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2011年10月

2011年10月31日 (月)

2011年10月30日 (日) 今日の鯨の囀り

管制塔

雪国に住んでいない人は、こんな寒そうなところで女の子が生足で通学するの?と疑問に思うかもしれませんが。
します。
北海道ではこれが当たり前です。
ただ、この映画が完全にリアルかと言うとそうでもなくて。
男女ともに、寒風に晒されて肌はほんのりと赤くなっているはずで。
そこだけは気になりましたね。
でも、熱演でした。
ヒロインを演じた橋本愛さんは消防や非行防止のポスターでよく見かける顔ですが、動いているのを見ると本当に可憐ですね。
クラスに馴染めない役を演じるにはいささか無理があるのではと思うくらい笑顔が素敵。
しかし、その不自然さ。
本当は元気いっぱいで社交的であろうヒロインが孤独を選ばなければならないほど辛い思いをしてきた事情を思うと、むしろその不自然さこそがヒロインにピッタリだったのだと分かります。
クラスの誰とも口をきかない少年と、
やはりクラスの誰とも口をきかない転校生の少女。
2人は必然的に惹かれあったのですが、似ているようで違いがあった。
家族に恵まれているのに自分の殻に閉じこもっていた少年が、少女の孤独を知った時、彼の心に歌が浮かぶ。
ガリレオガリレイの「管制塔」を歌う歌声に込められた少年の想いが伝わってきます。
これはとてもシンプルな映画だと思います。
ストーリーラインは単純で、いつか離れ離れになる2人のかけがえのない時間が長く続かないことが分かるだけに、2人の姿がいっそう眩しく映ります。
歌で想いを伝えることはできる。
素敵な映画でした。

公式サイト
http://www.sonymusic.co.jp/Music/Info/galileogalilei/eiga/

2011年10月30日 (日)

