Powered by Six Apart

« 2013年6月 | メイン | 2013年8月 »

2013年7月

2013年7月31日 (水)

胃カメラを飲みました

ドックに入って胃カメラを飲みました。
胃カメラも3度目とは言え、前回、前々回ともにかなり間を置いているので、どんなだったのか完全に忘れています。
だから、太いのがグイグイ入ってきて先端が胃の入り口や十二指腸の入り口を突破する時は、ああ、こんな感じだったような気がしないでもないというあやふやな感想。
まぁ、体は覚えていたんでしょうね。
意識しないようにボーッとしてたら、割と楽に終わりました。
むしろ、胃カメラそのものより、喉の痛覚を麻痺させる飲む麻酔の方が嫌ですね。
ドロリとした液体なんですが、ゴクリと飲み込んでは駄目で、喉の中を自然落下させるように10分間、維持してろってのは、かなりキツい。
唾液が溜まっても飲み込んじゃいけないってことですからね。
それでも途中でゴクリとやっちゃったんじゃないかな。
後で麻酔が十分に効いてなくて胃カメラ飲んでる最中に咳き込んじゃったらどうしようと不安でした。
でも、胃カメラにしてよかった。
バリウムの病院を選ぶという方法もあったし、その方が楽だったのは確かですが、せっかく休みを取ってドックに入るんですから、より確実に悪いところが見つかった方がいい。
実際に胃や十二指腸の写真を見せてもらいながら、何ともありません、と聞いた時は、何とも言えない安心感に包まれましたものねぇ。
この安心感の前には多少のキツさくらい何ともない。
次のドックも胃カメラにしようと思いました。

日本全国酒呑み音頭その212

7月31日は「〜なさい!」の日で酒を呑みなさい
呑みな呑みな呑みなさ〜い
酒を呑みなさい♪

2013年7月30日 (火)

頭文字Dつつがなく最終回

頭文字Dが最終回を迎えた。
確かに盛り上がりに欠ける最終回だった。
これならどのバトルの終了時点で終わっても同じだった。
しかし、盛り上がりに欠けるのは、東堂塾のOBのプロレーサーに勝ってしまった時からずっとであって、今さらどうこう言う話ではない。
あれ以降、どんどん強い敵を出していくことを止め、それでも連載は続いてきた。
それは頭文字Dのフォーマットが完成されていたことを意味している。
ずっと連載を追いかけているからマンネリに感じられたりいい加減にしろと思ったり飽き飽きしてくるのであって、きっとたまに読んでまだやってるのかと軽く呆れながら1コミック分を読む分には十分に面白い。
「たかが漫画」を真剣に読んだりしない層に向けて描くのも、決して皮肉ではなく1つの娯楽漫画の在り方だろう。
人気漫画が長期連載になりがちな昨今、1巻から順に何10巻も読まなければならないかと思うとどうにも手が出ない作品も多いわけで、どこから手にしてもそこそこ楽しめる作劇はもっと評価されてもいい筈だ。
頭文字Dのフォーマットは本来なら非力なハチロクがより高性能なクルマをタイマン勝負で打ち破っていく快感にある。
ダウンヒルに限定するなら非力なマシンでもテクニック次第でどうにでもなるというのはファンタジーではある。
しかし、その姿は装甲の薄い零戦で多くの撃墜記録を上げた大空のサムライたちに通ずるものがあって、日本人の琴線に触れる。
しかも対戦の過程が分かりやすい。
どんなスポーツでも実際のスポーツ観戦よりスポーツ漫画の方が分かりやすい(※)が、峠でのバトルの場合、その差はさらに開く。
まぁ、なんて言って峠バトル自体は観たことはない。
代わりにラリーなら観戦したことがあるが、あれはコースの一部しか見られないからリアルタイムで全体の大まかな情報を目で入手することはできない。
峠バトルだと夜で見づらいし、その傾向はさらに強いだろう。
(特に今や違法行為で見ること自体できないしw。誰か富豪が山がちな離島でも買い取って「リアル頭文字D」でもやってくれないものか…)
それがタイムスタッフたちやギャラリーによりバトルの様相が手に取るように分かるのだからたまらない。
しかも、それらのキャラはかつてのライバルたちだったりするから、そこにドラマも生まれる。
峠の性質上、ビューポイントを移動して回ることはできないから、解説者キャラの数が多くても不自然ではない。
序盤の対戦相手であり強さのピラミッドで言えば下の方であるケンタでさえずっと解説者として出番があり続けたことを思うと、この形式はキャラ漫画としても抜群の強みであったことが分かる。
というわけで、続くにはそれなりの理由があった「頭文字D」。
引き際は間違えたような気がするが、あれ以外の締めくくりはなかっただろうし、長いことご苦労様と言いたいのだった。

