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2019年5月15日 (水)

D&D5e疑義案件その20〜セレモニーの効果は一生に1度?

「ザナサー」161ページ1レベル防御術(儀式)呪文「セレモニー(祭儀)」。
1時間かけて儀式を行わなければならないだけあって、1レベルなのになかなか強力な呪文だ。
呪文構成要素である25 GP相当の銀の粉末も駆け出しの冒険者にとってはなかなか痛いだろう。
だがそれよりもっと強い制約がある。
選べる複数の儀式の中には、エントリータイトルにあるように一生に1度しか効果を得られないものがあるように読めてしまうからだ。
聖水を作る「水の祝福」、死体をアンデットにさせないように守る「葬儀」、何らかの理由で変わってしまった属性を元に戻す「贖罪」については特に回数制限は無いようだ。
しかし最初に項目立てされている「献身」の儀式については回数制限がある。
そしてその回数制限がよくわからない。
同項目3行目を抜粋する。曰く、
1体のクリーチャーがこの祭儀の利益を得られるのは1度だけである。
一度と言うのは一生に1度のことか?
そう、タイトルの疑問はここのことを言っているわけだ。
ここでヒントになるのが「成人」の儀式だ。
ここにも全く同じ表現、同行目3行目に1体のクリーチャーがこの祭儀の利益を得られるのは1度だけである。とある。
1人の人間が成人するのは(ループものを除けば)1度だけなので、これは当たり前のことだ。
ここから類推するに、やはり「献身」の儀式も効果を得られるのは一生に1度だけと考えた方が自然だ。
つまり献身の儀式と言う言葉だからわかりにくいが、要するにこれは特定の神への信仰の入信の儀式なのだろう。
同項目1行目の君は、君の神への奉仕に身を捧げようと思った人型生物1体に接触するは正に宗教的儀式と言うわけだ。
祭儀は必ずしも信者に対してのみ効果を発するわけではないから余計にわかりにくいが、少なくとも「献身」の儀式に関しては信者専用だ。
それにしても「婚礼」の儀式は再婚すれば再び行えるのだが、同項目4行目には結婚した相手の死によって独身となった場合のみと規定されている。
…これ、死因については何も書かれてないよな。
この儀式の効果が神の祝福に拠るものだとも書いていない。
つまりこの儀式を行うウィザードの目が節穴だったら、青ひげのような男を祝福し続けるかもしれないし、わかっていて祝福することにも何の問題もなくなってしまう。
ここらへんはこの魔法のセキュリティホールとも言うべき欠点だが、むしろシナリオのネタになると思うので塞がないでおこうと思うのだった。

2019年5月14日 (火)

劇場版シティーハンター新宿プライベート・アイズ

内容に文句は無い。
作られたことに最大の意義がある映画。
たぶんガンダムにおけるF91的な使命があって、これを突破口として映画なりテレビなりの新シリーズが始まってくれれば、万々歳と言うものである。
え?縁起でもない?
シティーハンターはこの20年間、何をやっていたのか。
香が死ぬ前のシティーハンターの世界線と
香が死んだ後のエンジェルハートの世界線。
シュタイン◯◯ートは…じゃなかった、制作側はずっと後者を選択し描いていたのだが、香の人気が圧倒的であることを踏まえて、やっと前者を選択することにしたのだろう。
個人的にはエンジェルハートも好きだから、必要に応じてどちらの世界観をも描いていけばいいと思っていたけど、そこまで割り切る人は少数派なんだろうなぁ。
まあ、方針は決まったんだから、これからどんどん作っていってほしいと思う。
さて、敵がメカであることで敵の攻撃が当たらないことが目立ってしまってリアリティーラインが下がっているんだけど、こっちの方面をエスカレートさせると早晩インフレが限界に達してしまうので、次は人間の悪党を敵にしてほしい。
気になるのはそれくらいかな。
いつものメンバーが出てくるのも楽しかったけど、新宿の住人たちみんなに愛されている様子はやはり冴羽獠と言うキャラならではだと思う。

エンドロール後エピソード あり
公式サイト
https://cityhunter-movie.com

2019年5月13日 (月)

