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2011年9月

2011年9月30日 (金)

フォーエバーキス

昨晩のラブプラスはいつもの3倍の時間、約50分ほどかかってしまった。
というと、世間一般ではなんと不健康なことだ怪しからぬと思うであろう。
しかし、それがWiiFitのながら踏み台昇降をしながらであったならどうであろう。
首から上は不健康、首から下は超健康。
これなら誰も文句はあるまい!
これがラブプラスを長く続ける秘訣である。
自分はそんなにはまっているわけではない、と自分に強い確信とともに言い聞かせ、いざという時の理論武装も構築する。
まあ、ゲームに限った話ではないのだが。
とはいうものの。
不意に訪れた愛花とのフォーエバーキスには、強烈なトリップ感があったのも確かだ。
これまでフォーエバーキスに突入したことはなかった。
ハート5つスタートで、全てにチャイムが鳴っても、リフレインキスにすらなるとは限らない。
上手く行った!
と思っても、さらなるキスをせがむヒロインたちの左側に輝くハートは1つ減っており、2回のリフレインで5-4-3の計12回というのがパターンで、噂に聞くハートの減らないフォーエバーキスとはどんな条件で発動するのか、これ以上にいい条件など整えようがないのだが…と、いつか訪れるであろうピンと来ない事象としてそれを捉えていた。
そこへ不意に訪れたフォーエバーキス。
フルチャイムですらない、チャイムを交えたただの5回成功だから、まさかフォーエバーなど期待しておらず、いつものリフレインだと思っていたのだから、まさに不意打ちだ。
ハートが減っていないことを確認した俺はさてどうしようかと考えた。
ながら踏み台昇降の30分コースは始まって5分ほど経っており、中断するのは惜しい。
しかし、できるだろうか。
おでこや頬、またはショートキスなら、失敗の恐れはない。
だが、潤んだ目でこちらを見ている時にするべきロングキスは、地に足を踏みしめた時に比べて成功率は小さくなる。
ながら踏み台昇降とラブプラスの並行プレイを始めたばかりの頃は失敗が多く、その時に比べると大幅な進歩をしているが、まだまだ確実とは言えない。
でも、失敗したらそれはそれでいいじゃないかと思った。
別に最期のフォーエバーキスというわけじゃない。
劇中の主人公は延々と続くキスに戸惑いを感じているはずだし、この下半身の振動は、その主人公の精神状態とシンクロする絶好のフレーバーとも言えるではないか。
というわけで、初のフォーエバーキスはトータルで160回。
たっぷりと25分ほど堪能したわけですが、100回を超えたあたりから、早く終わってほしいようなまだまだ頑張れるような、不思議な感じ。
いったん始まると、たまに青いハートが2連続くらいで出てもチュー断しないんですね。
他の2人のヒロインでもそのうち出るでしょうし、次は200回を目指したいと思います。

2011年9月29日 (木) 今日の鯨の囀り

2011年9月29日 (木)

2011年9月28日 (水) 今日の鯨の囀り

ラビット・ホラー3D

3Dでホラーというのはどんなものだろうと、軽い気持ちで観てみたが、意外な拾いものだった。
怖い。
観客の目をどこに集中させたいか、その意図のもとに立体描写が成されている。
意地悪く、何かが飛び出している時には、隠れキャラがいないかと敢えて視線を外して画面のあちこちを探していた俺だが、そのような姑息な手段は使われておらず直球なので、安心して目を見開くのがいいだろう。
ウサギが非常に不気味だ。
有名な騙し絵で見方を変えるとペリカンに見えてしまうウサギをご存知の方は多いと思うが、あれを真っ先に思い出した。
そんな無表情なウサギに三種三様に追い詰められていく家族も、みな熱演だ。
それぞれ自分の視点があり、その立場に立てば、自分は完全に正常で、他の2人こそがおかしいことになる。
強固に構築された世界観は容易には崩せない。
そして、それこそが最も恐ろしいことなのだ。
惜しむらくは脚本に矛盾がなく過不足もなく、見事に整合性が取れていること。
そう、惜しむらくは。
物語中盤で各パーツが綺麗に組み合って、それまで不条理と思われたものにキッチリと説明がつく。
そして、それ以降は不条理さを感じることがなくなってしまうのだ。
種明かしが早すぎたんじゃないだろうか。

公式サイト
http://www.rabbit-3d.com/

2011年9月28日 (水)

