Powered by Six Apart

« 2011年10月29日 (土) 今日の鯨の囀り | メイン | 管制塔 »

2011年10月30日 (日)

重戦機エルガイムの思い出その1〜エルガイム真っ二つ事件

仕舞い込んであったエルガイムのトイをツラツラと眺めているうちに色々と思い浮かぶことがあったので、数回に分けてエルガイムについて書く。
先ずはエルガイムのくびれたセクシーな腰回りについてだ。
事の始まりは、数日前のツィッター上でロボットの関節処理の話が出て、エルガイムの腰についても例示として挙がったことによる。
俺はそれについて思うところがあったのだが、140文字では伝えきれないと思ったので特に絡まず、考えのまとまった今、ここで語ろうというわけだ。
ロボットは鎧のイメージがある。
敵の攻撃を弾く金属の鎧だ。
だが、鎧を着ていると動き難い。
落馬すると、そのまま鎧を脱がされて短剣で刺されて死んでしまうことも多かったと聞く。
靴底もゴムのない時代だし、ドルアーガの塔のブルーやブラックのナイトを嚆矢とする走って襲いかかって来る騎士はファンタジーの産物と言っていい。
その騎士の鎧の機械化バージョンたる巨大戦闘ロボットが、そのままのデザインでは動きにくくなるのも自明の理ということになる。
もちろん、そんなことは無視してフォルムの格好良さのみを重視するのも多いにありだ。
マジンガーも鉄人も、そうやって作られてきた。
だが、ロボットアニメ好きには、例え架空の存在であってもリアリティがほしいという人も多く、その欲求がいかにフォルムを崩さず関節の稼動範囲を広くするかの試行錯誤の歴史を紡いできた。
エルガイムのデザインは、その歴史の中にあってエポックメイキング的な存在だ。
現在の戦闘用ロボットの関節処理の三要素、
1.ラバーや蛇腹などで柔らかくする。
2.フレームと装甲を独立させ、フレームの動きに合わせて装甲をスライドさせる。
3.さらに発展させ、装甲の動きに合わせてフレームの方を引き出す。
のうち、1と2を両立させてきたからだ。
1は昔からあった考えだ。
それこそ、今は亡きアニメック誌にあった連載コラム「エンサイクロペディア・オブ・パワードスーツ」の頃からだ。
このコラム自体は性格の悪いシロモノだった。
パワードスーツの肘や膝を大きく曲がるようにするためには、それぞれの内側を広範囲の蛇腹にしなければならないと説き、いかにも格好悪そうな蛇腹の切り欠きを持った腕が描かれていた。
こんな格好悪くなるんなら動かなくてもいいやと読者を誘導するような書き方で、お前らアニメのロボットが動かないとかごちゃごちゃ言うなというメッセージをこちらとしては感じ取ってしまった。
しかし、蛇腹が格好悪くならないようにデザインすればいいわけで、それはダグラムのコンバットアーマーにおいて多用されたし、エルガイムにおいてラバーと言う形で昇華した。
蛇腹の野暮ったさを嫌って採用されたであろうラバーは、スタイリッシュさを持った関節保護手段という意味で革命的だった。
まさに、古い葡萄酒を新しい革袋に入れたのである。
対象的にムーバルフレームは全く新しい考えによるものだ。
ロボットだから固そうじゃなきゃ強そうじゃないし、全てが全てラバーというわけにはいかない。
ムーバルフレームによる2の関節処理は強そうな関節であるが可動範囲という点では1ほどではない。
逆にラバーによる1の関節処理は範囲は広いが、いかにも無防備だ。
その両方の特性を適材適所で生かしたからこそ、エルガイムのデザインは非凡なのである。
と、これで終わればめでたしめでたしなのだが、ある日、そんな俺に冷水を浴びせる場面がテレビ本編に登場した。
今回のタイトルになっているエルガイム真っ二つ事件だ。
エルガイムの腰は如何にも無防備だ。
ここに攻撃を受けたらひとたまりもないように見える。
とは言え、全く心配はしていなかった。
あくまでネタとしてそう思っていたのであって、作劇のお約束としてここが狙われることはないと確信していたからだ。
モビルスーツの股間やコンバットアーマーのコクピットは、奇策を得意とするキャラ以外は狙ってはいけない。
何故なら、作品世界の中でロボット兵器が存在する意義を崩してしまう。
気づいていても気づかないふりをするのがファンに求められる節度なのだ。
それと同様にエルガイムの腰を狙ったりしてはいけないはずなのに。
長距離飛行用サポートマシーンであるスピリッツにぶら下がったエルガイムは、腰から真っ二つにされてしまったのだ。
エルガイムのコックピットは首の付け根にあるからパイロットに怪我はない。
乗っていたのも主人公のダバではなく、ヒロイン候補のアムだから、初代主人公メカの面目も(そんなには)傷つかない。
量産機と違って真っ二つにされることと大爆発はイコールじゃない(※)から、機体そのものが失われることもなかった。
(※ツクダのシミュレーション風に言えば、ダメージコントロールポイントが低い)
しかし、あまりにもガッカリし、興ざめする出来事だった。
娯楽作品に求められるのは、現実世界を反映したリアリティよりもむしろ、作品世界を構築するルールを崩さないことだと俺は思っている。
そこをガラッと引っ繰り返されると、所詮は作り話かということになって一気に覚める。
俺はエルガイムはデザインワークは別として、お話としては全く好きじゃないが、それはこの真っ二つ事件のように作品世界のルールを積み上げて行くことを疎かにする姿勢にあったのではないかと思っている。
立体物でエルガイムの腰を見るたびに、俺はそのことを思い出すのであった。

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.blog.bbiq.jp/t/trackback/542278/27322719

重戦機エルガイムの思い出その1〜エルガイム真っ二つ事件を参照しているブログ:

コメント

コメントを投稿

コメントは記事の投稿者が承認するまで表示されません。