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宇宙戦艦ヤマト2199 Feed

2017年7月29日 (土)

蛮族設定と喧嘩別れ星

やっと「宇宙戦艦ヤマト2199 星巡る方舟」を観た。
2202のレンタルも開始されたことだし、タイミング的にもちょうどいい。
そしたらホラーありロマンスありロケットアンカー大活躍あり。
特にヤマト2の時は「なんでこんな武器が波導砲艦隊を圧倒できるの?」と納得がいかなかった火焔直撃砲の大迫力とその長所と短所が描かれて大満足。
もっと早く観ておくんだったな。
で、やはり注目しちゃうのは白色彗星帝国の蛮族設定だ。
「さらば」や「2」と大きく異なる設定だけにどうしても気になる。
ただ、気にはなるけど、今はズォーダーが急速に国内の荒くれ者どもをまとめ上げている時期と考えてもいいし、そもそもガトランティス最強の敵は客将デスラーでそれ以外はパッとしなかったんだから、設定変更にもさして腹も立たない。
それに、個人的に前から思っていた銀河鉄道999の「喧嘩別れ星」との関連がより深まった気がして、なんか嬉しかったりもする。
科学派と自然派に分かれて一つの星を二つに割って彷徨うことになった「喧嘩別れ星」。
999の駅があるのは自然派の方で原始人しかいない惑星だったが、じゃあ科学派の片割れはどうなったんだ?と思っちゃうのが自然で、その候補として白色彗星帝国を挙げるのもまた自然に思える。
喧嘩別れ星の科学派が略奪集団となったのが「2」「さらば」のガトランティスで、自然派が侵略戦争のための技術だけは使うという考えの元で略奪集団となったのが「2202」のガトランティス、という解釈でもいいし、科学派が兵士階級として利用する為にかつての同胞たる自然派を攻めて吸収したのでもいい。
まぁ、実際に999とヤマトが繋がっているかというと、よほど無理にこじつけないと別世界としか言いようがないことくらい承知はしているが、ゲスト要素として999が絡むヤマト世界とゲスト要素としてヤマトが絡む999世界が別個に存在しているという方法での「繋がらない繋がり方(戦隊ものでよくあるあれ)」かも知れないわけでw

2015年2月 3日 (火)

LEDの輝き

ホビージャパン誌の2015年3月号を読んでて改めてガンダムばっかりだな、と。
今に始まったことじゃないけどさ。
でも、8頁から137頁がガンダムって、全部で376頁だから、全体の約1/3がガンダムだ。
今更だけどやりすぎな気がする。
まぁ、確かにホビージャパン誌はカタログ誌の役割が大きい。
ビルドファイターズはとにかくメカの種類が多いから、商品点数も作例の数も莫大になる。
ましてや他にユニコーンは終わったばかり、レコンギスタは放映中、サンダーボルトは連載中、オリジンはこれからと来た。
模型店の棚の占有面積を思うと、現状を正確に反映しているとも言える。
でも、ガンダム好きな俺でさえ読み疲れしてガンダムページさっさと終われと思ってしまうのだから、そうじゃない人は雑誌をパラパラめくっただけでカウンターに持っていく気がなくなってしまうのではないか。
もうちょっとバランスってものを考えないと先細りな気がする。
それはそうとして。
今月号で最も心を奪われたのが、ゲルバデス級航宙戦闘母艦「ミランガル」の作例。
赤い船体と黄色く光る目の対比が実に美しい。
ヤマト2199〜星巡る方舟は結局、観ていないが、劇中で最初に見たかったくらいだ。
赤と黄色は上手く組み合わせないと下品になってしまうが、逆に配色が上手くいっていると最高に格好いい。
Vガンダムで最も好きなモビルスーツはゾロアットだ。
そこをメインディッシュとして、ブリッジの赤、着艦サインの緑、噴射口のピンク、艦載機ドック内部の黄緑と、色とりどりのLEDが作戦行動中の同艦を演出している。
今時、LEDを使った作例は珍しくもないが、こうまでカラーリングの一部としてなくてはならないものになっていると、麦球やダイオードの頃との表現力の違いに目を瞠ってしまうのだ。
アニメメカ、特に宇宙用には昔から光ってナンボのものが多いが、片っ端からLEDの作例で生まれ変わらせてあげてほしいと欲張りな気持ちがこみ上げてくるのだった。

