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2012年7月

2012年7月31日 (火)

ウナギとエビ

結局、こないだの土用の丑の日には鰻を食べなかった。
鰻絶滅の危機の報道を受け、半月ほど前にちゃんとした店で食べこれで暫く食べ納めにしようと誓った。
と言っても全く食べないというわけではなく(極端な目標を立てると続かない)、食べる時はそれなりのお値段の店で食べることとして、その分、1年に1回くらいに回数を減らそうと思ったのだ。
まぁ、ここんとこネット上に例年にも増して鰻情報や鰻知識が溢れてて鰻の旬は実は晩秋ということを知ったから、晩秋には食べてしまうかも知れないが、それでも何もしないよりはマシだろう。
とは言うものの、日本全体では結局、何も変わらず、いよいよ絶滅となってから慌てるだろうという嫌な確信がある。
ずっと今回の鰻騒動には既視感があったのだが、そう言えば海老も色々と言われてたなと気づいたからだ。
もう10年以上も前だと思うが、テレビや新聞で話題になったことがある。
日本人が海老を食いまくるものだから、東南アジアではマングローブが凄い勢いで切り開かれていって生態系に深刻な影響を与えているという内容だった。
かつてはエビフライと言えば金持ちが食うものとされていたものが、大量生産により海老は廉価となった。
それ自体は嬉しいことだ。
だが、貴重なマングローブを犠牲にしてまで安い海老を食べていいものだろうか。
と言うことで、海老をなるべく食わないようにしようと決意したのだが、当時から今に至るまでずっと海老は潤沢にスーパーに並び、冷凍エビは安くて便利な食材だ。
なんだか馬鹿馬鹿しくなってすぐに決意は崩れたのだった。
どこの仕入れ担当者も1円でも安く仕入れようと血眼になっている時に、資源保護に寄与するほどの高騰は実現し得ない。
海老と同様の道を鰻も辿るように思えてならない。

2012年7月30日 (月) 今日の鯨の囀り

2012年7月30日 (月)

要らないようで必要だったガンダムAGE第42話

イゼルカント様が妙なことを口走ったばかりに、このままではヴェイガンこそ悪ということになってしまう。
キオの共存の夢もなんだかピントのずれたものになってしまう。
そこで、連邦にも悪いやつがいるんだというエピソードが必要だったのでしょう。
ジラード・スプリガン。
シャリア・ブルみたいに1話でやられるキャラでもよかったはずなのに、最終回も2ヶ月後に押し迫ったこの時期にわざわざ過去まで掘り下げたのは、彼女の悲劇的な過去がその役目を背負わされているということでしょうね。
と言うわけで、本当にこのエピソードが必要なのか?と疑問が生じる第42話も、やっぱり必要なのでした。
だったら、1話から少しずつやっておけというのは言わない約束です。
とは言うものの。
彼女の悲劇はあくまで個人的な悲劇であって、腐っているのも連邦の一機関に過ぎないようにしか見えないのには困り物です。
フラナガン機関やムラサメ研究所が何かやったからってジオンや連邦全てを否定的に見る気になるかどうか。
彼女自身がそう思ったとしても責められないけど、彼女以外の人間にとってはそうじゃない。
連邦全体にはっきりと敵対行動を取るなら潰さねばならないというフリットの言い分も尤もです。
まぁ、何時もながらの殲滅宣言は(その手の発言に寛容な私から見ても)ちょっと感情的になり過ぎな感がありましたが、あれはキオに「敵と戯れるな!」と言ってるんでしょうしね。
それに比べれば、アセムに説得されつつあるゼハートの方がまだ納得できました。
相変わらずイゼルカント様の意図が間違って解釈されてますが、それはもういい。
選別であることに変わりはないのだから、ガンダム伝統の「話を聞け!」「聞かぬ!」チャンバラを繰り返していってそれを伝えればいけばいい。
でも、説得チャンバラが始まると戦闘がつまらなくなっちゃうんですよね。
しばらくバトルの興奮は息子担当かな?
ゼハート機の光るビットも何故かただの丸い弾のバルカン砲になっちゃってますし。

2012年7月29日 (日) 今日の鯨の囀り

2012年7月29日 (日)

