Powered by Six Apart

« ラブプラス一番くじ顛末記 | メイン | 急げ! ドアが閉まる! »

2011年11月28日 (月)

1911

100年前の中国で起こった辛亥革命を、革命家・孫文とその右腕の黄興の友情を主軸に描いた映画。
マニアックな題材のためか、公開からだいぶ経つとは言え、観客はわたし含め2人しかいませんでした。
とは言え、そんなに分かりにくい映画ではありません。
登場人物は多いですが、革命勢力、清王朝、袁世凱の三つ巴の戦いが主軸で、各勢力の主要人物以外はかなりあっさりと退場するんで、特に覚える必要もない。
戦いとは前線で起こることよりも、如何に兵力を整え状況を作り出すかが重要との考えから、理想を追いながらも妥協を強いられる孫文と、混乱に乗じて大きな野心を達成しようとする強かな袁世凱の、それぞれの戦略を楽しむおはなしになっている。
弁舌を振るって資金を集め、敵を孤立無援にする孫文。
清王朝に自分を高く売りつける袁世凱。
各戦闘は悲惨極まりない地獄絵でありながら、それに参加し死んでいく兵士や将軍たちの描写があっさりとしているのも、大きな流れの中では一個人の死はこのように扱われるということなのでしょう。
それが逆に物語のスケールを大きくしていたと思います。
切断部分こそ描かれないものの、爆弾の直撃で手は飛び足はもがれる。
血と泥まみれの死体が累々と横たわる戦場。
一方、列強相手の交渉も、華やかな場に見えてまた戦場である。
外見上は正反対の2つの戦場の対比が、孫文の現場に立てないもどかしさとシンクロしていきます。
ただ、惜しむらくは、帰国後の孫文が指導者として当然のように受け入れられたことに、このおはなしの流れだとどうも納得がいかない。
孫文の活動が海外を主としたもので、自ら前線に立てないことを悔やみ、親友の黄興に済まないと思っていることを観客のわれわれは分かっていても、それが民衆に伝わっているようには見えないのです。
敢えて淡々と描写するのがこの映画の持ち味なのは分かりますが、それは話の説得力にかかわる重大な部分なので、何かしらのエピソードがほしかったところです。
あと、お粥の啜り方がどうにも品がなくて、当時の皇帝の一族や高官たちって本当にあんな食べ方してたのかな?
まぁ、他国の文化にどうこう言うのもいいことではありませんが。

公式サイト
http://1911-movie.jp/

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.blog.bbiq.jp/t/trackback/542278/27514203

1911を参照しているブログ:

コメント

コメントを投稿

コメントは記事の投稿者が承認するまで表示されません。