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2013年11月

2013年11月30日 (土)

反戦と反軍

なんでもほしがる人民解放軍にも困ったものだ。
オラオラ俺様の行動を邪魔したらそれは戦争を仕掛けたってことだぞ?戦争したくないんだろ?ああん!?とばかりにやりたい放題の挑発を繰り返すそのメンタリティはとても扱いが難しい。
外交は硬軟を使い分けて行うものだが、今回のケースは硬で押し通すべき、覚悟を見せるべきケースではある。
ちょうど「テロリズムには屈しない」と同じ理屈だ。
が、毅然とするにしても何処までやれば拳を振り下ろしていただけるのか、言ってみれば腫れ物にガツンと触るような形容矛盾に満ちた対応を迫られるのだから、外交に携わる方々も大変なご苦労をされていることと思う。
なんとか長い目でみて戦争が起きないように、相手にはうまくこちらは戦争も辞さない態度と思わせながら実際は戦争にならないように上手くやるという…そんな難しい駆け引きをなんとかこなしてほしいと祈るばかりだ。
で、ここからが本題なんだが、
俺は反戦運動という言葉が嫌いだ。
まるで自分達だけが戦争を嫌っていて、自分達以外の人間は戦争を好んでいるかのような言い草に、非常な傲慢さを感じるのだ。
だが、そもそもにして戦争が好きな人間がいるだろうか?
極悪非道のヤクザでさえ、平和になにごとも起こらず、毎月ちゃんとみかじめ料が入ってくればいいなぁと思っている人が大半だろう。
誰だって戦争なんかしたくない、平和が第一だろう。
ただ、平和を実現するために軍隊が必要だと思っている人と軍隊は必要ないと思っている人がいるというだけだ。
俺は前者だが、後者の人とも対話が可能だと思っている。
何故なら平和を実現する方法が違うだけで、どちらも平和を求めていることに変わりはないからだ。
しかし実際には彼等は固い殻に閉じこもっている。
これでは折衷案が検討できず、平和がいつ脅かされるか分かったものではない。
そこでだ。
反戦運動という言葉をやめて反軍運動と呼称するようにしてはどうだろうか。
そうすることで初めて、誰もが平和を求めているという当たり前のテーブルを真ん中に置き、そこに様々な人間が着くことが可能になる。
自分達だけが正義だと思っている人間とはなかなか対話ができないものだ。
安彦良和著「虹色のトロツキー」で主人公のウムボルトは、正しさを独占することの愚を説いた。
彼等が反戦の看板を下ろし反軍の看板を掲げることで、「独占」をやめることで、現実の平和はより恒久的なものに近づくのではないだろうか。

日本全国酒呑み音頭その334

11月30日はいいサ店の日で珈琲が呑めるぞ
呑める呑める呑めるぞ〜
珈琲が呑めるぞ♪

2013年11月29日 (金)

さらばアイソン彗星

アイソン彗星、溶ける。
この報に29日朝の俺は大変な落胆をした。
後半戦のほうが綺麗に見られるというニュースに前半戦は一度もトライしていなかったから。
そのおかげで仕事に行きたくなくなった、というのは毎朝のことに対する責任転嫁癖から来る全くの嘘として、かなりガッカリしたのは確かだ。
だが、すんなり諦めたのも事実。
この時は、溶けた可能性がある、という報だったから、一縷の望みに繋いでもよい筈であるのに、これはもう確実に駄目だろうと思ったのは、このことは半年前から分かってたことだから。
半年前にNewton誌で初めてアイソン彗星のことを知って、その時から楽しみにしてたんだけど、その記事で既に太陽に近づきすぎて溶けてしまう可能性に触れていたから、後半戦は最初から期待せずになるべく前半戦で勝負を決めようと固く決意した筈だった。
それがいざ彗星が近づいてくると、曇り気味だとか昨晩は寝るのが遅かったとか色々と理由をつけて毎朝のようにギリギリまで布団から離れようとしない俺。
朝5時30分ごろという起きようと思えば起きられる時間に起きなかったのは全て惰眠を貪る自分の責任であって、彗星を見られなかったのは他の誰の責任でもない。
実際に観測を試みた人の話では、結局、数日前までの前半戦では肉眼に捉えられなかったそうだから、早起きに成功したからと言ってやはり見られなかった可能性も大きいけど、それでもトライしなかった自分が彗星の消滅を残念がったりしてはいけないような気分になっているのだ。
チャンスはグズグズしていると逃げていく。
そのことをアイソン彗星は教えてくれたのかも知れない。

