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2011年11月29日 (火)

急げ! ドアが閉まる!

借りてきて観ていた映画で、ドアが閉まろうとするシーンがあった。
追いかけっこで相手に追いつこうと走っていたら、進行方向のドアがゆっくりと閉まっている最中で、主人公はなんとか滑り込みでそこを潜り抜けるのだ。
もちろん、全く興奮しない。
どうせ間に合うのが分かっているからだ。
様々な映画や漫画で使われているこのシチュエーション、観客の大半は白けていると思うんだが、未だにチラホラ見かけてまたかと思わせてくれる。
いい加減にやめてほしいものだ。
やるなら変化球を混ぜる必要がある。
例えば、SFバトルマンガ「ラグナロック・ガイ」では、閉まろうとするドアの左右の上端を二連射でピンポイントに撃つことでドアの閉まる速度を遅らせて突破した。
また、主人公は突破したが後続の味方は首をちょん切られてミンチになるなんてのもある。
まぁ、後者は結局は主人公は間に合っているわけで、これも食傷気味なのだが。
要は、主人公が物語の法則に守られた存在であることを見せつけられると、熱中が冷めてしまうのだろう。
そこで思う。
ゲームの場合はどうだろうかと。
マッタク、ゲーマーってのは本当にビョーキだねと自分で自分にツッコミを入れてしまうわけだが、それでも映画そっちのけで考えてしまう。
(もちろん、映画がつまらなかったからだ)
まず、移動速度を自分でコントロールできる場合。
カーレースなどだが、これはそのままゲーム性となるだろう。
ただ、最高速だと絶対に間に合うことが分かり切っているので、大したゲーム性ではあるまい。
そもそも如何に最高速を長くキープするかがレースゲームの根本だ。
それゆえか、俺自身は、カーレースゲームでこういうシーンを見たことがない。
もしかしたら、あるのかもしれないが。
シューティングにおけるシャッターシーンは非常に多い。
これはシャッターが閉まるタイミングはいつも同じであっても、そのタイミングにそこを突っ切るためには色々とやることがあるからで、ゲームごとに様々な趣向が施されている。
インタラクティブ性のない映画ではもはや手垢がついて全く興奮を演出できないシャッターシーンが、ゲームであるが故に興奮のシーンとなる。
ゲーマーである喜びを与えてくれるシューティングにおけるシャッターシーンは俺のお気に入りだ。
シューティングでできるのだから、人間のキャラを操り銃や格闘で敵を倒して進んで行くゲームでもできそうだが、それだと単なる時間制限になってしまうので例は少ない。
狙って撃って躱すという単純なシステムだからシューティングとの相性はいいが、人間のキャラを使う場合は複雑になりすぎるということでもあるだろう。
ここらへんの匙加減は難しいと思う。
そして最後に3Dシューティングの場合だが、これは最悪だ。
絶対に間に合うことが分かり切っているという映画やマンガにおける欠点が、インタラクティブであることで「なんでこんな予定調和をやらせるの?」というシラケに繋がるからだ。
個人的には絶対にやめてほしいシーンだ。
こうして考えていくと、映画でつまらないものがゲームで面白くなることも、よりつまらなくなることもあることが分かる。
インタラクティブというものを理解したゲームは面白く、そうでないものはつまらないということなのだろう。
結論というものは、いつも似たようなものになる。

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