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2017年2月17日 (金)

ただの流行歌とだがそれがいい

マクロス 愛おぼえていますかのBDを観てて気づいたこと。
公開当時、早瀬美沙の「ただの流行歌よ」にカチンと来たんだよね。3秒くらい。
彼氏のモトカノの歌だから気に入らなくてケチをつけるなんて小さいオンナだな、と呆れたわけだ。3秒くらい。
そしたら3秒後に「そういうことか!」と蒙を拓かれ、次いで大感動ですよ。
最初の勘違いによるプチ不快からの揺り戻し効果で感動がいや増したわけです。
この演出手法の見事さ、観客の感情を上手くコントロールしてくれてる巧みさにはずっと感心してたんだけど、今になって気付いた。
「花の慶次」の「だが、それがいい」も同じパターンじゃないか?
村井弱水の傷だらけの顔は汚ねぇ面だと言った前田慶次は、ただの流行歌よと言った早瀬美沙と同じ。
前田家家臣も俺もそれにカチンと来たのは同じ。
そして慶次の「だがそれがいい。傷だらけの顔こそ忠義の証!(不正確)」と美沙の「当たり前のラブ・ソング」が対応していて、
前田家家臣達も俺も同様に「おおっ!」と感嘆したのだから。
ただ…前にも言ったけど、敢えて誤解を招くような発言から始めるってのは、やはり諸刃の剣なんだよな。
真意を伝える前に相手が激昂してしまって一切の聞く耳を持たない熱暴走状態になっているかも知れないのだから。
慶次にとっての前田家家臣達、美沙にとってのクローディアはちゃんと最後まで話を聞いてくれる相手であった。
前田家家臣達にとっての慶次やクローディアにとっての美沙も、この人は普段ならそういう言い方をする人じゃないという認識があった。
互いの信頼感あってこその言い回しなんだと思うのだった。

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