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2017年1月 6日 (金)

谷間の百合

物凄く語彙が増えたような気がします。
でもきっと気がするだけです。
多分すぐに忘れてしまいます。
とは言えいつかあああの時に使われてたな、と思い出すことでしょう。
バルザック「谷間の百合」読了。
正直、フェリックス青年とモルソーフ伯爵夫人アンリエットが道ならぬプラトニック不倫ラブを展開しているところは些か退屈で、下巻の真ん中くらいになってフェリックスがアラベルとの肉欲に溺れて三角関係?になってやっと面白くなってきたのですが、それでも全体として王政復古期のフランスの風物や優雅で古めかしい訳は楽しめましたわけで、じっくり読むべき小説です。
小説が娯楽の王様だった時代にはとかく描写が微に入り細を穿つ感じでも問題なかったわけで、古典を読むときはそういう時代背景も踏まえて楽しむことにしています。
それに本作はリアルな小説というより、舞台で一人一人が中央に出て長台詞を交互に喋る感じ…戯曲っぽいですしね。
プラトニックラブを貫く2人がそれ故に苦しむのは気高い物語に見えます。
でもそれは違う視点から見たら…。
達観したり絶望したり自分はもうそういうのにはウンザリだと思っても気落ちは動いてしまったり…と思ったらそれをひっくるめて足元をすくわれたり。
人間って面白いよね、と思わせてくれるのが、人間喜劇と呼ばれてる理由なんだろう。
で、全体がフェリックスの都合のいい一人称で書かれてるのはたぶん計算のうちで、描写の比重が偏ってるのもそう。
歳を取ったフェリックス自身が若い頃にあれだけ嫌だったモルソーフ伯爵のようになっちゃってるって表現でもあるだろうし、登場人物は誰も彼も、聖女のようなアンリエットでさえ自分勝手で、だからこそ人間なんですよね。
それにしてもフェリックスくんはアンリエットの剥き出しの肩に2度も欲情しておりますが、現代の我々からすると奇妙に思えます。
しかし、例えば我々がアフリカの裸族の女性の乳を見ても何も欲情しないように、エロスというのは何処まで隠されているかによって決まるのでしょう。

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コメント

人間に限らず動物はみな生殖という面倒くさい行為を個体に強要するための手段として快楽を与えられているわけですが、人はパンのみにて生きるに非ず!
人生にはロマンというか潤いが必要ですよね。

カキコありがとうかしお

最近は衣服を脱がせていけばいくほどテンションが下がるだろうと予想する自分がいます。
中身を知ってるプレゼントをあける感じでしょうか。

①プレゼントをもらう⇒ラッキー!!!
②ラッピングをほどく⇒ワクワク・・・
③箱を開けて中身をみる⇒こんなもんだって知ってた。
④中身を食べる⇒味・触感ともに予想通り


肩がはだけて両手は胸を押さえたりしてると最高ですね!
ところで「丸見えはエロくないんだ!だから(ボクと契約して)丸見えになってよ!」と迫るのはありでしょうか?
…わけがない。

ヌーディストビーチは男の夢のように思えますが実際に行くと欲情しないのと同じですよね。
丸見えってのは全くエロくないと思います。

肩露出は衣服がはだけたような感じで露出してるとワタシは間違いなくムラムラしますw


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