重戦機エルガイムの思い出その1〜エルガイム真っ二つ事件

仕舞い込んであったエルガイムのトイをツラツラと眺めているうちに色々と思い浮かぶことがあったので、数回に分けてエルガイムについて書く。
先ずはエルガイムのくびれたセクシーな腰回りについてだ。
事の始まりは、数日前のツィッター上でロボットの関節処理の話が出て、エルガイムの腰についても例示として挙がったことによる。
俺はそれについて思うところがあったのだが、140文字では伝えきれないと思ったので特に絡まず、考えのまとまった今、ここで語ろうというわけだ。
ロボットは鎧のイメージがある。
敵の攻撃を弾く金属の鎧だ。
だが、鎧を着ていると動き難い。
落馬すると、そのまま鎧を脱がされて短剣で刺されて死んでしまうことも多かったと聞く。
靴底もゴムのない時代だし、ドルアーガの塔のブルーやブラックのナイトを嚆矢とする走って襲いかかって来る騎士はファンタジーの産物と言っていい。
その騎士の鎧の機械化バージョンたる巨大戦闘ロボットが、そのままのデザインでは動きにくくなるのも自明の理ということになる。
もちろん、そんなことは無視してフォルムの格好良さのみを重視するのも多いにありだ。
マジンガーも鉄人も、そうやって作られてきた。
だが、ロボットアニメ好きには、例え架空の存在であってもリアリティがほしいという人も多く、その欲求がいかにフォルムを崩さず関節の稼動範囲を広くするかの試行錯誤の歴史を紡いできた。
エルガイムのデザインは、その歴史の中にあってエポックメイキング的な存在だ。
現在の戦闘用ロボットの関節処理の三要素、
1.ラバーや蛇腹などで柔らかくする。
2.フレームと装甲を独立させ、フレームの動きに合わせて装甲をスライドさせる。
3.さらに発展させ、装甲の動きに合わせてフレームの方を引き出す。
のうち、1と2を両立させてきたからだ。
1は昔からあった考えだ。
それこそ、今は亡きアニメック誌にあった連載コラム「エンサイクロペディア・オブ・パワードスーツ」の頃からだ。
このコラム自体は性格の悪いシロモノだった。
パワードスーツの肘や膝を大きく曲がるようにするためには、それぞれの内側を広範囲の蛇腹にしなければならないと説き、いかにも格好悪そうな蛇腹の切り欠きを持った腕が描かれていた。
こんな格好悪くなるんなら動かなくてもいいやと読者を誘導するような書き方で、お前らアニメのロボットが動かないとかごちゃごちゃ言うなというメッセージをこちらとしては感じ取ってしまった。
しかし、蛇腹が格好悪くならないようにデザインすればいいわけで、それはダグラムのコンバットアーマーにおいて多用されたし、エルガイムにおいてラバーと言う形で昇華した。
蛇腹の野暮ったさを嫌って採用されたであろうラバーは、スタイリッシュさを持った関節保護手段という意味で革命的だった。
まさに、古い葡萄酒を新しい革袋に入れたのである。
対象的にムーバルフレームは全く新しい考えによるものだ。
ロボットだから固そうじゃなきゃ強そうじゃないし、全てが全てラバーというわけにはいかない。
ムーバルフレームによる2の関節処理は強そうな関節であるが可動範囲という点では1ほどではない。
逆にラバーによる1の関節処理は範囲は広いが、いかにも無防備だ。
その両方の特性を適材適所で生かしたからこそ、エルガイムのデザインは非凡なのである。
と、これで終わればめでたしめでたしなのだが、ある日、そんな俺に冷水を浴びせる場面がテレビ本編に登場した。
今回のタイトルになっているエルガイム真っ二つ事件だ。
エルガイムの腰は如何にも無防備だ。
ここに攻撃を受けたらひとたまりもないように見える。
とは言え、全く心配はしていなかった。
あくまでネタとしてそう思っていたのであって、作劇のお約束としてここが狙われることはないと確信していたからだ。
モビルスーツの股間やコンバットアーマーのコクピットは、奇策を得意とするキャラ以外は狙ってはいけない。
何故なら、作品世界の中でロボット兵器が存在する意義を崩してしまう。
気づいていても気づかないふりをするのがファンに求められる節度なのだ。
それと同様にエルガイムの腰を狙ったりしてはいけないはずなのに。
長距離飛行用サポートマシーンであるスピリッツにぶら下がったエルガイムは、腰から真っ二つにされてしまったのだ。
エルガイムのコックピットは首の付け根にあるからパイロットに怪我はない。
乗っていたのも主人公のダバではなく、ヒロイン候補のアムだから、初代主人公メカの面目も(そんなには)傷つかない。
量産機と違って真っ二つにされることと大爆発はイコールじゃない(※)から、機体そのものが失われることもなかった。
(※ツクダのシミュレーション風に言えば、ダメージコントロールポイントが低い)
しかし、あまりにもガッカリし、興ざめする出来事だった。
娯楽作品に求められるのは、現実世界を反映したリアリティよりもむしろ、作品世界を構築するルールを崩さないことだと俺は思っている。
そこをガラッと引っ繰り返されると、所詮は作り話かということになって一気に覚める。
俺はエルガイムはデザインワークは別として、お話としては全く好きじゃないが、それはこの真っ二つ事件のように作品世界のルールを積み上げて行くことを疎かにする姿勢にあったのではないかと思っている。
立体物でエルガイムの腰を見るたびに、俺はそのことを思い出すのであった。

2011年10月29日 (土) 今日の鯨の囀り

2011年10月29日 (土)