2013年9月30日 (月)

宇宙戦艦ヤマト2199第26話「青い星の記憶」

宇宙戦艦ヤマト2199が最終話を迎えました。
古代守も沖田艦長も次の世代に託したいものがあった。
その想いこそが森雪と地球を蘇らせたコスモリバースシステムの力だった。
ヤマトのテーマである「愛の奇跡」を現代の視聴者の鑑賞に耐えるように、科学とオカルトの中に上手く落とし込んだ感じです。
実際、これならそう小っ恥ずかしくないですしね。
宇宙戦艦ヤマト2199第26話「青い星の記憶」。
開始から一貫して旧ヤマトのモチーフやテーマをレストアしてきた2199ですが、最後を締めくくったテーマは「大いなる愛」でした。
コスモリバースシステムとはいったい何だったのか。
科学的な説明だけでは、どう構築しようとも生まれ変わる新たな地球に想いを馳せるヤマトクルーたちの気持ちとシンクロするドラマとはなりません。
もともとああなってしまった地球を1台の機械だけで元に戻すのは無理がありますし。
われわれは「余計な知識」を身につけてしまっています。
旧作で地球は放射能汚染されました。
しかし、これは隕石と核爆弾を混同していて、そもそも遊星爆弾で放射能汚染が引き起こされる筈がない。
隕石は特筆すべきほどの放射線を帯びていないし、では地球のバリアを引き裂く程の大質量となると、例えば「逆襲のシャア」の小惑星アクシズでさえ不十分でしょう。
でも前作放映当時では問題なかったし、何より放射能はよく知られていない恐怖の象徴だったからガジェットとして有効に機能した。
ヤマトは科学的な要素をディテールとしながら骨組みはあくまで人の意思が世界を救うドラマだったわけです。
制作スタッフはそこらへんをちゃんと分かっていて、2199でもディテールとフォルムを極限まで高めた。
それが変わり果て放射能汚染以上に取り返しのつかない状態に思える焦土とガミラスフォーミングであり、それを上書きする「星の記憶」なのでしょう。
技術的にはスタートレック2のジェネシスシステムのようなものなのかも知れません。
でもあくまでこの地球救済劇は壮大な御伽噺なのです。
佐渡先生は本当に嬉しそうでした。
つい今さっき、沖田艦長は死んだ。
しかし、それを伝えにやってきた彼の眼前には、沖田の生涯が実に有意義であることを示す証があり、それはまさに新たな生命や営みの予感である。
森雪が生き返った奇跡も佐渡先生には自然に受け容れられたのではないでしょうか。
ヤマト2199は後に託す者と受け継ぐ者のドラマでした。
古い葡萄酒を新しい革袋に、と言うのはよく使われる言葉です。
でも、この言葉を使いたい。
ヤマトは一時代を築いたが故に素直には受け継がれず、後続のSFアニメにはむしろアンチテーゼの方が多かった。
大声で愛を叫ぶアニメは恥ずかしいとか、個人の活躍で戦局が大きく動くのは子供騙しであるとか、現実の国家や集団を模しすぎているのはわざとらしいとか、そういう数年して成長しヤマトを振り返った時につい入れてしまうツッコミを潰すような形でSFアニメは作られて来ましたし、わたし自身、そういうツッコミを入れたこと自体は全く後悔していません。
しかしヤマトはパパであった。
お父さんでも父さんでも父上でもなく「パパ」であった。
「パパ」は幼子にシンプルで力強い世界観を植え付けてくれます。
そして長じて反発したとしても、それは彼にとって嬉しいことですらある。
フォルム。
感情的に納得のいく話の流れこそがヤマトの最大の魅力であり、それを受け継いでくれたからこそ、2199はあのヤマトを古い葡萄酒のまま味わわせてくれたのだと思うのです。
ありがとう、ヤマト2199!

