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映画 Feed

2016年12月27日 (火)

ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー

ハンマー・ヘッド・コルベットかっこいい!
衝角シップと思わせておいて突き破るのではなく叩きつけるためのハンマーヘッド。
それを実現させる強力な推進力。その説得力たる多連装エンジン。
この最大の見せ場たる、実際のところEP1〜3や7ではついぞ登場しなかった新たなフェイバリットメカが、主人公達どころかサブキャラですらない名もない兵士達の操艦に拠るものってのが、この映画の性格を表しているように思います。
ルークやソロ達のような時代の主役たる英雄ではない人々の草の根の抵抗運動を描いたスピンオフ。
故にジーン達だけではミッションを達成できず、様々な人達の活躍が「連鎖反応」を引き起こすことになります。
帝国はいつも恐怖による支配を企み、却って多くの反逆者を生むわけです。
とは言え綿密な計画どおりでは娯楽として意外性に欠けるので、臨機応変に対処しなければならない。
この繋がりが上手い。
よく考えると、これってどこかで感じたような感覚だぞ?そうだ!わらしべ長者だ!バケツリレーだ!となるのですが、そうは思いながらも引っ張られていくんですよね。
こういう複数主人公ものってダメになることが多いのに、よくもこうまで疾走感の溢れる楽しさにしてくれました。
EP7より好きかもしれません。

スタッフロール後エピソード なし

公式サイト
http://starwars.disney.co.jp/home.html

2016年11月27日 (日)

ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅

なんか世界観の構築が荒いなあ。
こんなにたくさんの魔法使いが当たり前のように忘却魔法を連発したんでは、ギルデロイ・ロックハート先生の立場がないじゃありませんか。
舞台の殆どが人間界とは隔絶された魔法界だったハリーポッターシリーズとは異なり、現実世界のアメリカが舞台で魔法使いが如何に人間に気づかれないように生活しているかを描くシリーズと思えばこそ期待もしていたんですが、何が起こっても壊れたものを元に戻す魔法と記憶を消す魔法を使いまくって、最初から何もなかったかのようになるってんじゃ、便利すぎて物語の緊張感は何処へやらです。
あと前から思ってたんですが、ローリング作品はサブキャラに比重が偏っていませんかね。
まぁそれでもハーマイオニーを射止めたのがロンだったのは、そもそもハリポタシリーズにおいて恋愛要素は二の次で、メインの名前を呼んではいけないあの人討伐はハリー中心に進んでいたから特に気にならなかったんですがね。
コワルスキーが目立ちすぎですよ。
魔法使いでもなんでもない一介の工場労働者であるコワルスキーは今シリーズのロン的存在でそりゃあいい奴ですけど、主人公のニュートより美味しいところを持ってってどうするんだよ!
魔法生物がたくさん登場するのにメインの活躍はあくまで人間の魔法使いというのも、タイトルを考えるとどうなんだ、って感じだし、なんかパッとしない映画でした。
これ本当に5部作も作るのかなぁ…。

エンドロール後のエピソード なし

公式サイト
http://wwws.warnerbros.co.jp/fantasticbeasts/

2016年11月21日 (月)

この世界の片隅に(アニメ映画)

戦争中でも日常はある。
しかもその日常は別に暗くない。
人間はどんな状況でも何か楽しいことを見つけて明るく笑って生きることができる。
涙と元気が同時に湧いてくる、泣けるハッピーな映画だ。
これまでの戦前戦中戦後を描いた作品では人々は一様に暗い顔をして溜息をつきながら生きていて奴隷のように打ちひしがれていたという描写が多かったが、それが如何に一面的なものの見方だったのかがよく分かる。
色々な証言や本からそのことは分かっていたのだが、こうして映像になると説得力がいや増す。
すずを演じる能年玲奈(のんと改名)の演技は素晴らしかった。
ある出来事で強くなりたいと誓う彼女だが、困ったねぇ、といいながらのんびりとした笑顔でそれを乗り切るすずの姿は十分に強い。
ボーッとした声の印象がだんだんと変わっていき、その芯の強さが伝わってくるようになる、その過程はぞくぞくするような快感だ。
ドルトン・トランボが赤狩りで干されてそれでも匿名でアカデミー脚本賞を獲った時に
「彼の名前を奪うことはできても才能を奪うことはできなかった」
と誰かが言ったそうだが、まさに能年玲奈の名前を奪うことはできても才能を奪うことはできなかったわけだ。
意図的にパターンを崩しているところもあって、戦争ものではこういうキャラは生きる死ぬどういう目に遭うという類型が必ずしも通用しない。
そのことで真剣な物語づくりの姿勢が何時しか観劇するこちらの居住まいを正させ、各人物についてこの人に生きていてほしい死んでほしくないという気持ちが湧き上がってくるのも素晴らしい。
劇場で聞こえたすすり泣く声も、それが故であろう。
だが、涙とは次に笑うためのもの。
実に読後感のよい映画であった。

