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2017年3月11日 (土)

時代遅れになれる喜び

タイガーマスクWの予習に旧タイガーマスクを少しずつ観ています。
全105話で今が55話「煤煙の中の太陽」ですから、5話入りのDVDを1週間に最低1本を借りるとして、あと10週間…。
いやはや昔のアニメは長いw
だからこそ、メインストーリーとは関係ないエピソードをドンドン入れられて世界観が広がったわけですが。
通しで観たことはないので、1話か2話くらいは見逃しがあるのではと思っていましたが、今のところ観たことのある話ばかりです。
何度も再放送してたからでしょうね。
流石は世紀の大傑作です。
しかし、当時は全く気にならなかったけれど、今の目で見ると気になる点がチラホラあります。
前にエントリーで触れた園長先生ほかの高速スライド移動もそうですが、前述の「煤煙の中の太陽」で改めて思ったのは、なんでタイガーマスクはいちいち社会問題に首を突っ込むんだろうか、と。
己の不幸な生い立ちから世の中の不正義が我慢ならないというのは分かりますが、一人でできることには限界がありますよね。
原則として専門家に任せて、有名なプロレスラーにしかできない方法でサポートする。その方がよっぽど現実的かつ効果的なのではと考えてしまう。
まぁ、子供の頃は気にしてなかったんでしょうし、主人公が自ら解決するんじゃなきゃ物語として成立しないのは分かるんですけど、大人になると気になっちゃいます。
もしかして今も伊達直人があの事故に合わず生きていたら、放射脳みたいなこと言い出してたのかな…。
旧タイガーマスクの放映当時は資本主義の矛盾が解決しきれてなくて、大企業や政府を攻撃することに社会的な意義があった。伊達直人の熱い言葉も時代の要請に合っていた。
しかし、今や社会主義の中の福祉や環境についての考えが採り入れられ資本主義社会が改良されて成熟、もはや社会主義の方法論は役割を終えて無用の長物と化したことを思うと、彼の言葉もあの時代だから通用はしたけど、今では通用しないんでしょうね。
でも、それでいいと思うんですよね。
時代に合った発言をする人がいて、その言葉が時代を変えて、変わった時代に対応した新たな言葉がまた発せられる。
それが人の営みであり幸せであることを思うと、伊達直人が放射脳になることはあり得ない。
時代を変えた自負のある人間が自分が時代遅れになったことをむしろ喜ぶことができる。
そういういい歳のとり方をしたんじゃないか、と思うのです。
ええ、生きていてくれてたら、ですけど。

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コメント

娯楽の裏にメッセージがあると話に奥行きが出ますからね。
ただ配分を間違えると…。

タイガーマスクに限らず、アニメって、結構、作品の中で風刺をきかせたものがありますよね。
あまりやりすぎると、反感を買いますが。

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