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2018年5月

2018年5月 9日 (水)

ブルーウォ◯ターの替え歌

浮気な人は嫌い
あたしを裏切らない
そんな旦那がいたら
飛んで行きたい

あたしの恋のゴールが
飛来する飛んでくる
少しずつのSIAWASE!
BGMはカナディアンよ

暇持て余し
浮気なんかしたら
ゆるさない
永遠にSAYONARA!

ドーンと夢は大きく
新居は10LDK
全てを輝かす!

2018年5月 8日 (火)

プレハン読了

ダンジョンズ&ドラゴンズ第5版プレイヤーズハンドブック。
なんとか精読終了。
まあ、付録Cだけは早々に挫折しました。
たくさんある異次元界の説明なんですが、それだけ読んでも面白くもなんともない。
その次元界に行くことがあったり、逆にデーモンなりデビルなりエレメンタルなりがやってきたり、魔法の源がその次元界にあったりした時に参照すればいいのかなぁ、と。
付録Dのクリーチャー集もモンスターマニュアルの抜粋で、後でモンスターマニュアルを読めばいいってことで省略。
購入して読み始めたのが確か12月の末ぐらいだから、風邪でダウンしてた1ヶ月ぐらいを差し引いて3ヶ月半くらいもかかった計算。
検索でこのエントリーにたどり着いた人もいるだろうから繰り返すけど、TRPGは別にルールブックの隅々まで読む必要は無い。
極端な話、大半は物語を進めていく上で、必要になってから読んでも何の問題もないのだ。
だから、3ヶ月半もかけてルールを読まないとプレイできないなんて事は無い。
それをわざわざじっくり精読したのは、プレイヤーの誰1人として読んでいなかった箇所に大切なルールがあったら困るとか、自信を持ってセッションに臨みたいとか理由はあるけど、なんといってもきちんと作られていて読んでいるだけで楽しいからだね。
スポーツでもなんだかんだ理由はあれ競技人口の多い国が強い。
圧倒的にプレイヤーの、という事は実質的なテストプレイヤー人口の多いアメリカ産のTRPGはかゆいところに手が届く完成度の高さがルールからだけでも伝わってくる。
次はスターターセットの付属シナリオを精読して、マスターズガイドは…うーんこっちも精読したいけどどうするかなぁ。
このペースだといつDMできるか分からんし。

2018年5月 7日 (月)