メリダとおそろしの森

王女メリダが母にかけられた呪いを解くファンタジー。
かなりシンプルなおはなしだが、ケルトの奥深く暗い森の描写が素晴らしい。
メリダはたっぷりの愛情で育てられた快活なお転婆娘で、かつそのわがままっぷりが心地良いというまさに活劇の主役としてピッタリな役所。
そもそもは自分が悪いのに魔女のせいにしたり、自分のせいで母が呪われたのに全く悪びれないという罪悪感のなさにオイオイという気にはなるが、それでも憎めないのは、とても真っ直ぐな娘だからだろう。
明らかなマイナスの言動がありながらそれでも魅力を発しているというのはキャラ造型の見事さがあるからだ。
長所というパーツを組み合わせただけの昨今の商業的なキャラクターとは違う。
メリダ以外のキャラは王道だが、それもメリダを引き立たせるためのものに思える。
野獣のような外見の豪傑でありながら娘にとことん甘い父王や、躾に厳しいお妃もいいが、いまいちパッとしない3人の求婚者もそれぞれ味わいがある。
まぁ確かに一目で恋に落ちるような王子様たちではないが、話してみれば結構いいやつらかも知れん。
メリダもろくに話もせずに結婚は絶対に嫌とか言っちゃかわいそうだぞ。
メリダくらいの年齢だと女の子の方が早く成熟して男の子はどこか頼りない感じだったりするもんだ。
さて、この話はとてもテンポがいいんだが、そのテンポのよさが逆にキャラ同士の意思疎通の妨げになっているというメタな構図で、そこが興味深い。
魔女に魔法のケーキを貰う件が最たるもので、メリダはいきなり魔女に出会ったものだから自分でも魔女にどうしてもらいたいんだか分からない。
よって説明も要領を得ない。
だから、(会ったこともないんだから当然だが)メリダの母親が傲慢な暴君だとでも思ったのか、いささか強烈すぎる解決手段を講じる。
この映画のテーマは、落ち着いてゆっくり話し合えば分かり合えるというシンプルなものだと思うが、そこに至るまでは諍いも多いのだった。

公式サイト
http://www.disney.co.jp/movies/merida/home.html

2012年7月28日 (土) 今日の鯨の囀り

2012年7月28日 (土)

焼損対応の気持ちは分からなくもない

確かにソニーの対応はひどい。
もちろんビタの充電部分焼損事件のことだ。
ソニーは欠陥ではない、(つまりユーザーの使い方が悪いんだから、ということか)有償交換しかしないと言う。
だが、これはおかしい。
焼損の原因は端子部分の水や不純物と言うが、他の電子デバイスを使っている人たち全員が水や不純物に完璧に気をつけた充電を行っているとは思えないから、焼損の発生率に差があるとすれば、それは本体の差だとしか言いようがないではないか。
しかし、気持ちは分からなくもない。
ゲーム機というのは勢いが止まってしまったら再び盛り上げるのは大変だ。
ゲームボーイとPSPは、ポケモンにモンハンという歴史的ゾンビパウダーを使って初めて勢いがついたあるいは戻った。
ここから、ゲーム機を発売しているメーカーは意地でも不振を認めてはならないことを初めとして、勢いを削ぐいかなる発言もしてはいけないという原則が導かれる。
それらは負の言霊として力を持ってしまうからだ。
(まぁ、あくまで原則なんで例外も多いけれども)
とは言え、それはあまりにも視野が狭い。余裕がない。
みんなが持ってるゲーム機だから買うとかではなく、ほしいゲームが出たら買うという健全な形にしたい、と各ゲーム機メーカーには思ってほしいし、そこを目指してほしい。
自社のゲーム機に売れてるゲーム機というイメージをつければ勝ち!みたいな方法でトップシェアを取ることを恥ずかしく思うようであってほしい。
長い目で見れば純粋なソフト勝負の方が絶対にパイは大きくなるし、ゲームが好きな人みんなが幸せになれるはずだ。
もちろん、ゲーム機メーカーの社員は全員がゲームが好きな人だろうし。

2012年7月27日 (金)