エンドロール後エピソード なし

公式サイト
http://konosekai.jp/

2016年11月13日 (日)

ジャック・リーチャー NEVER GO BACK

これは面白かったなぁ。
ただ、似たような映画が続いたからさ。
ジェイソン・ボーンにインフェルノに。
どうしても、まかたよって思っちゃいます。
しかし、上で挙げた2作に比べて物語がすごくシンプルですから、そこがよかった。
気になる点としてIT時代の諜報戦描写って、どうしても似通っちゃうのかなぁ、すごく既視感が。
まぁ、黎明期だからだとは思うんですけどね。
例えば刑事ドラマの電話逆探知シーンが他局の刑事ドラマの逆探知シーンと似てるとか批判する人はいない、だってそれ以外に描きようがないんだから、それと同じようなところに何れは落ち着くのでしょうけど。
あと、攻撃が当たっているように見えるような見えないような微妙な箇所が数カ所。
でもやっぱり天涯孤独のアウトローに実は娘が?という本筋はしっかりしてるから、そういう枝葉はあまり気にならないですね。

スタッフロール後エピソード なし(即時退館可能)

公式サイト
http://www.outlaw-movie.jp/

2016年11月 6日 (日)

第3回新千歳空港国際アニメーション映画祭2016

この映画祭のことは今年になってから知りました。
やっぱり札幌に住んでいないと札幌圏のイベントへのアンテナは低くなっちゃいますね。
ただ、今年は特に大きくPRしたんじゃないかと思うんですよ。
だってわたしの後ろに並んでいた女の子達のお喋りによると、去年はもっと空いていて並ばなかったそうですからね。
ふむふむ、想定外の大盛況、か。
ならばあの混雑も頷けるというものです。
すごく混んでました。
そもそも会場に着くまでが一苦労。
空港の駐車場は満杯で、臨時駐車場(未舗装だったんで本当にただの空き地)にクルマを止めて20分間隔のシャトルバスで空港に戻る有様。
来年もこの調子ならJRで来るべきだとつくづく思いました。
で、着いたら着いたで殆どの有料プログラムは早めに並んでないと満員御礼で見られない。
実際、11/5の13:00頃に到着して14:30からの「哀しみのベラドンナ」まではまだ時間があるなと思って無料コーナーでワークショップを聞いて時間を潰して14:15頃に余裕を持って到着したつもりで会場のシアター2に行ったらとっくに満員御礼。
ならば14:30からのもう1つのプログラムである「インターナショナルコンペティション2」はどうかと思ったらこっちも満員御礼。
ここでもうグッタリしてモチベーション下がりまくったんですが、それでもせっかく来たんだから17:00からの「日本コンペティション」は確実に見ようと16:00から並ぶことにし、喫茶店で3DSのバンブラPをやりながらひたすら時間を潰したのでした。
これについては言いたいことが2つあって、まずは映画祭なんだから立ち見くらいさせてほしい。
例えば夕張の映画祭では詰め込むだけ詰め込ませてくれて、雪の上に座って観た映画もあったくらいだけど、それで誰も文句なんか言いませんよ。
それが会場の映画館の方針で駄目だって言うんなら、整理券を全てのプログラムで用意してほしい。
大人気プログラムだった「ミュージック・アニメーション・ライブ」では整理券が用意されてて、それは16時からの開演で13時の時点で整理券が全てはけていたようだけど、他のプログラムの盛況を考えると、整理券は必須にした方がいい。
1DAYチケットを買ったけど結局は1作品しか観られないことになった人が受付に談判してたけど、そりゃそうですよね。
ここらへん来年は考えてほしいなぁ。

公式サイト
http://airport-anifes.jp/

2016年11月 1日 (火)