ダンジョン&ドラゴン

あちこちでネタ映画的扱いをされていてちょっと食指が伸びなかったんだが、昨年からのD&D復帰を期に見てみました。
そしたら、単にあまり面白くないB級映画ってだけで、そんなに叩くような物とも思えない。
いや、D&Dファンからするとカチンとくる部分があちこちにあるのは分かりますよ。
でも、「馬鹿にしてもいい映画」カテゴリに入れられて、いかにスタイリッシュかつスノッビーに小馬鹿にできるかを競っているようで、みっともないっていうかいい気分じゃない。
D&Dの設定といろいろ違っていて、D&Dを名乗る意味がないのも確かなんだけど、見るべき点もいろいろあるじゃないか。
てなわけでポジティブにいろいろ突っ込んで行こうと思います。
まず冒頭のナレーションで「イズメール王国」と言うのが出てくる。
D&Dの背景世界にはあまり詳しくないんでさっそく検索。
どうやらフォーゴットン・レルムでもドラゴンランスでもなく、映画オリジナルの世界の模様。
ならば設定がどうとかあまり深く考えなくていい気分になる。
メイジがメイジ以外を支配している世界。
字幕だと貴族にメイジとルビがふってある。
住民は奴隷同然、とナレーションでは言っていて、若き女王はそれに心を痛め平等な社会を志向、評議会はそれに反対している。
ここらへんの設定の粗さが批判の原因なのは分かる。
奴隷同然とか言うから魔法が使える貴族が魔法が使えないそれ以外を魔法で意のままに操っているのかと思いきやそんなことは全然ない。
少なくとも画面からは豊かで栄えて楽しそうに見える。
逆らっても魔法で無理矢理にでも言うこと聞かされてしまうような理不尽が描写されていれば少しは世界観に説得力が出たかもしれない。
説得力がないと現体制に疑問を抱く女王に感情移入できないのだ。
ただこれはこの映画だけの欠点ではない。
「グラディエーター」で権力を市民に戻すみたいな現在の価値観バリバリの発言があって激しく落胆したのももうだいぶ昔のことになるが、古代中世近世が舞台なのに現代民主主義万歳な主人公周辺の映画に今更いちいち腹を立てるのは虚しい事だ。
「単に劇中で描いている時代ではこういう人権意識だったと言うだけで、別に我々がこういう人権意識を賞賛しているわけではない」という当たり前のことを理解できずに批判する人権家がいる以上、映画で現代以外の価値観を劇中世界のスタンダードとする事は無理なのだ。
とは言え人々の暮らしは貧しいようだ。
2人の若者リドリーとスネイルも魔法大学にこそ泥に入る。
敢えてD&Dに当てはめるなら、この2人はレベル1くらいのファイターだろう。
盛んに泥棒、こそ泥という言葉が出てくるし、盗賊ギルドまで登場するからシーフに思えるが、そうではあるまい。
そもそも泥棒は誰でもできる仕事だ。
騎士や僧侶が(たとえ相手が悪人でも)他人の家に潜入して盗みを働けばそれは泥棒だ。
TR PGにおいて泥棒と言う言葉を出す場合、それが他人のものを盗む人全般を指す広義の泥棒かクラスとしての狭義の泥棒かは常に意識する必要がある。
そこらへん5eなら背景とクラスは別だから、泥棒を生業とするクレリックやウィザードがいて何の不思議もない…。
それはともかくリドリー達は最悪の場面に居合わせることになる。
悪の宰相プロフィオンの手の者が女王派の賢者を殺害し、レッドドラゴンを操る伝説の杖の在り処を聞き出そうとしている場面だ。
ここで旅の仲間となる見習い魔法使いマリーナと出会うのだが、眼鏡をかけていかにも勉強一筋と言う感じでなかなか可愛らしい。
師匠が最高レベルの魔法使いだから、見習いのマリーナも既にかなりの使い手だ。
ファイファンIVでラスボスのゼロムスを倒したパーティーに所属しているほどのパロムとポロムがエンディングでまだ修行が足りないと言われているわけで、戦闘での強さと魔法の学識は必ずしも比例しないものなのだろう。
(作劇上の都合と言ってはいけない)
ここで彼女が使った魔法がまずリドリー達を拘束した魔法のロープ。
これはマジックアイテムなのだろうか。
マリーナが移動すると自動的に引きずられるように移動を強いられるのがかなり便利そうだ。
一方で師匠を襲っていた賊どもを動けなくしたのは、その蜘蛛の糸のようなエフェクトから見て明らかにウェブの呪文だ。
これを使うときに袋から何かを取り出して撒くのがなかなかいい。
俺の乏しい知識では、クラシックD&Dでは特に魔法を使うのにアイテムがいるわけではないが、5eではクモの巣ひと欠片が必要だ。
この映画は独自の世界観を持ってるから別にどの版に準じる必要もないが、アイテムを奪われると魔法が使えなくした方がドラマとの相性は良い。
この後でも囚われの身から解放された直後で魔法を使えなかったマリーナが小袋を取り戻して魔法を使う場面があるが、何でもありより制約があったほうが話に起伏が出ていいというもんだ。
この映画の公開当時には5eはなかったけど、もしかしたらこの映画を含む様々な小説やリプレイなどのストーリー展開を参考に5eのルールが作られているのかもしれない。
魔法大学から路上に転移するのに使ったゲートもクラシックよりむしろ5eに近い呪文がある例だ。
クラッシックのディメンジョンドアもテレポートも目標は単体だ。
5eなら複数同時に運べる上に一定期間、空けておけるアーケインゲートがある。
もっとも6レベル召喚術となるとかなりの高レベル注文で、キャラクターレベルは11も必要だが。