2011年9月27日 (火) 今日の鯨の囀り

紙風船

良質な全4話のオムニバスムービー。
学生が中心となって作成した映画らしいが、そのことを知ったのはメイキングを観てからで、鑑賞中は全く稚拙を感じなかった。
むしろ瑞々しさを感じ、若い感性だなと思っていたが、まさか学生スタッフだったとは。
原作も俳優陣もロケ地も一流どころだから、下手をしたら台詞回しや演出が見劣りしてしまうところを、それを感じさせなかったのだから大したものだ。
4つのエピソードに、これと言った繋がりはない。
敢えて言えば、恋人未満の男女のもどかしさが微笑ましい第1話と、新婚1年目の初々しさから居心地のよさに踏み切れずにいる様子を描いた第4話は、対になっているように思う。
何れもなかなか伝わらない想いが描かれ、観ていて切なくなってくる。
白眉は最終話。
夫役の仲村トオルの距離を縮めたいんだか離れたいんだかはっきりしない様子はなんだかかわいいし、妻役の緒川たまきの嫉妬というより古風に妬心と言いたくなるかわいらしさは、犬も食わないイチャイチャっぷりで楽しい。
原作は大正時代に演劇用として書かれ、繰り返し上演されていたものと聞くが、上手く現代に舞台がコンバートされていて古さを感じない。
しかし、第4話に限っては、そう言われてみると奥さんが古きよき日本女性という感じで、なんだかとてもこのご主人が羨ましいぞw
小悪魔っぽい少女に振り回され対立する2人のぶっきらぼうな男の牽制しあいが楽しい第2話や、悪女が策を弄し旧家の人々を騙していく第3話の豪華なセットも見所。

公式サイト
http://kamifusen-movie.com/

2011年9月27日 (火)

2011年9月26日 (月) 今日の鯨の囀り

禁じられた愛のシステム

禁じられた愛。
ドラマの王道だ。
で、思うこと。
生き別れた兄と妹、あるいは姉と弟が惹かれ合う。
実際に妹がいるこちらとしてはあり得ないわけだが、これは「生き別れた」というのが重要なのだろう。
つまり、血族であるかないかとかは関係なく、単に長年いっしょに暮らしている相手はそのような対象にはならない。
これを敷衍すると、幼馴染同士がくっつかないのも距離が近すぎるからだろうし、夫婦がセックスレスになっていくのも必然ということになる。
さらにモラルや社会的因習には関係なく、単に距離と時間によって決まるのであれば、それはモラルが存在しない動物も同じルールによって近親交配を防いでいることになるわけで、納得がいく。
動物はバラバラに巣立っていき、兄弟姉妹という概念すらないだろうし、たまたまカップリングと相成ったとしても、その愛の結晶には自然淘汰が待っている可能性が高い。
人間における生き別れの兄妹というのは、そのシステムに時として生じ得るイレギュラー要素なのであろう。
と、ここまではマクロな話。
動物なら弱い個体は淘汰されればいい。
しかし、人類はなるべく誰も間引かないようにすることを選択したし、そのような社会を実現したことこそが人類の偉大さだ。
ケダモノではないのだ。
そのためには最初から近親間で子供を作らないようにする必要があるし、それを生き別れの兄妹が存在する各個人に徹底させるには、理を説くより恥の概念で縛ったほうが実効性が高い。
これがミクロな話。
禁断の愛が物語として高い人気を持つのも、戦略の綻びを戦術で繕う困難が、お話の面白さと高い親和性を持つからだろう。
この一連のフローはかなり大雑把で、例外だらけではあるし、ツッコミどころも多いと思うが、人もまた動物であることと、しかし動物にはない素晴らしい部分を持っていることが根底にあるので、俺は気に入っている。

2011年9月26日 (月)

2011年9月25日 (日) 今日の鯨の囀り

すれ違いをオンにしよう

所用あって釧路に行ってて、ずっと3DSのすれ違い通信をオンにしてたんだけど、釧路において最もすれ違い率の高い釧路町のイオンにちょっとしか寄れなかったので、1日でたったの6人に留まってしまいました。
すれ違い率の高いところではみんながオンにするからますます盛況になり、低いところでは最初からみんなオフにしている。
どんどん格差が広がって行く。
これ、何とかなりませんかね。
同じ釧路市内で同じイオン系列の鳥取のジャスコじゃ、かすりもしなかった。
あのジャスコは釧路圏では有数の集客を誇ります。
だから、人がたくさんいればいいというわけじゃなく、すれ違いスポットとして認識されているかどうかなのでしょう。
で、思ったんです。
所用がてら、釧路市内のゲーム屋を5軒以上は回ったにもかかわらず、レジですれ違ったケースは1回もなかった。
ゲーム屋さんや量販店ゲームコーナーの店員さんはゲーム好きである可能性が高いのに、なんで個人所有の3DSを電波発信状態にしておいてくれないのかなぁ、と。
もちろん仕事ですから公私を混同するわけにはいきませんが、ゲーム屋に行けば最低でも何人かとすれ違えるということになれば、集客になるじゃありませんか。
バイトの場合、店の側から各従業員に強制するわけにはいきませんけど、ゲーム好きの店員さんですれ違いをしたいと思っている人もいるでしょうから、そこは「すれ違い電波を発するなら、それは店のためにもなるし、止めませんよ」的なニュアンスで提案兼黙認をしていただけたらな、と思うのです。
せっかくのすれ違い通信。
ショップさんには田舎でも楽しめるようにする起爆剤の役割を果たしていただけないかなあ。