2013年9月23日 (月)

宇宙戦艦ヤマト2199第25話「終わりなき戦い」

ガミラス本国では早くもデスラーが呼び捨てに。
彼のやったことを考えれば当然ですが、何とも栄枯盛衰を感じさせます。
宇宙戦艦ヤマト2199第25話「終わりなき戦い」。
全国民を道連れとした凶行が未遂に終わり僅かな手勢とともにヤマトを狙うデスラーの姿が描かれました。
森雪は叫びます。
例え違う星の人でも(※)愛し合うことだってできた筈だ、と。
もしかして最後に心を通い合わせたノランのことが脳裏を掠めたのかも知れません。
しかし、デスラーにしてみればスターシャを得られなかった傷を抉る言葉でしかない。
これは勝手な想像ですが、イスカンダル人とガミラス人は結婚が許されていないのではないでしょうか。
隣の星同士だからこそそういう因習があったということは十分に考えられます。
イスカンダルが星々の覇者だった頃、ガミラスは遥か下の存在だったことでしょう。
それはイスカンダルが武力を捨て(ざるを得ず)精神的な権威になってからも変わらない。
でも、当のスターシャ自身はそうは考えていなかった。
古代守と結ばれたことからも分かるとおり、因習を捨てる強さを持っていた。
スターシャとの間に壁を作っていたのはデスラーのほうで、デスラーが1人の男アベルトとしてスターシャを求めたなら2人は結ばれていたかも知れない。
自分とスターシャを阻む壁、欲しいものは手に入らないのに自分を神のように崇める大衆への憤り、それがこれまでの領土拡大政策の動機であり、いざ追い詰められた時に国民を見捨てた心理なのでしょうが、それは誤りであった。
スターシャが自分を撥ね付けたのではなく、自分がスターシャを撥ね付けていたのだと森雪の言葉で気づかされたからこそ、デスラーはヤマト艦内から立ち去ったかように思います。
ましてや、同じ阻害される者であったセレステラを撃ってしまった。
デスラーの表情が悲痛です。
ガミロイドがハッキングされたのは軍事的理由、その他にこのような心理的理由があっての撤退だったことで、突入から撤退への流れがスンナリと頭に入ってきました。
ガミロイドのハッキングは外連味を排除する本作にあって使われてこなかった真田さんの能力「こんなこともあろうかと」の発現で、現実的な理由付けがちゃんと成されているとは言え、颯爽と問題を解決するヒーローのようで胸がスカッとしましたね。
前半のゲール艦隊からの逃亡における指揮も、沖田の代わりが十分に務まっている落ち着きっぷりでしたし、真田さんも大きく成長しました。
ゲールの死と藪の潜水艦乗りへの転職は驚きました。
ゲールの変わり身の早さ。
3000隻の艦隊はディッツ提督側につけば当然に彼の指揮下を離れるが、デスラー側につけば彼のもの。
少なくともそう考えて、デスラーにつくほうが得策と思ったのでしょう。
しかし、次元潜航艇がこちらを討つ気まんまんなのに爆雷のような対策を全く講じないおなじみの無能クオリティが彼の敗因となりました。
…変だな、デスラーもタランもどうせ死んでいないんだろうと思っているのに、ゲールの死だけは疑っていないやw

※ダーティーペアのEDの歌詞みたいですねw

2013年9月16日 (月)