インフェルノ(映画

毎度お馴染みラングドン教授の観光名所巡りサスペンス。
教授の考古学の知識の前にはありきたりの観光地も謎に満ちた神秘の舞台に早変わり。
観光客をかきわけながらの追いつ追われつが展開します。
けど…敵の主張が今さら手垢がつきすぎていて、馬鹿馬鹿しくて聞いてられないレベル。
そりゃあ、人類を滅ぼそうと企む理由なんて、ありきたりにならざるを得ないでしょうけどね。
愛する者とずっと一緒にいたい、その属する世界をまるごと大切にしたいという気持ちに欠けた極めて視野狭窄な「愛」。
そんなのを見て、愛ゆえの暴走みたいに思えって方が無理です。
その関連で理知的なんだか狂信的なんだか、こいつ二重人格なんじゃないか?的なキャラも目立ちますしね。
あと、映画だし作り話だしこういうことはよくあるよね、的な描写を、後になって不自然だからという理由で伏線にしちゃうのって卑怯というか禁じ手でしょう。
でも、演技はよかったんで、シナリオの単純さがだいぶ目立たなくなっています。
年甲斐ないのが特徴だったラングドンが年相応の気配りと愛情表現ができるようになったのは、やはりトム・ハンクスの熱演によるものです。
サブキャラではブラックビジネスのボスがとてもいい雰囲気を醸し出していた。
あのキャラは荒唐無稽なんだけど、これも演技に救われてます。

スタッフロール後エピソード なし(退席可能)

公式サイト
http://www.inferno-movie.jp/site/

2016年10月30日 (日)

デスノート Light up the NEW world

面白かったです。
キラ後の世界。
キラやLのような天才はいないが、それだけノート犯罪の被害は悲惨なことになる。
知能犯より粗暴犯の方が厄介ということなんでしょうね。
優秀なインテリと言えどもメンタルが弱いと保身のためなら美学を捨てる。
もちろん夜神月の美学など身勝手な狂人のものだが、それは彼自身の行動を縛る。
ランバ・ラル曰く「正確な射撃は予測しやすい」わけで、だからLの後継者にしてLのような天才ではない竜崎がLを超えるとしたら、まさにその凡人の部分なのでしょう。
しかしデスノートは便利なようでルールで雁字搦めだから被害や影響は大きくても関係者は箱庭の住人達になる。
原作から拾っていなかったエピソードを翻案したギミックもあり、色々と予測のつく部分も多かったかな。
菅田将暉はいつもどおりでした。
しかし、その彼に求められているいつもどおりの役を、トコトンまで突き詰めた感じでした。
そして1作目に引き続きミサミサを演じた戸田恵梨香。
彼女は劇中でも女優ですが、ミサミサどころか清楚高田を演じられるくらいの「美人」になっています。
抜け殻のように生きてきた10年間が伺える空虚さを熱演…いや「冷」演していました。
というわけで、大きな破綻も感じない箱庭でしたが、やはり気になる点も。
例えばデスノートにあの人の名前を書いたのは誰なのか。
デスノートが効力を発揮する条件2つを満たすのはあいつしかいないから書いたのはあいつだ、と分かるんですが、それだともう1つの条件を満たしていませんよね…。
ネタバレじゃないように書いたんでここは劇場でご確認ください。
あと、松田さんは一人の人間としては夜神月のことが好きだった、というのは前作時点においては自然な感情だと思うんですが、生きているかも知れないと知った時に何の複雑な感情もなしにただ生きていること自体は嬉しいでいいんでしょうか。
でも、それらもあくまで劇場を出た後で気になる程度でしかないかな。
ずっと引っ張られて観てました。

スタッフロール後エピソード あり(席を立たないように)

公式サイト
http://wwws.warnerbros.co.jp/deathnote2016/index2.html

2016年10月26日 (水)