さてこのゲートは自分の意思では閉められないようで、ここでドワーフのエルウッドが仲間になる。
追いかけてきたプロフィオンの手先、ダモダー隊長がその場にいたエルウッドに高圧的な態度をとり、作らなくても良い敵をわざわざ作ったのだ。
悪役たるものこうでなくてはならない。
エルウッドの機転で難を逃れた一行は酒場で今後の計画を練る。
ここがかなり唐突に見える。
冷静に考えると、すでに指名手配されている以上、ダモダーより先に杖を見つけ女王の危機を救わないと身の潔白を晴らせないわけだが、そういう葛藤とか話し合いがないものだから、一介の盗人がいきなり大義に目覚めたように見えてしまうのだ。
杖の在り処を教わるべく地図の中に入り込むのにその地図の中の冒険を全てカットしたのも手を抜きすぎだろうと言う気がする。
だが、この酒場のシーンのドワーフは見るべきものがある。
ドワーフにエルフ批判をさせるのは指輪物語系異世界の描写では鉄板だが、ここで下ネタを持ってきたのはなかなか応用が効きそうだ。
エルフの女に一目惚れしたスネイルに、エルフの女なんかガリガリでどこがいいんだと悪態をつき、小柄で肉付きの良いドワーフ女の良さを語るエルウッド。
髭にしがみついてこう!な?と腰を振るのだが、実際の酒場でもこういう下ネタはガンガン言われてると思うので、TR PGのセッションでも使っていきたいところだ。
杖を手に入れるための宝石、ドラゴンの瞳を手に入るため盗賊ギルドを訪れる一行。
盗賊ギルドの本部の中にあるダンジョンの奥にある、といういかにもゲームゲームしたシチュエーション。
だが、盗賊たちがそれを部外者にやらせて賭けとして楽しんでいるという如何にもなチンピラっぷりが、意外とリアリティを与えている。
もちろん手に入れても渡してくれる気は最初からない。
ここらへんはリドリーが勇気と抜け目なさを持っていることのアピールポイントで、これから後どんどん活躍していくことに無理がないようにしているのだろう。
ドラゴンの瞳は乱入してきたダモダー隊長に奪われてしまう。
それを奪還すべく砦に潜入するのだが、ちょい役で砦を巡回するビホルダーの造形がチープで悲しい。
凶悪なモンスターがコミカルに見えるのが悲しいのだ。
カプコンの格闘ゲームで、原作では物静かで知的な賢者の一族だったマグパがコミカルな媚びキャラになっていた時と同じ悲しさだ。
ただ監督がD&Dの熱烈なファンだったことを思うと、なんとしてもビホルダーを出したい気持ちもわからなくはない。
砦の戦いを経て手傷を負ったリドリーはエルフのクリックから、クラシックならキュアシリアスウーンズ、5eならキュアウーンズ2LV相当と思われる回復呪文をかけられる。
レベルに特に根拠はなく勝手な想像だ。
まあ、回復魔法に関しては、ゲームと小説や映画の乖離が大きくならざるを得ないので、ここはこだわってもしょうがない。
頻繁に怪我を負って頻繁に回復するなんて、実際の映像にするとグロテスクこの上ないから。
エルフは呪文を唱えずに魔法を使える、という設定は5eではなくなっている。
バランス取りにくいもんね。
でも物語との相性が抜群にいいんだよね。
いつか復活すると良いと思う。
だが、ここまで苦労して結局、杖は奪われてしまう。
取り戻すべく王都に突入だ。
王都では女王に操られたドラゴン軍団が評議会を襲う。
評議会全員に有言無言の不信任を突きつけられたのに平気な態度だったのはこれが理由か。
これほどの強力な力を持っていたから平等とか革命とか言えたのかと思うと、もともとない女王への感情移入がますますしぼんでゆく。
自分の気に入らない平民にもドラゴンけしかけるんじゃないだろうな。
評議員たちは一斉にファイアボールを撃つがドラゴンには全く当たらない。
このファイアボールがクラシックの矢のように飛んでいって爆発するタイプでないのにはちょっとがっかり。
これまでのレビューでわかるとおり、オリジナル世界なんだから設定や描写が多少違っていてもあまりうるさいこと言いたくないんだけど、D&Dを象徴する魔法であるファイアボールくらいはゲーム準拠であって欲しかった。
ドラゴンブレスの反撃。
これもファイアボールタイプ。
…まぁ当時のCGでは仕方なかったんだろうなぁ。
評議員たちは逃げ惑うばかりで、宰相がバリアらしきものを張っても焼け石に水。
しかし杖が届けられ形成は逆転、レッドドラゴンの群れが現れドラゴン対ドラゴン。
この膠着状態の打破には直接プロフィオン宰相を倒して杖を奪う必要があるのでした。
ここでリドリー自身はともかく他の仲間が塔に潜入できた理由が全くわからないんだけど、この際、気にしないでおく。
あくまで1対1で決着をつけ、他の仲間はあまり介入しないから、気にしなくてもいいわけだ。
プロフィオン宰相が巧みな杖捌きでリドリーの斬劇をさばいていくのはいかにも昔のD&Dと言う感じで好感が持てた。
5eにはないからね。
その反面、魔法をもっと使って欲しかったと言うのはある。
いきなり接近戦に持ち込まれたから魔法どころではないって言う理由はわかるけど、ラスボスが魔法使いである理由がないじゃん。
庶民に魔法を使う描写は全くなかったから、もしかして貴族たちは庶民に魔法を使わないと決めてるのかもしれないね。
というわけで突っ込みどころはあれど、そんなに酷評するほどとは思えない本作。
D&D経験者が個々のシーンやシチュエーションで楽しめるところはあるんじゃないかと思う。