宇宙戦艦ヤマト2199第24話「遥かなる約束の地」

とうとうここまで来ました。
ヤマト乗組員の眼下に広がる青きイスカンダル。
多くの苦難を乗り越え無事に長い航海を終えたことへの御褒美なのでしょうか。
彼等はバカンスを楽しみながらじっとスターシャの答えを待ちます。
スターシャがヤマト乗組員を見定め判断を下すまで。
宇宙戦艦ヤマト2199第24話「遥かなる約束の地」は、スターシャの葛藤を1話たっぷりかけて描きました。
観ているこっちとしては、ユリーシャもヒスもヤマト擁護に回ることが分かり切っているのですから、結論は明らか。
あとはスターシャがかつてイスカンダルが自らを滅ぼした元凶である波導砲について、ヤマトの非をどう鳴らすか鳴らさないかにかかっている。
やはりユリーシャの言葉は大きかった。
かつて意識不明となったユリーシャを航行コンピュータとして利用せざるを得なかったヤマトですが、そのことを沖田はずっと気に病んでいたし、何より全乗組員に告げる道を選びました。
信頼とは相手にいいことをした時よりもむしろ迷惑をかけた時の対応如何で得られることも多いわけですが、本来なら怒ってもいいユリーシャがヤマト乗組員を信頼するに至ったのはそこに誤魔化しがなかったからでしょう。
妹のサーシャの死を悲しむスターシャに古代は「地球の恩人です」と語りますが、ユリーシャの怒りを買う覚悟で彼女と向き合った沖田とヤマト乗組員達の心を雄弁に物語る言葉に思えますね。
ところでイスカンダルは表面積の8割が海とのことですが(「トラベラー」で言えば水界度8)、その割には陸地が少なすぎやしませんかね。
地球は7割が海ですから、地球と比較して2/3くらいは大陸の筈なのですが。
たまたま海の多い側の真ん中にスターシャの住む島があるのかな?
カメラに写っていない裏側に大きな大陸があって、そこは波導砲により死の大地と化しているのかも知れません。
そう、ガミラスの地表のように。
美しいイスカンダル、しかし過ちを犯し既に滅んだ世界。
そこに古代守とスターシャの間の新しい命が芽生えたことは、地球もまたイスカンダルを救ったという構図に見えますね。
古代守の死は作劇上の都合に思えてしまいますが、生きていたらいたで(仕方のないこととは言え)なんでストーリーに絡んでこなかったのかと、理不尽な失望を彼に抱いてしまいそうなんで、正解なのでしょう。
それに新見女史とはとうの昔に別れてるんだからスターシャと結ばれていても全く問題ないけど、単に昔の恋人であるのみならず同じ地球人ということになればスターシャは素直に身を引いてしまいそうですし。

2013年9月 8日 (日)

宇宙戦艦ヤマト2199第23話「たった一人の戦争」

ヒス副総統が死ななくてよかった。
旧作で正論を吐いたヒスが射殺されたのが後味が悪かったので。
ヒスがデスラーの暴挙に異論を差し挟むという構図は同じですが、デスラーの暴虐度は一段とアップしていました。
宇宙戦艦ヤマト2199第23話「たった一人の戦争」。
最初に観た時はデスラーが何をしたいのか分からない一方で彼の心の動きがそんなに不自然には思えず、それで何度か観返したのですが、要するにデスラーは自分に縋ってくる民が鬱陶しかったのではないかという結論に達しました。
セレステラの幼少時や収容所惑星での出来事、ザルツ人の境遇など、ガミラス領内にはデスラーが覇道を突き進む前には様々な問題がありました。
その解決がデスラーという1人の英雄の肩に乗っていた。
それに疲れ、大衆に苛立つ様子はこれまでのエピソードでも描かれていた。
自分は愛する人にアプローチすることもできないのに。
ガミラスを動かしてきた移民計画が、デスラーと一部の部下以外の大半にとっては地球へのものだったのに、デスラーが欲しいのはイスカンダルだったことからも、その行動原理が私情に拠るものだったことが分かります。
「指導者のすることか」とヒスが怒るのは当然ですが、デスラーは自国民を犠牲にする悲劇かつ非道の指導者というストーリーを紡ぎ出してまでスターシャがほしかったのでしょう。
彼を「アベルト」とファーストネームで呼ぶスターシャの口調からも、デスラーの妄執が推測されます。
と、心の問題はこれでいいとして、戦略及び作戦としてはどうか。
元々がヤマト2199の作劇法である「旧作の外連味をなるべく生かしていく」ことの反映ではあります。
ヤマトがやりたくもないガミラス本土決戦を遂行する羽目になったのは、旧作ではデスラーが浅はかだったからですが、2199では前述のとおり私情を優先したためでした。
デスラーが有能だったのは「さらば」からです。
前者と後者のどちらがマシなのかは議論が分かれるところでしょうね。
とにかく、ヤマトを砂鉄の塊(800)で包んで磁力でガミラス本国に引き込むのは流石にツッコミどころが多すぎるので没になったのでしょう、デスラー砲で一方的に狙撃され続ける危険を回避するために敵の懐に飛び込むという展開になりました。
この時の沖田の決断や、艦長のやり方を既に熟知しているクルー達の反応が実に格好いい。
デスラーの非道な計画の協力者(あるいは扇動者?)であるギムレーがやる気のない防衛網を敷いた故とは言え、燃え上がる帝都バレラスをバックに行われる砲撃戦は熱いものがありました。
そしてデスラー艦。
総統府ビルがデスラー艦になるというのは、当時の外連味の最たるものですが、これをやめて単なる総統専用艦として登場させるのはあまりにも寂しい。
そこから逆算して総統府ビルへの突入作戦と相成ったのでしょうが、そのことによりヤマトがガミラス人を殲滅させたわけではないことになって、これまで死んでほしくない(ゲールでさえ)ガミラス人キャラがたくさん出てきていることからもいい結果となりました。
さて、ガミラスの脅威は取り除かれ、イスカンダルに行くだけとなり、デスラーは復讐の狼として孤独な旅路を余儀なくされ。
細かい差異は多々あれど、旧作24話終了時と同じ状況となりました。
タラン長官はいい人なのに「あんなデスラー」にこれからずっと付き従っていけるのか、
デスラーの気持ちを袖にし続けたスターシャにとって古代守との愛とはいったい何なのか、
藪くんは森雪争奪戦に参戦するのか。
どう辻褄を合わせるのか、どう裏切ってくれるのか。
相反する期待に挟まれ、ますます次回以降が楽しみなのでした。