※これは筋書きのあるドラマと筋書きのないドラマの違いであって、そこに優劣はない。スポーツ漫画が「分かりやすさ」のために切り捨てている枝葉こそがスポーツ観戦の醍醐味の1つであったりするから、分かりやすければいいというものでもない。

日本全国酒呑み音頭その211

7月30日は「モスラ」公開日で酒が呑めるぞ
呑める呑める呑めるぞ〜
酒が呑めるぞ♪

2013年7月29日 (月)

宇宙戦艦ヤマト2199第17話「記憶の森から」

何ということだ。
設定画では知っていたが、新見女史の学生時代がこんなに可憐であったとは。
そして、彼女を開発した元カレが古代守であったとは。
え?驚くポイントが違う?
そうですね、色々と驚く新事実が多い宇宙戦艦ヤマト2199第17話「記憶の森から」。
最大の謎であったユリーシャ-森雪-岬それぞれの正体と関係が明らかになりました。
森雪は全くの蚊帳の外、作劇的にはこれまでの前振りはミスリードだったわけですが、個人的にはちょっと引っかかりますね。
たとえ森雪がイスカンダル人であったとしても古代の(ついでに南部の)愛は変わらないと思うので。
ただ、ユリーシャの肉体と魂の居場所については完全に納得。
ユリーシャの肉体が記憶を利用される形でヤマト中枢に安置されていたことは、イスカンダル人の気高い精神とそれにつけ込まざるを得ない地球側の苦悩という構図をより鮮明にさせてくれましたし、魂自体は岬に乗り移っていたこと(このこと自体はこれまでの描写である程度は分かっていましたが…)で、ユリーシャも自分の肉体に対する扱いについて流石に不快感あるいは当惑を覚えながらも直にヤマト乗組員達に触れるうち受け入れられるようになっていったことが分かります。
イスカンダル人は慈愛と自己犠牲に満ちた人々でありながら、それでもやはり1個の人間であることが描かれた。
これでラストの古代守とスターシャの決断(あるよね?)もより感動的になろうというものです。
…新見女史もイスカンダルに残るとか言い出さないだろうな。
このことを公表することを決断した沖田艦長も見事。
前回の反乱を招いたとも言える艦内の不安感の払拭にも繋がりますし、何よりユリーシャもヤマトクルーを信頼するようになるでしょう。
ヤマトはより強固な家族となったと言えるのではないでしょうか。
古代が真田の気持ちを知ったのも同じテーマの作劇でよかったです。
コンピューター人間とまで思っていた真田が兄への友情と彼を裏切っていたという罪悪感に苦しめられていたことを知った古代は、あなた自身の話が知りたいと言って真田に生きていてほしい気持ちを伝えます。
この古代の声を聞くことで、真田に生きたいという気持ちが芽生え、何とか生き延びる方法はないかと模索したのではないか。
それまでは喜んで自らを犠牲にして死ぬつもりだったのでしょう。
(「北斗の拳」のトキが死の灰を浴びるエピソードに似ているのは偶然ではありますまい)
咄嗟に水の中に逃れることで死を免れたのは一見、御都合主義に見えますが、真田の心の動きを思うと実に自然な流れです。
ところで、1つだけ気になっている点が残っています。
ユリーシャの容れ物となったのは岬自体が憑依されやすい、言わば霊媒のような体質の持ち主であると思うのですが、このことはヤマト計画に織り込み済みだったのでしょうか。
保安部の星名が岬と仲がよかった理由も含めて気になるところです。

日本全国酒呑み音頭その210

7月29日はNASA発足日で酒が呑めるぞ
呑める呑める呑めるぞ〜
酒が呑めるぞ♪

2013年7月28日 (日)

