でご先祖様に出会ったミゲルは、それら全てと向き合うことになるのだが…。
メキシコ人の死生観、それを踏まえた家族の在り方が、懐かしさと目新しさのハーモニーを奏でて我々を魅了する。
昨年の「モアナ」も舞台となる南洋の神話がとても目新しく、未知の体験への驚きに満ちていたが、このRemember Meも見るもの全てがワクワクでいっぱいだ。
ファンタジーが中世ヨーロッパ騎士と魔法使いフォーマットに則ったものだけでは面白くない。
きらびやかで音楽に満ちた、しかしすぐそこに悲しみの影が忍び寄っている死者の国のイメージは、これぞ「幻想と言う意味の」ファンタジーと断言できよう。
とは言え日本人にも理解しやすい世界観ではある。
本邦でもお盆にご先祖様は帰ってくるし、誰も覚えていなくなった時に人は本当に死ぬ、という考え方は人が自分の人生の意味を考えるときにその大黒柱として自分を支えてくれる。
それにしてもなんと誠実に死と向き合っていることか。
日本で死者の国を扱った子供向けの映画で、主人公の少年少女が閻魔大王その他諸々に涙ながらにお願いすると死者が甦るパターンがあるが、俺はガキの頃からそれが子供だましに思えて実に嫌だった。今でも嫌である。
それと比べて、冷厳たる事実があってだからこそその中で精一杯の喜びも悲しみもあるのだと言ってくれるこの世界観は厳しくも優しい。
死者は自分たちを縛る。
しかし優しく見守ってもくれるのだ。

エンドロール後エピソード なし

公式サイト
https://www.disney.co.jp/movie/remember-me.html

2018年3月28日 (水)

穴を掘る

夕張の映画祭で観てきました。
これ大好き。
圧倒的な実在感と説得力。
ただ大勢の男達が篝火に照らされながら穴を掘るだけなんですよね。
台詞もない。
そのうち2人の男が対峙し、ひたすら穴を掘る。
やがて片方が力尽き、もう片方は勝利の実感を得る。
ルールはない。
判定もない。
しかし、その場にいる誰もが誰が勝者かを知っている。
もちろん、その「場」を共有した者達以外に意味はないのだろう。
だが、だからこそ、プリミティブな闘争たり得る。
スポーツがスポイルしてしまっている原始的な闘争に魅入られた男達の姿に共感を覚える人も多いのではないだろうか。
スコップや鶴嘴の音がリズミカルに響く「祭り」の様子にもトリップ感がある。
それはそうと、主人公は普段は普通の会社員でひたすらパソコンに向かっているけど、こんなワイシャツの上からでも分かるガチムチマッチョなサラリーマンがいたら、同僚の女の子が放っておかないよねw
某小野田坂道くんが、実際にはかなりの細マッチョな筈、ってのと同じで。

公式サイト…はないので、
夕張の映画祭のサイト

http://yubarifanta.com/films/4474/

2018年3月27日 (火)

パズル

罠にはまったエリートサラリーマンが次々と命の危険にさらされる。
つくづく韓国でエリートにはなりたくないと思った。
まぁなりたくてもなれませんがw…それはそれとして。
夕張の映画祭で見てきました。
主人公のドジュンがあまりにもかわいそうで、つかみはバッチリ。
大企業の課長職でベストセラー作家でもあるにもかかわらず、一人娘はまだ10歳なのにカナダに留学、奥さんも同行してるから自分は一人暮らし。
しかも妻子が一時帰国するからと美人の部下の据え膳も食わずにうきうきと帰宅したらうそかほんとか娘の病気で帰国できないとの電話。
コンビニ飯で侘しく夕食を済ませる姿には、作り話ながらふつふつと彼の妻子に対する怒りがw
韓国ではお金持ちは子供の教育は英語圏の外国で行うことも多いと聞いたことがあるが、そのことで一家の大黒柱がこれほどの我慢を強いられるとは…。
ふとしたことから手を出してはいけない女に手を出して底なし沼にズルズル引き込まれる展開にも、こみ上げるのは自業自得ではなく気の毒な気持ちでいっぱいだ。
平穏な日常から暴力に次ぐ暴力の異世界への扉の役割を果たす高級娼館のVIPルームの「何も事情を知らなくても明らかにヤバそうな感じ」がすばらしい。
「マジカルガール」のスペインの娼館の「トカゲの部屋」を思い出す。
これがあるからドジュンが引き返せないところに足を踏み込んでしまったという認識が刷り込まれる。
企業がクレーマーを含めトラブルへの対処を当たり前のように闇社会に依頼する様子に、文化の違いを感じる。
日本の企業ドラマでもないとは言えないが、よほどのことがない限り避けることを思うと、このビジネスライクな感覚は正しく「異国」だ。
拳銃があるのにそれで全てスマートに解決するのではなく、生々しい肉弾戦があるべき状況ではちゃんと織り込まれる演出にも迫力とリアリティーが感じられる。

公式サイト…はないので、
夕張映画祭のサイト
http://yubarifanta.com/films/4465/

2018年3月26日 (月)

トゥーム・レイダー ファースト・ミッション

インディジョーンズのようなゲームの映画化の更にリブート。
ゲーム自体もリブートであり、その映画化でもある。
複雑な経緯を経て、最初のトゥームレイダー映画以上にインディジョーンズっぽくなっているが、むしろ嬉しい。
最後の聖戦を彷彿とさせる親娘コンビも、新生ララ・クロフトに親近感を沸かせてくれる。
アリシア・ヴィキャンデルははまり役だ。
こう言っちゃあなんだが、色気が「ない」ところが鍛え抜かれたトレジャーハンターとして説得力があってとてもよい。
俺はおっぱい星人なので本来なら巨乳とアクションを兼ね備えた前作までのアンジーの方がストライクゾーンの筈なんだが、これはこれでよい。
ムチも鞭もどっちもいい。
節操がないw
いやいや、巫山戯てる訳じゃなく、アンジーだったら胸がつかえてこなせないシーンが2箇所もあるぞ。
続編は間違いなくあるだろうけど、スリムな体型を生かした新生ララならではのトラップ回避をこれからも見せてほしいと思ってる。
今回の盗掘現場の卑弥呼の墓も「ムー」レベルのトンデモだけど、和風インチキ感が素敵でなかなかそれっぽい。
リブートは成功と言っていいんじゃないかな。

エンドロール後エピソード なし

公式サイト
http://wwws.warnerbros.co.jp/tombraider/sp/