タラン長官

2013年9月 2日 (月)

宇宙戦艦ヤマト2199第22話「向かうべき星」

「サブちゃん」こと加藤三郎に守秘義務を守るよう釘を刺すナースの原田。
まずおまえが守秘義務を守れ!
と視聴者にツッコませたいが故のボケなのでしょうが、前後するイチャイチャトークの方が破壊力が強く、はいはい犬も食わないですねという気持ちになってしまうw
前回の星名と岬の急接近と言い、ヤマト艦内の人間関係はあるべきところに固まりつつあるようです。
宇宙戦艦ヤマト2199第22話「向かうべき星」。
ドメルを破ってもガミラスの脅威はなくなるどころか目的地イスカンダルの隣で避けて通るわけにも行かない。
しかし、そんな状況下にあって却って落ち着いているヤマトクルー達は変に張り詰めているよりよっぽど頼もしく見えます。
緩んでいるわけでもだらけているわけでもないんですよね。
彼等はやがてはそれぞれ1人の人間として生きていかなければならない。
クーデターやドメル戦を経て各々の帰るべき場所やあるべき自分を見つけた、そんな感じでしょうか。
ヤマト完結編で沖田艦長が古代に愛するものと供に生きていくのも戦いだと言いましたが、それを現時点で達成してしまっているのです。
古代が自分に気付かず通り過ぎても心が波立つこともなく加藤隊長をからかう余裕さえある山本玲。
そこにはかつての刺々しさはなく、しかしかと言って甘ったるくならず凛としたままでかわいい女になっています。
メルダとの対比が映えますね。
古代と雪との関係を認め、古代の気持ちを汲んで森雪救出計画を組み込んだ作戦を立案する南部も大きな男になりました。
こと雪のことについては、島大介ではなく南部に古代の背中を叩いてもらってもよさそうです。
ついでに藪も。
たった1人でイズモ計画を推進することとなった藪。
これでもしヤマトが敗れ地球が滅んでも地球人は滅びませんね。
がんばれ藪!
ただ、ガミラス側も含めると世界が狭く感じられたのは気になるかな。
例えばヒルデの登場はファンサービスなのでしょうが、閉じた世界を思わせる一因だったかと思います。
シュルツの遺族とドメルの遺族がともにヤマト関係者と接触を持つなんてちょっと偶然が過ぎる感じ。
と、思っているうちになんだか懐かしい曲が流れてきました。
「デスラー〜襲撃」はわたしが最初に好きになったアニメのBGM。
さらば宇宙戦艦ヤマトのサントラのB面が「襲撃〜孤独〜好敵手」のデスラー3部作(と勝手に命名)だったのですが、このコンボが大好きでよく聴いてました。
デスラー砲?と思しき赤い光条が虚空を切り裂くバックにこの曲が流れると否が応でも盛り上がります。
いよいよ最終決戦です。