…なんて割り切れないよな。
くそー。

日本全国酒呑み音頭その333

11月29日はアタリ「ポン」の日で酒が呑めるぞ
呑める呑める呑めるぞ〜
酒が呑めるぞ♪

2013年11月28日 (木)

リトル・マエストラ

退屈な映画だなぁ。
想定ルートから一歩も外れないんだもんなぁ。
わたしあまり先を読んだりしない方なんですが、それでもこれは観ててキツかった。
シナリオの書き方にフォーマットがあるとするなら、もうそのとおりに作ったという感じですね。
まぁ、それはともかくとして。
有村架純演じる「音楽一家の落ちこぼれ」は高校のブラスバンド部で指揮者として各パートに厳しいダメ出しをしていたところ部員達の反発を買い部に居られなくなったわけですが、これって言い方はキツいけど指揮者として当たり前の仕事をしていただけで、別に彼女の言動に問題を感じないんですよね。
それこそ「のだめ」の千秋だったら、下手くそめ、上手くなりたくないなら出てけで終わりです。
まぁ今、「砂の栄冠」でも似たような展開になってて、エースの七嶋がたった1人で甲子園を目指して奮闘してるけど周囲は大学への推薦も決まってるんだからそんなに熱くならなくてもとタラタラやりたいもんだからエースが孤立してるわけですが、野球の各選手及びオケの各パートとオケの指揮者とでは似て非なるもの。
野球でもオケでも何を求めるかは人それぞれで、だからタラタラやるのも自由っちゃあ自由なんだけど、指揮者だけはタラタラやったら存在意義がなくなってしまう。
漁協のオケ連中がろくに指揮棒も見ないで勝手に弾いて、それでいて天才指揮者だと褒め称えてくるのって、単に棒を振る人としてしか扱ってないわけで、怒って当然。
それで漁協でも孤立して、その後、「反省」してみんなをまとめにかかるのって、あまりにも視点がわれわれ素人たる観客に寄り添い過ぎているんじゃないかと思うわけです。
和解はもっと別の方法があったんじゃないですかね。
映画を観るのって自分の詳しくない分野や世界に浸りたいって要素も大きいですが、そういう楽しみ方はいっさい提供できていない映画だと思いました。

公式サイト
http://little-maestra.jp/

日本全国酒呑み音頭その332

11月28日は手宮札幌間開通で酒が呑めるぞ
呑める呑める呑めるぞ〜
酒が呑めるぞ♪

2013年11月27日 (水)

ドリームキャスト15周年

1998年11月27日にドリームキャストが発売されて今日でちょうど15年となりました。
まだドイツで新作が(1〜2年に1本くらいかな?)出ているとは言え、セガ自身が家庭用ゲーム機から手を引いてから10年以上が経過しているわけです。
ドリームキャストの最大の長所と言えばなんでしょう。
それはセガの家庭用ゲームの黄金期とちょうど重なっているということ。
任天堂を目標に高いゲーム性と一般性を兼ね備えたゲームを求め続け走り続けたセガが、メガドライブの頃の荒削りな魅力からサターンの豪華路線を経て97年頃からついにセガならではのライトな一般性を獲得するに至った。
その黄金期のソフトの大半はドリキャスで出た、このことが非常に大きいのです。
他メーカーのソフトもそれに引っ張られる形でドリキャスらしさであるゲーム性と一般性のハイブリッドが目立った。
セガ作品中心に挙げていきますが。
トゥーンシェイドの先駆けとしてのビジュアルインパクト抜群のジェッセッレイディオー、ガンシューティングとドラマ性の高さの融合が極まったコンフェンディシャルミッション、丸いコントローラーとLRをハンドルに見たてる操作性は今でも最高だと断言できる首都高バトル2、キャラを減らしてもなおボリュームダウンに見えないばかりか全体が締まって見えるサクラ大戦3、ローズトゥロードの頃からの門倉直人節から説教くささがなくなりむしろ円熟味が感じられる古参TRPGファンなら一層、感慨深いナップルテール、音ゲーにハッピーを持ち込んだスペースチャンネル5、弾幕を大きく回り込んで引き離すという豪快なゲーム性でシューティングを大きく変えたゼロガンナー2…。
パッと思いつくだけでもこれだけのハーモニーが奏でられており、DSのラインナップが持っていた敷居の低さ間口の広さを、しかもゲーム性と両立する形でこの時点で実現していたこの頃のセガは本当に輝いていました。
ゲーム機事業をやめちゃったのは残念だけど、有終の美は十分に飾った、そう思っています。