2018年5月 6日 (日)

D&D5e特有の状態異常

プレイヤーズハンドブック精読も巻末の付録に突入。
付録Aは状態異常のリストだ。
たった3ページだが、ステータス異常ってのは大雑把に覚えていたら大変なことになり、きちんと正確な知識を身に付けなければならない。
ゲームが違えば同じ言葉が違う意味を持つと言うのはよくあることだが、状態異常がその最たるものだからだ。
例えば多くのRPGにおいて毒におかされるとは、だんだんとヒットポイントが減っていき、それを直すには毒消しが必要である状態のことだ。
しかし、それに加えて攻防のステータスが激減したり、視界が悪くなったり、ヒットポイントの数値がPに隠れて見えなくなったりするゲームもある。回復手段も異なる。
D&D5eにおいてはHPの漸次減少はなく、単に攻撃とセービングのロールが不利になるだけだ。
回復手段はベーシックに呪文かポーション。
現実世界の毒の効果が千差万別であり、毒という言葉の示す範囲が広いことを思うと、ゲームによって異なることに特に問題はなかろう。
さて、CRPGにおける状態異常の三羽ガラスといえば毒と麻痺と眠りだ。
TR PGはやってないがCRPGならやったことがある人が大半であることを思うと、この3つがD&D5eにおいてどのような解釈であるかを即座に説明できる事は大切なことと思われる。
麻痺は一般的なゲームよりずっと恐ろしい。
要するに何もできないてのは同じなのだが、それに加えて有利な攻撃をされた上に命中したら必ずクリティカルだ。
ドラクエで麻痺の恐ろしさをたっぷり味わった経験のある人は多いだろうから、それよりさらにプラスアルファがあるというのはかなりのインパクトがあるのではないか。
最後に眠りだが、眠り状態と言うものはなく、気絶状態で一括りだ。
最新の医学では眠りと気絶の主観的な区別がつかないらしいから、ひとくくりもありだろう。
で、これまでルールブックを読んできて思うのは、まるで法律用語みたいだなと。
TR PGは一般的なボードゲームよりはるかに広範囲で事前に想定できない事象すら扱うから、用語は絶対に意味を誤解されないようにせねばならず、1つの言葉が状況ごとに別々の意味を持っていたり、実質的に変わらない事象に複数の言葉が当てられているなんてのはご法度だ。
自ずと法律用語にノリが似てくるのは当然の帰結と言える。
転ばされたり、着地に失敗したりした時の状態を全て「伏せ状態」と言われると、ちゃんと尻や背中から倒れるようにするよ!受け身だってとるよ!うつぶせに倒れるようなことしないよ!プロの冒険者なんだから!という気になろうってもんだが、これは慣れるしかないんだろうなぁ。