D&D5e疑義案件その19〜セイレンの接触とネレイドの接吻に命中判定は不要なのか

D&D5e「大口亭」240ページ「セイレン」及び245ページ「ネレイド」。
どちらも美人さんの妖精だ。
D&D5eではエルフと区別をする意味でフェイと言う。
このどちらも人間を見たら問答無用で襲いかかってくる、所謂「モンスター」でははなくて、戦闘が発生するとしたら、それは冒険者の側が理不尽な力押しをしてきた場合と思われる。
セイレンは手で触れ、ネレイドは接吻することで、人間にダメージを与えるのだ。
ここで気になることが1つある。
命中判定の事がどこにも書いていないのだ。
その上でセイビングスローのやり方とそれに成功または失敗した場合の効果について書かれている。
これは無条件で命中すると考えて良いのだろうか。
影や電撃をまとった手で攻撃するヴァンピリックタッチやショッキンググラスプは近接呪文攻撃扱いなので当然に命中判定を必要とする。
目の前に怪しい影や電撃をまとった手を掲げながら自分に触れようとする奴がいたら当然かわそうとするだろうから、これは当然のことだ。
これら手で触る攻撃とセイレンの接触やネレイドの接吻はどこが違うのか。
違うとしたらロールプレイ的にどう解釈すれば良いのか。
方法の1つとしてやはり命中判定を行うのも良いだろう。
その場合モンクの素手と同様に習熟しているものとみなす。
習熟ボーナスは脅威度をレベルとみなして算出すればいい。
この方法はめんどくさいが、一方的に触られるのは納得がいかないからかわせるものならかわしたいと言うプレイヤーの要求に応えることになるだろう。
あるいは無条件に必ず命中することにするか。
この場合、美貌の妖精の雰囲気に飲まれてしまっているとでも理由をつければいいだろう。
個人的には2つ目の方法の方が望ましいと思う。
性別と年齢によってはおかしなことになるわけだけどね。

2019年5月12日 (日)

ドラクエVII語りその6〜見事な「平和ぼけ」のセリフ回し

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終盤になった終盤になったといいつつまだ終盤ではなかったんだけど、これはさすがにホントの終盤か?と思えるようになってきたドラクエセブン(3DS)
その中で考えさせられたセリフがこれ。
「チェックなんかしなくたって1度も使ったことない新品ばかりなんですけどねえ」
平和な世界にモンスターが出てきて上官に武器のチェックを頼まれた兵士があきれた口調でぼやいているわけですが。
このセリフ、プレイする側がどの程度の知識を持っているかによって受け取り方が違ってくる。
武器と言うものは日ごろから手入れしておかないとダメになってしまう、このことを知っているプレイヤーにとっては、おいおいまさか手入れしてないじゃないだろうな?新品とかそういう話じゃないぞ、とうすら寒い気持ちになってくる。
手入れのことなんか特に知らないプレイヤーにとっても、使う前には点検しておくのが当然だろうとは思うわけだから、普通に平和ボケな兵士として見ることができる。
特に深読みせず漫然とテキストを追うプレイの場合でも、そののんびりした口調に、おいおいしっかりしろよと慨嘆できる。
これを計算してやってるのかどうかわからないけど、対象とする幅が広い「ドラクエのセリフ回し」の典型だと思うのですごく印象に残りました。

2019年5月11日 (土)

D&D5e疑義案件その18〜インファーナルコーリング

D&D5eのルールブックで読んでいて疑問を感じる項目は呪文やマジックアイテムに集中しているが、それは個々の項目にまでなかなかチェックが行き届かないからなのかもしれない。
まあ、基本的なルールで疑義が生じるよりマシか。
「ザナサー」152ページ、5レベル召喚術呪文「インファーナルコーリング」。
脅威度6以下のデビルを召喚できる魔法だ。
より高いレベルで唱えれば、より強い悪魔を召喚することができる。
まさに召喚術の本領発揮とも言うべき呪文だけあって、かなり事細かに丁寧に記載されている。
だが丁寧なのは30行まで。
31行目から始まる特定の悪魔の護符を使って召喚する方法がたった4行しかないこともあって、かなり説明不足なのだ。
ぱっと見だと、護符を持っていればこの呪文を唱えなくても、いや覚えてさえいなくても召喚できるかのように読める。
しかし、それだと書いてる内容と矛盾するのである。
検討のため以下に31行目から33行目を引用する。
1.もし君が特定のデヴィルの護符を手に入れており、
2.そのデヴィルの脅威度が(この呪文で召喚可能な脅威度の上限+1)以下ならば、
3.君はそのデヴィルを召喚できる。
4.そのデヴィルは【魅力】判定の必要なく君の命令にすべて従う。

繰り返すが、護符さえあればそれこそ一般人であってもデヴィルを召喚し命令に従わせることが出来るように読めてしまう一文だ。
だが、呪文の使えない人間が護符だけで悪魔を呼ぼうとすると上の1から4のうち2が意味不明になってしまう。
「この呪文で召喚可能な脅威度」とは、インファーナルコーリングを5レベルで唱えた時の脅威度6、6レベルで唱えた時の脅威度7、7レベルで唱えた時の脅威度8のことを指すのだろう。
つまりこの護符は、あくまでインファーナルコーリングを唱えるときの補助となるアイテムと考えた方がよさそうだ。
悪魔召喚はやはり専門職の仕事だ。
専門の知識がなくても召喚ができるアイテムがあるとしたらそれはよほど貴重なものだと言うわけだ。