聲の形(アニメ映画

健常者の学級に放り込まれた聴覚障害者という「異物(エイリアン)」。
西宮硝子は硝子のように脆い。
彼女は強いから自分に対する虐めが存在しないかのように振舞っていたわけではない。
それ以外の選択肢はなかったのだ。
そのことは虐めた側のクラスメイト達にも言える。
かと言って加害者に寄り添った映画というわけでもない。
微に入り細を穿つように描かれる各人各様の呻吟する痛み叫び。
何時しかどちらがいい悪い、それを包括した「どちらがいい悪いというわけでもない」、そんな客観的な理解をしようとすることすら恥ずかしく思えてくる。
これは加害者と被害者それぞれの心理をトコトンまで突き詰めることによって、どっちの味方などという浅薄なスタンスを超越したドキュメンタリー、現実以上の現実がそこにあるのである。
西宮硝子をただ放り込みただ放任しついには激昂した担任教師。
彼の在り方はとてもひどいように見えるが、実にリアルな造形だ。
障害のある子供にとっても健常者の子供にとってもWINWINであると無邪気に考えていたのだろう。
だが、子供は天使でも悪魔でもない。
ただ等身大の子供なのだ。
そして教師も最初から一人前の教師なわけではない。
ドラマ「鈴木先生」の主人公は問題児ばかりでなく普通の子供のストレスに向き合うことに自覚的だったが、みんなあのような名教師なわけではない。
誰も理想的な親、理想的な近隣の大人、理想的な教師、それらを含めた理想的な環境で育てられるわけではないことを、あの教師は体現している。
環境を嘆くのではなく強く生きる力を得なければならないことに硝子のような障害者も将也のようなガキ大将も変わりはないわけだ。
だからこそ高校生になった全員がそれぞれ向き合わなければならない問題を抱えている。
その生々しいぶつかり合いこそがこの映画のクライマックスだ。
傷だらけの青春、そんな古めかしい言葉がとてもよく似合う青春映画だ。
それにしても、京都アニメーションの表現力が突き抜けている。
硝子の2人は原作通りのタッチなのに、それ以外のキャラがいつもの京アニキャラになっている。
これは本来なら違和感を感じさせる要素の筈だ。
だが、溶け込んでいる。
まるでルパンとクラリスが同じ世界にいても全く違和感がないのと同様に!
これは、これ以降、どんな世界をも京アニタッチで描き得ることを意味する。
君の名は。のヒットの裏で京都アニメーションも一般観客に向けてヒットを飛ばした。
2016年は記念すべき年なのだ。

公式サイト
http://koenokatachi-movie.com/

2016年10月23日 (日)

スタートレックBEYOND

…カークの一人息子って映画の2作目で死んでなかったっけ?
と思って映画館を出た後で調べたら、既にリブートしてからこれが3作目なんだってね。
そんなことすら知らずに観に行ったわけですが…うーん、つまらん。
各シーン個々のクオリティは高いと思うんだけど、どうにも盛り上がらない。
やっぱり、冒頭の大スペクタクルであるところの大破壊。
あそこが大興奮に面白くて、これほどの大ピンチからどう逆転するのかワクワクしてたら、そこが最大の山場だったという。
しかもあれほどの大惨事で息子カークがなんのお咎めも受けてないっておかしいだろう。
息子カークにも責任がないとは言えないし。
だいたいリブートのことはずっと知らなかったけど、それぞれの2世が登場するとても安易な世代交代やっちゃってるとか、ガッカリです。
ただ、さっき言った個々のクオリティの高さはやはりあって、エンタープライズの乗組員の生活はなかなか楽しそうで、20世紀に想像していた明るい21世紀をモチーフに最新技術とセンスでアップデートしたようなカラフルさには目を奪われる。
なんとなくシリーズファンの満足度は高そうな映画だ。

エンドロール後エピソードなし(退室可能

公式サイト
http://www.startrek-movie.jp/

2016年10月20日 (木)

君の名は。(アニメ映画)

ジュヴナイルですよね。
時かけ同様に運命の人であることが舞台装置と密接に結びついている。
「ムスビ」ついている。
これは大袈裟でも荒唐無稽でもない。
少なくとも主観的には。
だって恋愛とはそういうものでしょう。
世の中には自分と相手しかおらず、自分と相手を中心に世界が回っている。
主観的にはそれで何の問題もない。
知りたいという気持ちと好きであること。
鶏と卵じゃないけどそれはクルマの両輪だ。
会ったこともないけどある意味ではよく知っている相手のことを強烈にもっと知りたいと思ってしまう状況に投げ込まれた瀧くんと三葉は、もう両想いになるしかないわけです。
好きになる前はともかく好きになってしまった後では運命であったと思いたい、そういう誰もが持っている気持ちを思い出させてくれる。
軸がしっかりとしてブレないからこそ、自らを投影させてドップリと感情移入できるわけです。
それにしても三葉はかわいいですね。
初めて上京した時の車内での自問自答なんて身悶えしちゃうほどです。

公式サイト
http://www.kiminona.com/index.html

スタッフロール後エピソード なし