2018年5月 5日 (土)

アベンジャーズ/インフィニティー・ウォー

凄い映画でした。
しかし面白いかどうかよくわかりませんでした。
旧エヴァ劇場版で魂のルフランが流れてる時と同じで、引きは本当に見事でこれは確実に次を見に行くんですが、その一方でどうにも収まりが悪くて。
それに、世界再構築系の粛清って、同じ理屈の逆回転でどうせみんな蘇るんだろ?って思っちゃうから、アヴェンジャー全滅?とか言われてもそんなにピンチにも思えないんですよね。
実際どうなるかわかりませんけど。
ファイファンVの「無」とかどうしても頭に浮かんじゃって。
ただ、他の多くのアメコミ映画の知識があるとより楽しめるという部分については、概ね満足しています。
敷居が高いと言って批判する人もいるけど、もともとそういう映画だと分かって観に行くわけでね。
大好きなドクターストレンジとその次ぐらいに好きなブラックパンサーどっちも大活躍なんで、うまく収まってくれて満足。
その一方でアイアンマンとマイティーソーはいまいち。
アイアンマンにせよマイティーソーにせよ、それぞれの単独映画って、共演ヒーローはいるにせよ彼ら中心に世界を守っている感じがすごくしているから、実は局地戦でしたみたいに言われるのが何か釈然としないんですよね。
マイティーソーのラグナロク(邦題「バトルロイヤル」)で失われたハンマーが戻ってくるわけですが、マイティーソーの単独映画で戻ってきて欲しかったですもん。
それにヒーローがたくさんいるのはいいんですが、熱愛カップル率が高すぎて、ちょっと食傷気味です。
付き合い始めてから時間が経って落ちついてるカップルならいくらいてもいいんですが、スターク社長からして結婚間近だし、その他にも絶頂期がぞろぞろ。どのカップルを一番、応援していんだかわからず気が散って困ります。
ものすごく丁寧にこれまでの伏線を拾ってきて、個別ヒーローのシーンも大迫力。
長年のシリーズファンも単独の観客もどっちも楽しませる大ボリュームの映画なのは確かですが、情報量が多くて1度の鑑賞ではよくわからないかもしれませんね。

エンドロール後エピソード あり

公式サイト
http://cpn.disney.co.jp/avengers-iw/

2018年5月 4日 (金)

「ペチカ」のベーコンステーキ

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連休中ということもあってか予約席だらけだった「ペチカ」。
横にあるのはボルシチです。
400グラムもありますが苦もなくペロリと行けました。
嘘です350グラムくらいから苦しくなってきました。
だからこれ以降のおいしいと言う文章は400分の350、約分して8分の7くらいしか正確じゃありません。
実に食べていると言う実感のある厚手のベーコン。
辛子とケチャップをつけずに肉汁の旨みだけでじっくり味わうのが好みですね。
まあ飽きが来るんで味変と言うことで辛子やケチャップの出番となるのですが。
食べきれないんじゃないかと思ったから黒パンは注文しなかったんですが、あったほうがよかったなあ。
こういう脂っぽいロシア料理を食べていると、ボルシチがいかにあっさりとして味噌汁的な欠かせない存在なのかわかります。

2018年5月 3日 (木)