マラソンとダウンロードコンテンツ

マッタク、ゲーマーってやつは本当にビョーキだね。
何せ、大阪マラソンのニュースを聞いていても、思い浮かぶ感想は、
そう言えば、マラソンってゲームになってないよな。
などというもの。
己の腐った思考パターンには、我ながら呆れ返るばかりである。
しかし、できないことはないはずなんだよな。
普通ならできない。
バトルマラソンや無差別早乙女流格闘マラソンにするならともかく、まともなマラソンはゲームにしづらい。
コーナーワークやハンドリングなんてないわけだし、能力とペース配分だけではレースゲームとして成立しない。
でも、WiiFitがある。
あのマラソンをやりながら、いつも思っていた。
ウィーフィッ島を走るのもいいが、実在のコースをダウンロードコンテンツとして配信してくれないかと。
箱根駅伝を初め、有名な駅伝のコースを走ってみたい人は多いはずだ。
もちろん、何時間も走る必要はない。
コースの中の代表的な部分を抽出したダイジェスト的なものにすれば、10分や20分で楽しめるものになる。
これはクルマのレースゲームも必ずしも実際のレースと同じ時間だけかけるわけではないのだから、それと同様に受け入れられるはずだ。
WiiFitがダウンロードコンテンツを想定したものではないことから実現するはずのない夢物語なのだが、あればいいなあと考えていたのだ。
そこにきて、こないだの任天堂からの3DSにおけるダウンロードコンテンツ対応を進めて行くアナウンスである。
これは、WiiU版のWiiFitにも追加のコースやキャラが来るのではないか。
これまで妄想を激しくしてきただけに、何とも楽しみだ。
とは言え、アイテム課金の無料ソーシャルゲームのせいで、ダウンロードコンテンツについての風当たりは強い。
ダウンロードコンテンツイコールソーシャルゲームという認識が殆どで、本体だけで十分に遊べますよ、その上で希望する人だけ追加要素を買えますよというつもりでも、なかなか伝わるまい。
最初でつまづくと信頼は取り戻せない。
金を払わないと快適に遊べなかったり十分なボリュームがなかったり対戦で不利になったりしないことは最低条件。
任天堂の手腕が試される。

2011年10月28日 (金) 今日の鯨の囀り

2011年10月28日 (金)

2011年10月27日 (木) 今日の鯨の囀り

デッドスペック

この製品は、こうこうこういう性能があって機能があって、その割には安いから買おう。
そのライバル製品は、性能や機能の割に高いから買う価値がない。
という言論が散見される。
「もし前述の性能なり機能がいちいち消費者の求めるものであるなら」
彼の言うことは全面的に正しい。
だが、世の中、そんなに甘いもんじゃない。
世の中のニーズを完全に読み取れる人間などいない。
だから、その彼が割高と称するライバル機種より優れている部分の全部ないし一部が然して求められていないなら、コストパフォーマンスが逆転することは多いに有り得る。
顧客満足度と言い換えてもいいだろう。
求められている性能と機能「のみ」が割高か否かの判定に用いられるべきであって、そうでない部分、言わばデッドスペックは本体の価値を全く高めないのである。
使われない機能や性能など、ないのも同じだ。
その冷厳たる事実はヒット商品とそうでない商品の差となって現れる。
大いに有り得るどころじゃない。
そういうケースはたくさんあるのだ。
面倒くさいから例示はしない。

2011年10月27日 (木)

2011年10月26日 (水) 今日の鯨の囀り

パラダイス・キス

なんか語呂と響きが、パラサイト・イブに似てますよね。
キャッチーさを狙ったのかな。
まぁ、分からんけど、オサレムービーとして十分にファンタジーを構築しているから、この微妙に古くさいタイトルも成功だと思う。
向井くんは本当に格好よかった。
今時の「わたしを攫いに来てくれる王子様」ってのは、ああいうのを言うんだろう。
ただしイケメンに限るを地で行く言動なのに鼻で笑う気にならないのは、お金持ちの息子ならではの育ちの良さをちゃんと演じられているから。
天才ゆえの奇行。
そして孤独。
強引でありながらいざとなると淡白で逃げていくから、女の方から追いかけていかないといけない。
人には自分の意思を持てとか自分の足で歩けと言っておきながら、そしてそれを言ってもいいだけの実力を持ちながら、こと恋愛となると自分でもそれを貫き切れないところがあって、完全なようで不完全。
なるほど、これはモテるわな。
そして、やがてヒロインと対等になることに説得力がある。
ガールミーツボーイの相手役として実に魅力的だったと思います。
ファッションの世界、モデルの世界の厳しさを敢えて描いていないことについては、あくまでラブストーリーなんだからあれでいいという気もするし、ラストに向けてダレる一因になっている気もするし、評価に困る部分。
プロになったら打たれ弱くて潰れちゃうかのようなことを匂わせてただけに、あれは一体、何だったんだという気になるし。
ここだけ、収まりが悪いかな。
ところで、俺のお気に入りのかでなれおんがチョイ役で出てました。
スタイルが抜群にいいんだから、他のチームのモデル役で出ればいいのにと思ったけど、明らかに主役を食っちゃうから仕方ないのかも知れません。

公式サイト
http://wwws.warnerbros.co.jp/parakiss/index.html