ソノウソホントは万能ではない

ドラえもんの道具の中でどれか1つほしいものは何かという話題が出た時に真っ先にNGワードに指定されるソノウソホント。
そりゃあそうだよな。
みんながドラえもんを肴に楽しい話をしようという気マンマンの時にそれに冷水を浴びせるようなものなんだから嫌がられて当然だし、何よりソノウソホントのことなんてドラえもん好きなら誰もが知っててそれでも敢えて口に出さないだけなのに自慢気にひけらかすなんて痛々しい以外の何物でもない。
万能系道具がNGワードになるのは当然のことだし、その中でもソノウソホントはトップクラスに使い勝手がいいのだから。
もしもボックスでは、「おおっと、もしもボックスには近づけさせねえぜ」と悪漢に妨害されるやも知れないからね。
とは言うものの、ちょっと疑問に思うこともある。
ソノウソホントは本当に万能なのだろうか?
まず言われるのが、こんなものがあったら未来世界はとっくに崩壊しているはずだから、実は機能には制限があるに違いないという野暮なツッコミだ。
そんな歌舞伎の黒子やドラマの新生児の育ち過ぎに言及するような野暮なことは止めいと言いたくなるが、真面目に考察すれば、未来世界においてはソノウソホントはとっくに実効性がなくなっていると考えられる。
どういうことかと言うと、既に「ソノウソホントは効果がない!」という嘘が何者かによって発せられそれが本当になってしまっている可能性が高いからだ。
バトルマンガではよく神を気取る悪人が「この世に神は2人もいらない」などとほざくが、ソノウソホントも同じこと。
混乱に嫌気が差した人が1人でも現れれば、それまでソノウソホントでつかれた嘘を全てなかったことにした上で能力そのものを無意味にすることを選ぶだろう。
そしてそれは、世に出回って直ぐに起こるに違いない。
というわけで、未来世界が崩壊するからという理由で万能性に疑問を差し挟むことはできなくなるわけだが、それでもソノウソホントが万能とは言い切れない論拠は残っている。
ソノウソホントは「ついた嘘が本当になる道具」だ。
つまりウソじゃなければホントにはならない。
陸上部のエースが県大会で優勝しようと思って、ソノウソホントで俺は走るのが速いと言っても、嘘ではないのだから何の効果もない。
もっと足が速くなりたいと言うのも意味がない。
足が速くなりたいのも嘘ではないからだ。
県大会で優勝すると言ったらどうか。
きっと、ライバル全員が試合を棄権することだろう。
これは別にうる星やつらの青い鳥や猿の手の怪談のように皮肉な結末をもたらす能力というわけではなく、県大会で優勝するとは言ったが陸上選手としての能力の向上については何の嘘もつかれていないのだから、嘘現実化能力発動のスイッチも入らないことになるわけだ。
今より足が速くなる、でも不十分だ。
もし、練習しても全く効果が出ないのが本来の歴史だったならそれは嘘なのだから本当になるが、もしかしたら「練習は裏切らない」ということでスピードは速くなっていくのかも知れないし、そうなら嘘ではないのだから本当にはならない。
結局のところ、具体的なタイムを喋って、それが嘘なら本当になるし最初から本当ならそれはそれでよいというのが最適解と言うことなのだろう。
極めて細かいところまで具体的に自分が何を望んでいるのか理解した上で、それが嘘であるあるいは本当であったとしてもなおよいというに過ぎないというロジックを組み立てることができるかどうか。
そこまで考えることがソノウソホント使用者には求められるのではないだろうか。
まるでエクセルに計算式を打ち込んでいるかのように融通が効かない話だが、万能系道具が何にアクセスするインターフェースなのかを妄想してみるのもなかなか楽しい。
ところで、今までの考察を根本から覆すようであれだが、ソノウソホントを使って本当のことを言った場合にどうなるかは本編に描写がなかったはずだ。
もし、本当のことを言ってしまった時に何らかのペナルティがあるとしたら面白いのだが。
例えばソノウソホントとうそつ機は実は全く同じ道具だとか。
まぁ、そうなったら能力バトルマンガの頭脳戦エピソードになっちゃうけどね。

2012年7月26日 (木) 今日の鯨の囀り

2012年7月26日 (木)

ファイアーエムブレムをやりながら考えたことの思い出その8〜コロンブスの卵そして…

「たかが」
そう、たかがシミュレーションRPGにドラクエタイプRPGのような成長システムを取り入れたなんてことがどれほど画期的だったことか、それが当たり前となっている今では想像するのも難しいことだろう。
経験値を稼ぐことでユニットが強くなっていくキャンペーンシナリオのシミュレーションはもっと昔からあったが、みな攻撃力か防御力に+1、+2…とそのプラスボーナスを示す星が増えていくタイプ。
強くなればワクワクするが、いくら数値が増えたかのワクワクはないし、対応する能力値がないから他のユニットと比べる楽しみもない。
ファイアーエムブレムのプロトタイプの1つである飛装騎兵カイザードなんかは、個性的なキャラを配し彼らに会話をさせることでユニットにキャラクター性を持たせていたが、全員が攻撃ボーナス±0、防御ボーナス±0から始まって、攻撃+7防御+7で打ち止めになる従来どおりの育成システムだったから、育成の幅は狭く再度のプレイをしたくなるようなものではなかった。
そこに登場したファイアーエムブレム。
RPG風のシミュレーションから生まれたシミュレーションRPGの嚆矢だ。
以後、この通常のRPGに比べて局面が限られるから制作期間が短く済む(であろう)シミュレーションRPGというジャンルは盛んに作られるようになるわけだが、シンプルなアイディアであっても誰かが実現させるまでは誰も思いつかない或いは世に出さないことのよい例なのではないだろうか。
ただ、最初に思いついたからというより、それを定着させるための仕掛けはちゃんとされているのは忘れちゃいけない。
ゲームバランスが大味になってはいけないから本来なら手綱は引き締めたいはずだ。
でも、それではインパクトが小さい。
だから、能力値も上がる時はドカッと上がる。
その匙加減の上手さあってここまでのジャンルとなったことを思うと、感慨深い。
コロンブスの卵なのは確かだけど、それだけではないのだ。
ジャンルの実質的な開祖とはそういうことなんだと思う。