日本全国酒呑み音頭その331

11月27日はドリームキャストの誕生日で酒が呑めるぞ
呑める呑める呑めるぞ〜
酒が呑めるぞ♪

2013年11月26日 (火)

ガンダムビルドファイターズ第8話「逢戦士たち」

世界大会を前にして次々と登場する各国代表達。
嵐の前の静けさでしょうか。
ガンダムビルドファイターズ第8話「逢戦士たち」
ワールドワイドなスポーツもので世界大会編が始まる時と同じ黄金パターンであり、ワクワクと楽しむことができました。
前回でプラモスキー粒子の特性を生かしたビームバリア(いわゆるIフィールド)が出てきましたが、どうやら世界大会レベルのファイターは多かれ少なかれ同じようなことができる模様。
ビームを切り裂く実体剣の斬撃など、まるで格闘漫画における闘気のようで、紫光のソリアの光る右手を切り裂いたケンシロウを思わせる痛快さでした。
どうやら、それができるかできないかが、一流ファイターとそれ以外の壁となっているようですね。
さっき北斗の拳の話をしましたが、ラオウが始めて闘気を纏ってから闘気の有無で一流とそれ以外の差が生じたのと同じことが起きそうな予感がします。
フェリーニの立ち位置が微妙になって来たかな。
親友の暴れ牛ローガンがプラモスキー粒子活用の壁を突破できていないことを思うと、フェリーニもできないのでは?という疑問が生じてきます。
さて、そのローガンを敗った天才少年ニルス=ニールセン。
プラモスキー粒子がホビー以外に活用されていない状況にいたく御不満のようで、バトル参戦の理由も粒子の秘密を探ること。
「技術が流出することによる悪用を恐れているのか、それとも別の理由があるのか(=それとも自分達が悪用したいのか)」などという台詞を吐き、まるで粒子の秘密を独占する悪の秘密結社が存在すると決めつけているかのようです。
きっとそのうち病気の母とか親友とかいて、それゆえプラモスキー粒子の秘密を求めていたのだなどという過去が明かされるのでしょうね。
バトル面ではもう1人、ララァもどきのアイラも初の実戦御披露。
どことなくイナイレクロノのベータに似た外見は実に好みですが、彼女のジェガンがデビルガンダムを倒した時のアクションはガッツの大剣の上に跨ったグリフィスや、サイコガンダムの頭部コクピットを貫いたジェリドのバイアランを彷彿とさせる軽快さがありました。
ニルスもアイラも見切りが得意というのはちょっとワンパターンだったかな。
本戦ではファンネルも出てくるでしょうし、差別化に期待したいところです。
今回、一番よかったのは今後の強敵となりそうなワークスモデルのケンプファーかな。
仮面キャラ化したことで赤いモビルスーツに乗れなくなったタツヤ先輩の乗機ということで、かなりの強さを見せてくれることでしょう。
でも、ただでさえ0080のブチモビはレイバーに見える機体が多いし、ガンキャノン量産型なんか白黒に塗ってキャノン外したら篠原重工の新型にしか見えないってのに、ケンプファーがこんな風に港湾から上陸したらブロッケンそのものですw
カッコいいから別にいいけど。

日本全国酒呑み音頭その330

11月26日はいい風呂の日で入浴中に酒が呑めるぞ
呑める呑める呑めるぞ〜
酒が呑めるぞ♪