ダブった時こそ応援

7月27日に根室市で行われたNHKふるさとのど自慢の予選に行ってきました。
翌28日の昼には本戦が行われ、それが既に放送されているというのに予選のことを言っている時点で、予選が突破できたかどうかは明らかでしょう。
ええ、238組中20組の狭い門は、今回もわたしに開いてはくれませんでした。
3度目の挑戦ですし最初から狭き門と割り切っていた筈ですが、今回はちょっと悔しいですね。
色々と忙しくて練習の時間がなかなか確保できず、なんとか遣り繰りして仕上げて挑んだものですから。
これまでは棒立ちで歌っていたものを今回からDVDを見て手振りを加えたので手応えを感じていたのもありますし。
それにしてもステージで歌う度に思うのですが、カラオケボックスってのは自分の歌が上手く聞こえる効果があるんですね。
ステージで声を出し始めた途端に、思っていたより全然、声が出ていないことに気づいてエッと思います。
俺って、こんなに下手だっけ?
こんなに喉からしか声が出てなかったっけ?
井の中の蛙、大海を知らず。
大舞台を経験することは己を見つめ直す効果があるのです。
さて、予選会では本戦では見られない光景がたくさん見られます。
予選会名物「曲かぶり」もそれです。
歌う順番は曲名の五十音順ですから、同じ歌を歌う人が何人もいれば、何曲も同じ歌が続きます。
今回はかぶっても2人までというパターンが続いたんでこりゃあ楽かな、と思っていたんですが甘かった。
釧路のご当地ソング(根室市はNHK釧路の管轄です)である「釧路空港」を歌う人が14人も続いたのです。
はっきり言って聞いてる方が苦痛で、隣に座っていた男子高校生(推定)は、もういいよ、とこぼしていました。
気持ちは分かります。
わたしもこれまでの2回の予選ではそう思ってましたからね。
でも、かぶり歌を歌うのって、歌っている人が一番つらいのです。
観客に飽きられているんだろうなぁ、と思いながら歌うのですからね。
わたしも2人しかかぶっていなかったにもかかわらず、前の人と同じ歌を歌うのは嫌でした。
だから、しらけたような態度やいい加減にしろという態度をとらないように注意し、手拍子と拍手で14人分ちゃんと応援しました。
というわけで、お互いに気持ちよく歌えるように気を使うべきではないかというお話でした。
まぁ、ご当地ソングなら有利だろうという安易な選曲をする人にも減ってほしいんですけどねw

日本全国酒呑み音頭その209

7月28日はなにわの日で酒が呑めるぞ
呑める呑める呑めるぞ〜
酒が呑めるぞ♪

2013年7月27日 (土) 今日の鯨の囀り

また「ドッグ・ヴィル」が話題になるかな。
そう言えば昔から2chに農家に嫁いだ主婦達が農家を膿家と呼んで愚痴を零しているスレあったよな。多分、今回のことで盛り上がっていることだろう。後で見に行く。


↑ひょっとしてこのツィートが原因なのか?
実際のところは分からないけど、ツィッターのアカウントが凍結されてしまいました。
凍結解除までツィッターをお休みします。

2013年7月27日 (土)

無縁社会も嫌だが村社会はもっと嫌であること

事実は小説よりも奇なり。
金峰5人殺し事件についての様々な噂はあまりに興味深く、昨晩はついつい丑三つ時までネットのテキストを読み耽ってしまいました(眠い…)。
近隣住民や地元民を自称する噂が本当ならまさに、閉鎖的で頑迷な田舎者の醜さを描いた映画「ドッグ・ヴィル」での村人への報復を思わせる人間関係の縺れ。
ネット上でも多くの人が自分がかつて所属集団からの同調圧力やジャイアニズムに苦しめられたことを思い出し、被害者である集落の住人達に重ね合わせ叩いて溜飲を下げているようです。
実際、刃傷沙汰と言い退職金恐喝と言いあまりにも情景がはっきりと思い浮かぶ陰湿な村の風景。
類似の事件として引き合いに出される津山33人殺しが、それをモチーフとした映画「八墓村」がドリフのコントで「タ〜タ〜リ〜じゃぁぁ!」とネタにされて、映画自体は(リアルタイムでは)観てないのにそのパロディーの方は何度も何度も耳にしているから、知識としては凄惨な事件として認識していても、ついつい志村けんのコミカルな演技が頭に浮かんでリアルな情景として浮かんでこないことを思うと、同時代というのはそれだけで臨場感を醸し出すのですね。
事件の詳細はこれから明らかになっていくのでしょうが、誰もがあらためて田舎のこういうところが嫌なんだと再認識したのは事実。
都会砂漠、無縁社会と言われるが、だからと言って声なり態度なりがでかい老人が回りを黙らせることで成り立つ「田舎の人情」など真っ平ごめんであり、そのようなコミュニティを復活させることで孤独死などを防ごうというのはズレた発想であることを、容疑者への同情が多い事実は物語っているのではないでしょうか。