D&D5eの魔法をとりあえず精読しました

D&D5eプレイヤーズハンドブック。
第11章の呪文リストをやっと読み終わりました。
これであと…20ページぐらいかな?
呪文リストくらいすぐにでも読み終わると思ったんだが、結構、時間がかかりました。
読む時間はそこそこ潤沢にあったんですけどね。
一つ一つの呪文を自分が使う時、仲間が使う時、敵が使う時をそれぞれ想定して、うまく使う方法や騙して使う方法やうまく回避する方法を考えながら読んでいくとなると、それは時間かかるわなぁ。
まあ、それが後々のプレイなりマスタリングなりの役にたつと思いたい。
このゲームの魔法のシステムは進行役(ダンジョンマスター)によるマスタリングのしやすさを重視してか、効きやすい魔法、効きにくい魔法ってものはありません。
まあ、使い手の能力が高ければ魔法は効きやすくなりますし、受け手の能力が高ければ抵抗しやすくなる。
その確率はもっぱら使い手なり受け手に依存し、弱くて効果の薄い魔法だから効きやすく強くて効果の高い魔法だから効きにくいというよくあるバランスの取り方はしていない。
相手を一発で殺す魔法だから効きにくいなんて事は無いわけです。
そうなると、相手がどの魔法を持っているかの探り合いとか、そもそも魔法を使せないようにするとか、そういう事前の情報戦をどうストーリーの中に盛り込んでいくべきかとか考えてしまう。
そういう考察はプレイヤーやる時もDMやる時も役に立ちますからね。
同じような魔法と比べてそれぞれの長所短所を把握しておく必要もある。
高レベル版、つまり2レベル呪文を3レベルスロットや4レベルスロットを消費して捉えた場合、どう効果がアップするかも書いてますが、対象人数が増えても効果やダメージは変わらない場合もあれば、逆にダメージの方が増える場合もある。
当然ながら他の魔法のページを参照しながら読むことになるわけで、時間がかかったのも当然なのでした。
まぁ、一通り読んだだけですから、これから何度も読むことになるのでしょうし、正直なところ血肉になるのに時間がかかるだろうなぁと自覚するところもあります。
知力や耐久力や俊敏性のセービングスローで魔法を回避するのは分かるけど、魅力ロールで回避するのってイメージ湧きませんもん。
異世界の超常的な存在に好かれることで力を引き出す魔法は、かけられる側も同じ超常的存在に好れていれば効果が出ないこともある…ってことなんでしょうけど。
効果範囲のルールもボードを使った戦闘と組み合わせると相性が悪い呪文があり、そこらへんはマスターズガイドブックにあるようですが、自分なりに噛み砕く必要がある。
まだスタート地点に立ったばかりです。

2018年5月 2日 (水)

「よつばと!」第14巻

あさぎさんが出てくるとそれだけで大満足。
あの子、よつばが大好きでかつ扱いがうまいもんだから、よつばの魅力を引き出すんですよね。
さて、今回は上京編。
大都会東京でよつばは初めて人間のちょっとした悪意にさらされます。
本当にちょっとしたことなんですけど、よつばにとっては結構なショック。
ここでのとーちゃんの対応がいい。
よつばが1人で壁を乗り越えられるように、厳しくも優しく見守ります。
かつては勝手に自転車で遠くに行ってしまってとーちゃんにコツンとやられたことを思うと、よつば確実に成長していますね。
そして改めて見るに、以前より落ち着いている。
とーちゃんは日ごろからそれを見て、もう東京に連れて行っても大丈夫と判断したのでしょう。
感無量ですね。
…とーちゃん子育て初めてだよね?
とーちゃんの過去は明らかになってませんが、世界放浪中に世界中のいろんな子供に触れたのかも。
よつばの成長が具体的にはっきり分かる形で描かれたのはこれが初めてかもしれません。
とーちゃんの妹、よつばにとってはおばにあたる小春子さんの初登場も、よつばの東京デビューに心を砕く様子がまず第一であって、このマンガがあくまで「よつばと」であると言うことを思い出させてくれます。
以前から、この「よつばと」に込められたメッセージは、時間は確実に前に進んでいき人は変わって行くが、だからこそ一刻一刻が尊いのだ、ということだと思っていますが、大きくなっていくよつばにちょっとした寂しさを感じてしまうこの心の揺れ動きは、まさに一巻からずっと読んできたその時の流れなのでしょうね。
長期連載を(コミック派ですが)追いかけていく喜びを久しぶりに感じました。

電撃コミックWEBの該当ページ
http://dc.dengeki.com/newreleases/978-4-04-893705-4/