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2018年5月 7日 (月)

ダンジョン&ドラゴン

あちこちでネタ映画的扱いをされていてちょっと食指が伸びなかったんだが、昨年からのD&D復帰を期に見てみました。
そしたら、単にあまり面白くないB級映画ってだけで、そんなに叩くような物とも思えない。
いや、D&Dファンからするとカチンとくる部分があちこちにあるのは分かりますよ。
でも、「馬鹿にしてもいい映画」カテゴリに入れられて、いかにスタイリッシュかつスノッビーに小馬鹿にできるかを競っているようで、みっともないっていうかいい気分じゃない。
D&Dの設定といろいろ違っていて、D&Dを名乗る意味がないのも確かなんだけど、見るべき点もいろいろあるじゃないか。
てなわけでポジティブにいろいろ突っ込んで行こうと思います。
まず冒頭のナレーションで「イズメール王国」と言うのが出てくる。
D&Dの背景世界にはあまり詳しくないんでさっそく検索。
どうやらフォーゴットン・レルムでもドラゴンランスでもなく、映画オリジナルの世界の模様。
ならば設定がどうとかあまり深く考えなくていい気分になる。
メイジがメイジ以外を支配している世界。
字幕だと貴族にメイジとルビがふってある。
住民は奴隷同然、とナレーションでは言っていて、若き女王はそれに心を痛め平等な社会を志向、評議会はそれに反対している。
ここらへんの設定の粗さが批判の原因なのは分かる。
奴隷同然とか言うから魔法が使える貴族が魔法が使えないそれ以外を魔法で意のままに操っているのかと思いきやそんなことは全然ない。
少なくとも画面からは豊かで栄えて楽しそうに見える。
逆らっても魔法で無理矢理にでも言うこと聞かされてしまうような理不尽が描写されていれば少しは世界観に説得力が出たかもしれない。
説得力がないと現体制に疑問を抱く女王に感情移入できないのだ。
ただこれはこの映画だけの欠点ではない。
「グラディエーター」で権力を市民に戻すみたいな現在の価値観バリバリの発言があって激しく落胆したのももうだいぶ昔のことになるが、古代中世近世が舞台なのに現代民主主義万歳な主人公周辺の映画に今更いちいち腹を立てるのは虚しい事だ。
「単に劇中で描いている時代ではこういう人権意識だったと言うだけで、別に我々がこういう人権意識を賞賛しているわけではない」という当たり前のことを理解できずに批判する人権家がいる以上、映画で現代以外の価値観を劇中世界のスタンダードとする事は無理なのだ。
とは言え人々の暮らしは貧しいようだ。
2人の若者リドリーとスネイルも魔法大学にこそ泥に入る。
敢えてD&Dに当てはめるなら、この2人はレベル1くらいのファイターだろう。
盛んに泥棒、こそ泥という言葉が出てくるし、盗賊ギルドまで登場するからシーフに思えるが、そうではあるまい。
そもそも泥棒は誰でもできる仕事だ。
騎士や僧侶が(たとえ相手が悪人でも)他人の家に潜入して盗みを働けばそれは泥棒だ。
TR PGにおいて泥棒と言う言葉を出す場合、それが他人のものを盗む人全般を指す広義の泥棒かクラスとしての狭義の泥棒かは常に意識する必要がある。
そこらへん5eなら背景とクラスは別だから、泥棒を生業とするクレリックやウィザードがいて何の不思議もない…。
それはともかくリドリー達は最悪の場面に居合わせることになる。
悪の宰相プロフィオンの手の者が女王派の賢者を殺害し、レッドドラゴンを操る伝説の杖の在り処を聞き出そうとしている場面だ。
ここで旅の仲間となる見習い魔法使いマリーナと出会うのだが、眼鏡をかけていかにも勉強一筋と言う感じでなかなか可愛らしい。
師匠が最高レベルの魔法使いだから、見習いのマリーナも既にかなりの使い手だ。
ファイファンIVでラスボスのゼロムスを倒したパーティーに所属しているほどのパロムとポロムがエンディングでまだ修行が足りないと言われているわけで、戦闘での強さと魔法の学識は必ずしも比例しないものなのだろう。
(作劇上の都合と言ってはいけない)
ここで彼女が使った魔法がまずリドリー達を拘束した魔法のロープ。
これはマジックアイテムなのだろうか。
マリーナが移動すると自動的に引きずられるように移動を強いられるのがかなり便利そうだ。
一方で師匠を襲っていた賊どもを動けなくしたのは、その蜘蛛の糸のようなエフェクトから見て明らかにウェブの呪文だ。
これを使うときに袋から何かを取り出して撒くのがなかなかいい。
俺の乏しい知識では、クラシックD&Dでは特に魔法を使うのにアイテムがいるわけではないが、5eではクモの巣ひと欠片が必要だ。
この映画は独自の世界観を持ってるから別にどの版に準じる必要もないが、アイテムを奪われると魔法が使えなくした方がドラマとの相性は良い。
この後でも囚われの身から解放された直後で魔法を使えなかったマリーナが小袋を取り戻して魔法を使う場面があるが、何でもありより制約があったほうが話に起伏が出ていいというもんだ。
この映画の公開当時には5eはなかったけど、もしかしたらこの映画を含む様々な小説やリプレイなどのストーリー展開を参考に5eのルールが作られているのかもしれない。
魔法大学から路上に転移するのに使ったゲートもクラシックよりむしろ5eに近い呪文がある例だ。
クラッシックのディメンジョンドアもテレポートも目標は単体だ。
5eなら複数同時に運べる上に一定期間、空けておけるアーケインゲートがある。
もっとも6レベル召喚術となるとかなりの高レベル注文で、キャラクターレベルは11も必要だが。