2013年8月26日 (月)

宇宙戦艦ヤマト2199第21話「第十七収容所惑星」

ドメルの奥さんが相変わらず囚人のままな上にディッツ提督まで獄中にあるとは。
ヤマトを巡る一連の戦いはガミラスの崩壊を確実に早めはしましたが、この様子を見るに火種は以前より蒔かれており、遅かれ早かれ避けられない運命だったように思えます。
宇宙戦艦ヤマト2199第21話「第十七収容所惑星」。
古代による(なし崩し的な)森雪救出作戦と、メルダによるディッツ提督救出を兼ねた収容所惑星開放が並行して行われたエピソードでしたが、ガミラス社会の追い詰められた現状がよりはっきりと見えてきた回でもありました。
痛々しい船体を晒すヤマトにカプセルが次々と送り出される宇宙葬。
多くの仲間を失ったクルーたちの中でも雪を奪われた古代の心痛は端から見ていても痛々しい限り。
その心中を慮った沖田艦長は気分転換を兼ねた偵察任務を命じます。
その偵察先がヤマトの補修用資材採掘に適した星であると同時にガミラスの収容所惑星でもありそこにたまたま森雪も護送されてきていたというのは些か偶然が過ぎるような気もしますが、偵察に向かうシーガルにたまたま隠遁中の伊東と藪が乗り合わせていたというコミカルなシチュエーションの方が印象が強くそんなに気にならなかったというのは偶然なのか上手いのか。
まぁ、後者なんでしょうね。
テンポを優先して御都合主義をやる時でも、それが目立たないように別のエピソードを配するというのは、実に手馴れた感じです。
この伊東・藪コンビが実にいい感じ。
今回で解消となったのが勿体無いくらいで、藪に振り回される伊東にこれまでにない親近感が湧いてきます。
しかし、「慣れないことはするもんじゃない」。
最後のユリーシャを敵兵の銃撃から救った行為のみならず、ずっと伊東らしからぬ言動を止むなくされたことで調子が狂ったのか、倒れた敵兵たちの死を確認しないという致命的な判断の誤りで死を招いてしまいました。
そもそもが先の古代の偵察任務拝命の件から新見女史と伊東保安部長は明暗を分けていました。
ピンチの時にヤマトの役に立った新見女史は(クーデターの際にも人命が失われること自体は望んでいなかったことが明白だったこともありますが)再び仲間として受け入れられたのに対し、伊東は藪とともにじっとシーガルの中に潜み捲土重来の機会を伺っています。
宇宙人なんか信用できるかという考えに変わりがなかったということもあるでしょうが、まさか自分が再び仲間に戻れるとは思っていなかったのが大きいでしょうね。
ユリーシャの言動に不信感を抱き自分の言説に共感を覚える者もいたことを伊東が知っていたら素直に独房に戻っていつかは元職に復帰という道もあったのかと思うとやり切れません。
人生の明暗というのは己の預かり知らないところにある偶然によって左右されてしまうものなのでしょう。
旧シリーズでスターシャは藪をリーダーとする一派のことを「好きになれない人達」と呼びました。
最期の1人となっても他の星に迷惑をかけないという信念を貫いたスターシャですから、それも当然でしょう。
しかし妹のユリーシャは、その好きになれない人達の筈である伊東の心に触れ、方法は違えど故郷を救いたいという気持ちに変わりはないことを知った。
清濁併せ呑むことをイスカンダル人が受け入れた時、3つの星の運命はどう変わっていくのでしょうか。
その結果によっては、伊東の死も無駄ではなかったということになるのではないでしょうか。
…伊東は時に好きなキャラではありませんでしたが、最後に死に花を咲かせましたね。
間違われたことを知って「イスカンダルの姫君」を演じる覚悟を決めた森雪の毅然とした態度も格好良かった。
ザルツ人の若者が惚れてしまうのも当然かも。

2013年8月18日 (日)

宇宙戦艦ヤマト2199第20話「七色の陽のもとに」

全編これ総力戦、見せ場に次ぐ見せ場。
宇宙戦艦ヤマト2199第20話「七色の陽のもとに」。
ドメル艦隊との七色星団での決戦は旧シリーズで最高の盛り上がりを見せましたが、ツッコミ所の多いエピソードでもありました。
それらを1つ1つヤマト愛で潰していったばかりか、新解釈で各キャラに活躍の機会が。
面白くなるべくして面白くなった回だと言えましょう。
ゼーリックとギムレーのせいで寡兵でヤマトに挑まなければならなくなったドメル。
本来なら明らかに兵力が足りません。
それを沖田の心理を読むことで地の利を得、さらに瞬間物質移動装置による奇襲でレーダーすなわち「目と耳」を奪い、五分と五分にまで持っていきます。
ここらへんちょっと説明不足ではあるんですが、これまでの描写でヤマトの防御力の要である波導防壁はそんなに長時間に渡って使い続けることはできないことが分かっています。
だから敵が何処にいるか分からない状況ではいつ展開していいか判断に困る。
そうこうしているうちに艦隊が深刻なダメージを負い、使用自体が不可能になってしまったということなのでしょう。
最初の数1000隻の艦隊によるヤマト攻撃の際に波導防壁の性質を見切ったドメルの作戦勝ちです。
そして奇襲によるレーダー破壊が波導防壁破りなら、お馴染みドリルミサイルは波導砲破り。
旧シリーズでは最後のチェックメイトとして撃ち込まれましたが、これはリメイクで視聴者はみんなドリルミサイルのことは知っていますから、勿体ぶっても意味がないということでしょうかわりと早かったですね。
と、ここまでドメルのペースで戦いは進行してきましたが、ここから沖田の反撃が始まります。
ドリルミサイルの反転は旧シリーズ最大のツッコミ所でしたが、新見女史の「もともと兵器ではない」という台詞でガミラスの苦しい内情を示すガジェットへと昇華しました。
そう、急拵えで対ヤマトの作戦を練らねばならなかったドメルにドリルミサイルの欠点まで把握しておけというのは酷と言うものでしょう。
そしてドリルミサイルを撃ち込んだ後、ドメルにはもう策らしい策がありません。
五分と五分にさえ持ち込めば後は双方の力量が勝敗を決めるという武人らしい潔さがあったのかも知れませんし、何より五分と五分に持ち込むだけで精一杯だったというのも大きい。
それが戦況がジリジリと不利になっていく時に、それを挽回すべくリスクの大きい近距離での砲撃戦を選択させ、ついにはイオン潮流を利用した沖田の罠に嵌まったのでした。
反転させられたドリルミサイルが戦闘空母の至近距離でショックカノンに撃ち抜かれ戦闘空母の他に近距離の味方空母1隻を巻き込んだ上に、その混乱の中でさらに1隻を撃沈され、白く壮麗だった旗艦ドメラーズ3世もイオン潮流の中で艦体をヤマトのビームに抉られていく。
この流れは痛快であると同時に痛々しいものでした。
そしてドメルの最後の自爆。
「…エレク?」と夫の死を感じ取る奥方が未だ牢獄の中にいるのが何ともやりきれません。
この戦いに挑んだだけでも罪一等を減じてあげればいいのに…。
波導防壁の修理が間一髪で間に合ったことでヤマトは撃沈を免れましたが、最大の脅威であるドメルを退けたとは言え航空隊の未帰還機12機をはじめその被害は甚大。
ユキが拐われたこともあり、勝利の喜びとは程遠い雰囲気で七色星団の回戦は幕を閉じたのでした。
さて、今回の勝利は沖田の指揮がよかったのは勿論ですが、ヤマトのクルーがそれぞれの能力を発揮したのも大きく、だからこそ総力戦と言えます。
で、ちょっと話が逸れますが、ユキが人違いで拐われてしまいましたね。
リンケ特務官の情報が不十分で、ちょうど伊東保安部長がそう思い込んでいたような結論にガミラス側は至らざるを得なかったからこそですが、この時のヤマト側の対応が実にスムーズ。
発砲があってすぐにその事実がブリッジに伝わりガミラスの銃と分かるヤマト艦内の規律と即応体制は大したものです。
かつて魔女にいいようにやられたのとは対照的ですが、あの経験があったからこそ、今回は上手くいったのでしょう。
ガミラスの目的がイスカンダル人の誘拐であるとは分かる筈もなく、大規模な白兵戦部隊の突入を想定していたでしょうから、この迅速な対応はヤマトクルーの成長を物語っています。
そして沖田艦長の「戦いは常識に捉われてはいけない」も、魔女の時のことが念頭にあったように思います。
新見女史の現場復帰もありました。
投獄中の仲間を受け入れるキッカケが敵の襲撃というのはガンダムのセイラさんもそうでしたが、自然な流れですね。
ヘルメットを被っていることに気づかず汗を拭おうとして自分に苦笑する新見女史。
ホワイトベースにプラスチック爆弾を仕掛けたラングというジオン兵が同じことをしていましたが、美人がやると魅力倍増です。
ここで労いの言葉をかけてあげられるのがさすが沖田艦長ですね。
新見女史の嬉しそうな顔がナイスです。
「俺は大砲屋だ」という南部の頼もしい声。
「たった1機で…」とガミラスのパイロットに舌を巻かれる山本玲。
実戦の中で急速に腕を上げるルーキー。
多くの犠牲は払いましたが、死んでいった者たちに恥じない成長をヤマトクルーたちはしているようです。