さてこのゲートは自分の意思では閉められないようで、ここでドワーフのエルウッドが仲間になる。
追いかけてきたプロフィオンの手先、ダモダー隊長がその場にいたエルウッドに高圧的な態度をとり、作らなくても良い敵をわざわざ作ったのだ。
悪役たるものこうでなくてはならない。
エルウッドの機転で難を逃れた一行は酒場で今後の計画を練る。
ここがかなり唐突に見える。
冷静に考えると、すでに指名手配されている以上、ダモダーより先に杖を見つけ女王の危機を救わないと身の潔白を晴らせないわけだが、そういう葛藤とか話し合いがないものだから、一介の盗人がいきなり大義に目覚めたように見えてしまうのだ。
杖の在り処を教わるべく地図の中に入り込むのにその地図の中の冒険を全てカットしたのも手を抜きすぎだろうと言う気がする。
だが、この酒場のシーンのドワーフは見るべきものがある。
ドワーフにエルフ批判をさせるのは指輪物語系異世界の描写では鉄板だが、ここで下ネタを持ってきたのはなかなか応用が効きそうだ。
エルフの女に一目惚れしたスネイルに、エルフの女なんかガリガリでどこがいいんだと悪態をつき、小柄で肉付きの良いドワーフ女の良さを語るエルウッド。
髭にしがみついてこう!な?と腰を振るのだが、実際の酒場でもこういう下ネタはガンガン言われてると思うので、TR PGのセッションでも使っていきたいところだ。
杖を手に入れるための宝石、ドラゴンの瞳を手に入るため盗賊ギルドを訪れる一行。
盗賊ギルドの本部の中にあるダンジョンの奥にある、といういかにもゲームゲームしたシチュエーション。
だが、盗賊たちがそれを部外者にやらせて賭けとして楽しんでいるという如何にもなチンピラっぷりが、意外とリアリティを与えている。
もちろん手に入れても渡してくれる気は最初からない。
ここらへんはリドリーが勇気と抜け目なさを持っていることのアピールポイントで、これから後どんどん活躍していくことに無理がないようにしているのだろう。
ドラゴンの瞳は乱入してきたダモダー隊長に奪われてしまう。
それを奪還すべく砦に潜入するのだが、ちょい役で砦を巡回するビホルダーの造形がチープで悲しい。
凶悪なモンスターがコミカルに見えるのが悲しいのだ。
カプコンの格闘ゲームで、原作では物静かで知的な賢者の一族だったマグパがコミカルな媚びキャラになっていた時と同じ悲しさだ。
ただ監督がD&Dの熱烈なファンだったことを思うと、なんとしてもビホルダーを出したい気持ちもわからなくはない。
砦の戦いを経て手傷を負ったリドリーはエルフのクリックから、クラシックならキュアシリアスウーンズ、5eならキュアウーンズ2LV相当と思われる回復呪文をかけられる。
レベルに特に根拠はなく勝手な想像だ。
まあ、回復魔法に関しては、ゲームと小説や映画の乖離が大きくならざるを得ないので、ここはこだわってもしょうがない。
頻繁に怪我を負って頻繁に回復するなんて、実際の映像にするとグロテスクこの上ないから。
エルフは呪文を唱えずに魔法を使える、という設定は5eではなくなっている。
バランス取りにくいもんね。
でも物語との相性が抜群にいいんだよね。
いつか復活すると良いと思う。
だが、ここまで苦労して結局、杖は奪われてしまう。
取り戻すべく王都に突入だ。
王都では女王に操られたドラゴン軍団が評議会を襲う。
評議会全員に有言無言の不信任を突きつけられたのに平気な態度だったのはこれが理由か。
これほどの強力な力を持っていたから平等とか革命とか言えたのかと思うと、もともとない女王への感情移入がますますしぼんでゆく。
自分の気に入らない平民にもドラゴンけしかけるんじゃないだろうな。
評議員たちは一斉にファイアボールを撃つがドラゴンには全く当たらない。
このファイアボールがクラシックの矢のように飛んでいって爆発するタイプでないのにはちょっとがっかり。
これまでのレビューでわかるとおり、オリジナル世界なんだから設定や描写が多少違っていてもあまりうるさいこと言いたくないんだけど、D&Dを象徴する魔法であるファイアボールくらいはゲーム準拠であって欲しかった。
ドラゴンブレスの反撃。
これもファイアボールタイプ。
…まぁ当時のCGでは仕方なかったんだろうなぁ。
評議員たちは逃げ惑うばかりで、宰相がバリアらしきものを張っても焼け石に水。
しかし杖が届けられ形成は逆転、レッドドラゴンの群れが現れドラゴン対ドラゴン。
この膠着状態の打破には直接プロフィオン宰相を倒して杖を奪う必要があるのでした。
ここでリドリー自身はともかく他の仲間が塔に潜入できた理由が全くわからないんだけど、この際、気にしないでおく。
あくまで1対1で決着をつけ、他の仲間はあまり介入しないから、気にしなくてもいいわけだ。
プロフィオン宰相が巧みな杖捌きでリドリーの斬劇をさばいていくのはいかにも昔のD&Dと言う感じで好感が持てた。
5eにはないからね。
その反面、魔法をもっと使って欲しかったと言うのはある。
いきなり接近戦に持ち込まれたから魔法どころではないって言う理由はわかるけど、ラスボスが魔法使いである理由がないじゃん。
庶民に魔法を使う描写は全くなかったから、もしかして貴族たちは庶民に魔法を使わないと決めてるのかもしれないね。
というわけで突っ込みどころはあれど、そんなに酷評するほどとは思えない本作。
D&D経験者が個々のシーンやシチュエーションで楽しめるところはあるんじゃないかと思う。

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