2013年8月 5日 (月)

宇宙戦艦ヤマト2199第19話「彼らは来た」

ああ、なんてこった。
来週はお盆休みということで今回は18、19話の1時間SP。
18話を観てその感想をブログに書いてドリルミサイルはやめてほしいなぁ、と呟いて、改めて19話を観たら見覚えのあるシーンが次々と。
でも七色星団もドリルミサイルも外連味とリアリティを両立させる形で登場させてきたんで、まぁ、これならいいかな、と。
宇宙戦艦ヤマト2199第19話「彼らは来た」は、旧シリーズの人気エピソードである七色星団の決戦をなるべく忠実にリメイクする方向で魅せてくれました。
思えば、これまでの展開の中には七色星団の決戦に至る道を舗装する目的のものも結構ありました。
ドメルが決戦で大艦隊を指揮できない理由、有能でありながら足を引っ張られる理由、ドリルミサイルのような奇策に頼らなければならない理由、旧作でやや疑問の残る点は大胆なアレンジで全て解決した上で七色星団決戦そのもののアレンジは最小限となるようにした。
第一〜第三空母に戦闘空母が次々と出発するシーンはもちろん、あまり好きではなかったドリルミサイルでさえ当時の記憶が蘇って熱いものがこみ上げて来ます。
そんな中でもドメル艦隊旗艦ドメラーズ3世が完全な形で登場したのは嬉しかったですね。
旧シリーズではブリッジの円盤だけで指揮を執るドメルが気の毒で仕方がなかったし、だから「ドメラーズは一歩も退かん!」の時も熱いシーンだと手に汗を握る一方で、心の底ではまさか今のでダメージを負ったから次にヤマトと対峙する時は円盤だけになるのでは、という不安もあった。
その不安が的中しなくて本当によかった。
ヤマトが勝つのは当然として、旧シリーズと全く同じ展開を望むわけでもないんで、ドメルには思う存分に力を奮ってほしいものです。
気になったこと。
ドメルに死刑を言い渡したことに悪びれもしないギムレー、まぁこういう性格だからこそドメルに麾下の兵力の少しも回してやらないことに説得力があるわけですが、この性格はいざ総統の盾にならねばという時に吉と出るか凶と出るか。
コックピットで待機中のコスモファルコン隊の平隊員たちが何時もとは打って変わって存在感がありますが、これはまさか死の前兆では?
そしてヤマトのクルーはイスカンダルとガミラスが双子星だって既に知ってましたっけ?
行く手にガミラス本星が待ち構えていることが規定の事実として描かれてましたが。
まぁ、ユリーシャに聞いたのかな?